何でも採り入れる懐の深さに脱帽 銘仙の着物
2023年10月某日
アンティーク着物の魅力再発見! 大正の夢 秘密の銘仙ものがたり展
弥生美術館
個人的には初めての弥生美術館。
乙女~~~なイメージで今まで足が向かなかったのだけど。
このたび銘仙のチラシをチラ見して、ピンときた。
特に着物を着るってこともないんだけど、銘仙のカラフルで大胆なデザインにピンと来た。
ということで東大を横目で見つつレッツゴー。
銘仙とは…館内のパネルより
大正から昭和初期に女学生を中心に大流行した着物。
伊勢崎、足利、秩父、八王子など北関東で生産された絹織物。
日本各地に女学校が設立され、女子の就学率が上がったタイミングで盛り上がった銘仙ブーム。
安価な絹織物だからできる、個性的なデザインが生まれたとのこと。
絹織物は安価だったんだ…意外。
とにかく色とモチーフが多彩。
植物や幾何学柄、風景などなどとっても自由。
派手すぎるくらいの柄と思い切った配置。
花、孔雀、薔薇、チェックなどなど、さまざまなパターンの組み合わせ。
作り出す人も着る人も、もっと行っちゃおう!みたいな勢いがあったのかも。
需要と供給がガッチリかみ合っていた幸せな関係。
特にグッときたのが芸術の流れとの関わり。
ここで「セセッション(分離派)」ってワードが出てくるとは。
分離派といえば、クリムトが中心人物だったウイーン分離派が有名。
シンプルな直線と曲線の幾何学的な柄が特徴かな。
しかもセセッション式が大流行したっていう当時の日本人のセンスったら。
三越も推してたし、芹沢銈介先生も「日本の在来の意匠や趣味に適していた」とおっしゃっていたとのこと。
そして「MAVO」との関係。
大正時代に発足した、非常に気合いが入った(であろう)新興芸術集団。新興かつ前衛。
「私達は過激だ。私達は革命する。」とか宣言しちゃってる。
「マヴォ」って雑誌を発行したり、芸術にとどまらずさまざまな分野で活動していたらしい。
なんやかんやで「ジェンダーレスな服を着て社会的な役割から解き放たれて、心の健康やシンプルな暮らしやらを提案」するべく、染織図案集を出版。展示会で展開されていたとか。
ってこれを100年前に標榜していたのがすごい。今でも通じる感覚。
思いがけず、芸術運動との関連についても知ることができておもしろかった。
当時大ブームになった銘仙なので、世の中の流行を取り入れるのも当然といえば当然よね。
あまり難しいことを考えなくとも、パキッとした色とモチーフを観るだけでウキウキしちゃう。
思った以上によかった。眼福。
今を生きる私たちは、もっと攻めた服を着てもいいかも~って思えてきた。
3階は高畠華宵の常設展示。
耽美な少年少女の絵を描く画家というイメージ。
実物を観るのは初めて。ん~艶っぽいわ。
初代館長・鹿野琢見氏とのエピソードにグッとくる。
鹿野氏の高畠華宵への想いが、弥生美術館を造ったのね~としみじみ。