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BORN TO BE 野良猫ブルース   第7話 『セーラー服と気管支炎』


わてら自警団の有志は『黒猫会撲滅キャンペーン!ダメ。ゼッタイ。』をスローガンに掲げ、12月14日寅の刻に神戸市兵庫区の黒猫会本部に討ち入りを決行すると大阪府野良猫協会緊急首脳会議の檀上にて満場一致で閣議決定された。
本件討ち入り実行委員会の作戦会議にて、現場での指揮をカルボナ隊長が執る事となり、総監督はわてが行う事となった。
加えてナポリ隊長より討ち入り当日のメンバー増員の要望が上がったので、急遽大阪府下全域を対象に年末短期求人募集を行う事とした。
応募対象となるのは生後2才半までの大阪府在住の若手の野良猫で、やる気と体力があれば学歴、職歴、資格の有無は問わず、日給チュール1袋。但し、生後半年以下は親猫又は兄弟、親戚、親族の承諾必須とした。面接場所は自警団本部ビル屋上ペントハウス。JR環状線天満駅より徒歩10分、大阪メトロ堺筋線、谷町線天神橋筋6丁目駅8番出口より徒歩3分。面接官は基本的にわてが行い、わてが不在時はおケイはんが行う。履歴書持参でお越し下さい、応募お待ちしておりますとした。

さあて、討ち入りに向けて忙しくなってきたでぇ。自警団支配下の3チーム、レッド隊、ブルー隊、イエロー隊はそれぞれが日常巡回パトロールと並行して、対黒猫会用特殊訓練に励んでいた。
特に自分たちの直属の上司であるカルボナ隊長の親族が犠牲になった事もあってレッド隊の面々は終始鬼の形相で訓練に取り組んでいた。その姿は鬼気迫るものがあった。
「長官、気になる事があるんですが、今お時間よろしいですか?」
おケイはんは神妙な面持ちで、ある資料を提示した。資料はシクラメンのカオリに関する個人情報やった。
「カオリの戸籍謄本です。生い立ちから、現在の家庭環境があまりにも複雑過ぎるんです。」
「そんなもんちゃう?ようあることやん。」
「長官、よう見て下さい。」
おケイはんが指差した部分に記載されている名前にわては驚きを隠せなかった。
「そうです。生駒トオルはうちのお父様です。」
生駒トオルはおケイはんの実父である専務理事の本名だ。専務理事は若かりし頃に河内エリアを含む大阪府南部を、突出した戦闘力と優れた政治力で支配下に収め、大阪野良猫界の期待の新人として君臨していた。ここからは下世話な話になるが、当時の専務理事は本妻の他にも多方面に複数の妾を抱えていた。その複数の妾の中にシクラメンのカオリがいたのだ。カオリとの間に授かった娘はミツコと名付けられたが、現在ミツコは消息不明となっている。やがてカオリは黒猫会の先代オス猫の本妻となり、かの悪名高き黒猫会の正式な親族となった。同じ頃に、専務理事と本妻との間には待望の一人娘ケイが産まれた。
専務理事とカオリが不倫の関係やったとは、あまりにショッキングな事実を突き付けられたわてとおケイはんは言葉を失った。一方消息不明のミツコは今どこでどうしているのか?もし生きていて父親似ならばおケイはんに容姿が似ていると思われる。……はっ、まさかミーさん??ミツコやからミー??
「専務理事は黒猫会のトップがカオリや云うこと、知っとんかな?」
「いやぁ、どうでしょう?わからへんわぁ…」
「もしもこのこと知らんのやったらな、云わん方がええんちゃう?」
おケイはんは複雑な表情で考え込んでいました。
「せやないとわてらは……特にカルボナは父親を奴らに殺されてるんやで。カルボナの無念を晴らさな師匠の死が無駄になる。わてらがやらな師匠は成仏でけへん。その為には、余計な私情は禁物や。」
「ボンさん…あ…いえ、長官。その点は大丈夫やと思います。お父様はめったなことで私情を挟む猫やおまへん。せやないと専務理事なんて重要な役職よう務まりまへんわ。うち、それとなく聞いてみます。」

討ち入り実行日の3日前にわてはカルボナを連れて黒猫会本部の現地調査を行う為、神戸行きの配送トラックの荷台にこっそり乗り込んで現地に赴いた。
こうしている間にも大阪府内各方面では、黒猫会の襲撃に遭い街の治安と平和が日々脅かされていた。奴らの蹂躙に屈することなく部下たちは死にもの狂いで外道どもと戦っていた。優秀で勇敢な誇り高き部下たちよ、もうちょっとの辛抱や。なんとか持ち応えてくれ。
討ち入りを12月14日に決めたのには理由があった。前日13日の夜、奴らは本部で盛大に忘年会を開催するのだ。その流れやと寅の刻には奴らは確実に泥酔して無防備になっている筈、そこへ我々が奇襲を掛ける算段なのだ。
わてとカルボナは黒猫会本部となっている工場跡地の廃墟の近隣に到着した。わてらは本部が監視出来る距離に乱立している樹木によじ登って、討ち入り当日の侵入ルート、撤収ルート、突入口、等々を検討していた。その時偶然にも本部2階部分のある部屋の内部が目に入った。その部屋にはやせ細った一匹の子猫が虚ろな目をして横たわっていた。明らかにまともな状態ではないと思われた。
「カルボナ、見えるか?あの部屋に衰弱気味の子猫がおるで。」
「ええ、見えてます。可哀そうに…一体なにがあったんでしょうか?」
「詳しい事情はわからんが、黒猫会から何らかの危害を加えられていると判断される同族は救済せなあかん。」
「はい、もちろんです。ところで長官、シクラメンのカオリの姿が見られないですが、奴はどこにおるんでしょう……」
「おそらく普段は目立たぬ場所に潜んでるやろ。今までに悪事の限りを尽くしてきとるから、奴を恨んでる様々な猫から常に命を狙われている筈や。」
「間違いなく奴はロクな死に方せえへんでしょうね。」
わてらは現調を終えて再び大阪へと帰還した。

ー12月13日、午前8時ー

わてら自警団は本部ビルに全員集合しました。
30匹+求人募集で採用した17匹を加えて、総勢47匹が全員集合しました。8時だよ、全員集合!
「おいーす!諸君、時は来た。力の限り戦おう!」
「アイアイサー!」
わてらは5班に別れてそれぞれ神戸行きの配送トラックに乗り込み戦場へと旅立って行った。おケイはんは我々が不在時に一匹で本部に残すのは危険なので我々に帯同させた。
「長官、お父様に例の件を聞きました。」
「どうやった?」
「知ってました。カオリはミツコを出産したものの極度の育児放棄やったらしくて様子を見にいったらミツコは衰弱してたみたいです。で、お父様がミツコを引き取ったんですが、ミツコは物心がついた頃に家出したんです。以後行方知れずなままなんです。ミツコが家出した数か月後にうちが産まれたそうです。」
おケイはんの話を聞いて、わては現調した時に見かけた衰弱した子猫を思い出した。もしかするとあの子もカオリの実子でミツコと同じ目に遭っているんやろか……
「ミツコの外見はおケイはんに似てるんかな?」
「はい。お父様曰く、うちとミツコはそっくりやと云うてました。」
やはりそうか……ミツコはミーさんで間違いなさそうやな。ミーさんとおケイはんは腹違いの姉妹やったんか。
「カオリの事は気にせんと黒猫会は確実に潰してくれってお父様は云うてます。」
「承知!わてらは容赦せえへん。おケイはんには危ない目に遭わせてまうかも知れんけど、どうかわてらについてきて下さい。」
「もちろんです。うちもカルボナさんのお父様の敵討ちに参加します。」

ー12月13日、戌の刻ー

わてらは予定どおり現地に到着しました。黒猫会本部では構成員が全員集まって忘年会が始まっていました。外道の癖に酒飲んで宴会なんぞ生意気なんじゃ、どあほ!と見ていて腹正しくなりました。
わてらは忘年会が終わって奴らが意識不明のへべれけになるのをひたすら待ちました。あ、実は奴らが飲んでる酒には少しばかりの細工を施しております。そこらへんも抜かりないだす。
と、そこへ一匹の極めて悪党面のメスが宴会場に姿を現しました。シクラメンのカオリの登場です。まるで場末の風俗嬢の成れの果てのような風貌です。
「みんな、今年もよう頑張ってくれたなぁ。ご苦労さん。来年も頼むでぇ。じゃんじゃん飲みやぁ~」
カオリは既に酩酊しているようで、最前から若いオスの部下に身体をすり寄せて奇声を発しています。すり寄られたオスは苦笑しています。
こうなるとキチガイの集団です。
呑気に酒なんぞ飲んでられるんも今夜限りやぞ。せいぜい最後の晩餐を楽しむがよかろう、罪深き外道どもよ。オーマイガァー!!

ー12月14日、寅の刻ー

忘年会も終わり、罪深き外道どもは一匹残らず深い眠りに就いております。
前述したとおり奴らが飲んだ酒には基準値を遥かに超える致死量の睡眠薬を混入しております。
ここで現場責任者のカルボナ隊長が声を上げました。
「よっしゃぁぁ!いくでぇ!突撃じゃあぁ!」
「アイアイサー!」
自警団の四十七士は一斉に黒猫会本部に突入しました。
レッド隊、ブルー隊、イエロー隊の3チームはそれぞれ3方向から、身動きの取れない外道どもを矢継ぎ早に成敗していき、建物内には外道どもの断末魔の絶叫が響き渡っております。
わてとおケイはんはとりあえず部下たちの動きを監視していましたが、例の子猫の事を思い出したので2階の部屋へと向かいました。
子猫は推定中学生ぐらいの年齢と思われます。彼女は衰弱して酷く咳き込んで横たわっていました。
「大丈夫か?どないしたんや?親はおらんのか?」
「おっちゃん誰?お母さんおるけどなんもしてくれへん。ゲホゲホ。」
「可愛そうに…長官、この子おそらく気管支炎を患っていますよ。」
「なんやと!おケイはん、この子を保護しよう。」
その時、シクラメンのカオリが怒鳴り散らしながら乱入してきました。
「なんや、お前らぁ!娘になにすんねん。離さんかい、われ!」
カオリは鬼の形相でわてらに襲いかかってきました。わてはカオリの挙動に疑問を抱きました。こいつには睡眠薬が効いてへんのか?
「へっ!お前ら酒になんか変なもん入れたやろ?知ってんねん。そやからうちは酔うてるフリして飲まんかったんや。ザマーみい、ダボ!」
こうなったら有無を言わさず成敗するのみやと思いましたが、カオリの娘がいます。さすがに娘の目の前で母親を殺す訳にはいかんだす。しかし娘は意外なリアクションを返しました。
「おっちゃん、どっか連れ出して。お母さん怖い。しばかれるん嫌や。お願い、うちこの家出たいねん。」
どうやらカオリは日常的に娘に虐待を繰り返していたようです。
「わかった。おっちゃんとこ連れてったるさかい安心し。おケイはん、この子をたのんます。」
カオリの娘を抱きかかえたおケイはんは安全な場所へと移動しました。
と、そこへカルボナが満を持して登場しました。
「お前がシクラメンのカオリやな。父さんの敵じゃ、くたばれ外道!」
カルボナはカオリに刀を振りかざしました。が、その瞬間、一匹のメス猫がカオリの前に駆け込んできました。カルボナの怒りの念が籠った刀身は、そのメス猫を斬りつけてしまいました。そのメス猫は、ミーさんでした。
「お母ちゃんを殺さんとって…お願い…やから…」
「ミーさん、大丈夫でっか?なんでこないな事…」
カルボナは目の前の出来事に思考が追い付かず混乱を極めています。
「ボンちゃん、久し振りやなぁ、立派になって…」
「なんや、ミツコか。すまんな代わりにやられてくれて。あんた親孝行もんやな。」
この期に及んでも許されへんのはカオリだす。わてはこいつのふざけた発言にぶち切れました。
「黙れ、外道!地獄に堕ちろ!」
わてはカルボナが手にしている刀を奪い取って、問答無用にカオリを斬りつけました。カオリはあっけなく絶命しました。しかし心配なのはミーさんだす。
「ミーさん、しっかりしなはれ。」
「ボンちゃん、大きくなったなぁ。ゴメンな、あんなお母ちゃんでも実の母親やからね。」
「ミーさん、じっとしなはれ。すぐに治療しますさかいに…」
「ボンちゃん、もうええで。うちもう無理やわ…さいなら。」
ミーさんは息を引き取りました。

わては絶命したミーさんの前で呆然と立ち尽くしていました。
カオリの娘を抱きかかえたおケイはんは、この時初めて腹違いの姉と対面しました。なんとも残酷な姉妹の対面だす。
足元がおぼつかないカルボナはレッド隊の隊員たちに抱えられていましたが、その表情は何だか意識が飛んでしまっているように見受けられました。


fin







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