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Weeds短編 〜ワラビ採り〜(3)

住宅がひしめく丘の中腹にある、植物に覆われた斜面。コンクリートの壁に面した、端っこの一番緩やかな部分でも、横の壁に掴まらないとよじ登れないくらい急。特に急な所に至ってはもはや崖。高さはせいぜい2m位で落ちても大怪我したり命を落としたりする可能性は低そうだけど、菊子さんの言う通り気を付けた方が良さそうだ。

いつものロングスカートではなく長ズボンを履いた菊子さん。軍手を素早くはめて、慣れた様子で斜面を登って行く。私と葵ちゃんは、まず図鑑の材料集めからすることに決めて、それぞれカメラやメモ帳を取り出した。

「あ、この花。オオイヌノフグリだったかしら。」

「そうだよ。よく覚えてたね。」

「そ、そんなの当たり前じゃない。」

葵ちゃんがちょっと赤くなって目を逸らす。最近薄々気付いたんだけど、葵ちゃんって結構褒め言葉に弱いんだよね。

「ね、ねえ。この花かわいいわね。摘んで帰って『weeds』に飾りましょうよ。」

微笑ましいと思われていることを察したのか、葵ちゃんが少し早口になる。あんまりからかうのは悪いから、私はその話題に乗った。

「ああ。やめといた方がいいよ。」

「なんで?」

「私も小さい頃、オオイヌノフグリを摘んで持って帰ろうとしたの。でもね、花を持って歩いてた時、気付いたら花びらとか綺麗な部分だけが丸々落ちちゃってて。手には黄緑色の茎と額しか残ってなかったんだ。きっと、花の部分が取れやすいんだよ。持って帰ろうとしても一番綺麗なところがお店に着くまで残ってるかどうか...」

「そうなのね。やめておくわ。」

会話をしつつも、私達の目は互いを見ていない。意識は常に植物に向いている。これが私達のいつもの距離感。

スケッチや写真撮影が一通り終わったところで、私と葵ちゃんは菊子さんを手伝い始めた。菊子さんと違って慣れてないから、葵ちゃんが足を滑らせたり、咄嗟に葵ちゃんの体を支えるけど重さに耐え切れず手を離して葵ちゃんを落下させてしまったり、上に戻れなくなって自分まで落ちてしまったり。色々あったけど怪我人を出すことなく、私達3人は大量のワラビを「weeds」に持って帰った。

「weeds」の床に新聞を広げ、その上でワラビの硬くて食べられない部分を取り除く。混ざってたアリに葵ちゃんが悲鳴を上げたりしたけど、3人で協力したおかげでびっくりするほど早くこの作業は終わった。

菊子さんが茹でてアク抜きをしたワラビを私と葵ちゃんがラップにくるんで冷蔵庫にしまっていく。

一掴みくらいのワラビを菊子さんがゴマ油炒めにしてくれた。シンプルだけど、ごまの香ばしさとめんつゆの優しくて素朴な風味がとても美味しかった。葵ちゃんが茹でたり炒めたりしたことによるワラビの嵩の減り方に驚いていた。

ワラビ採りは大成功。来年も3人で行けるといいな。でも、こんなちょっとしたイベントも、「weeds」での平和な日常の1コマになった。


私達は知らない。もうすぐ招かざる「来店者」達が来て私達の秘密が暴かれていくことを............!