【ショートショート】拗れ


「ねえ、私の好きなタイプ知りたい?」

 校庭の南に立つ大きなクヌギの木陰。明莉あかりは声を落として、さも重大そうに言った。ざわざわと若葉が風にさざめいている。さくらと由良ゆらは、返事をする前に校舎中央の時計を確かめた。
 昼休みもそろそろ終わりの時間だ。由良が気まずそうに明莉を振り返る。

「私、もう行かなきゃ。次、理科室なんだ。ごめんね」
「そっか〜。じゃあね由良ちゃん」

 屈託なく答えるさくら。隣で膨れる明莉は不満全開のブス顔である。

「なんでよ!ダメだよ!今、私が大事な話をしてる途中じゃん!」
「明莉ちゃんわがまま言わないの。続きはさくらが聞いてあげるから。それかまた明日、三人で話そう?」

 明莉は「ブルータス、お前もか」と言わんばかり剣幕で首を回らす。ひどい裏切りだ!ちゃんと最後まで明莉の話を聞いてくれなきゃダメなんだ!

「ダメダメ!由良はクラスが別れてから全然私の話、聞いてくれないじゃん!もう友達やめるつもり!?」

 頭から湯気が出そうな明莉。さくらと由良は曇った顔を見合わせる。

「だって、しょうがないじゃん。クラスが違うんだもん。私、本当にもう行かなきゃ……」
「なんでよ!もうダメからね!後悔しても知らないんだからね!」

 由良の肩をポンと叩いて、さくらがのんびりと言う。

「大丈夫だよ由良ちゃん」
「……うん。ごめんね、またね!」

 そうして、むつける明莉をよそに、手を振る由良は走って行ってしまった。

 バカバカ!友達続けられなくなるじゃん!

「ほら、もう五時間目始まっちゃうから私達も教室戻ろう?」

 さくらが明莉の手に触れた。じっとしてたら、しっかり握り合わされた。さくらはそのまま明莉の手を引いて歩き出す。

 なんでよ。ひどいよ。話を聞いてくれなきゃダメなのに。

「ヤダヤダ!私も五時間目理科がいい!」
「はいはい」

 聞いてくれなかったらダメになるのに。

「私,理科が一番好きなのにぃ……!」
「二時間目が理科だったでしょ?」
「由良が行っちゃったぁ……!」
「そうだね。私たちも行こうね」
「えーん」
「嘘泣きしないの」
「えーん」
「はいはい」

 教室前の廊下。扉から飛び出した男子生徒の肘が明莉の肩を掠めた。

「痛ーい!広大こうだい、今私にぶつかった!」
「え、ああ。わりぃ」

 広大は片手を上げてぞんざいに謝ると、そのまま行ってしまう。

「ちょっと、ちゃんと謝ってよ!こらバカ広大!廊下を走るな!」

 彼の行く先にあるのはトイレ。広大の後ろ姿が見えなくなっても、明莉は執念深く睨め付ける。

「トイレに行きたかったんじゃない?」
「あのお調子者め……!お仕置きしてやる」
「え……何するの?」

 止めようとするさくらを置いて、明莉は勢いよく教室に入る。そして鉛筆を取り出すと広大の机に齧り付いた。

「ちょっと?何書いてるの?落書きはよしなって……」

 さくらの静止も虚しく落書きは程なく完成。覆い被さっていた明莉の体の下から現れたのは、机の隅に描かれた大きい白い丸一つと、重なる小さい黒丸五つ。
 動物の顔かな。パンダかな。

「明莉ちゃんて、パンダスキーだよね」
「パンダは正義!」

 明莉がふんぞり返ると、キンコンカンと始業のチャイムが鳴った。
 教室に駆け込む生徒達と、ゆっくりと教壇に向かう先生。日直が号令をかけて授業を始めようとする。と、

「なんだこれ!パンダ〜?!」

 広大が叫んだ。「なんだなんだ?」と教室中が注目する。

「パンダってなんだよ広大〜」
「広大さん?授業を始めますよ?」
「いやだって、え?これ俺の机?」
「お前の机に決まってんだろ〜ボケてんのかよ〜!」
「本当だ、俺の机だ!」

 広大は机の中身を確かめて座り直す。その様子を見ていたみんなが笑い出した。
 頭よし運動神経よし、ついでに顔もいい広大はクラスの人気者。男子も女子も、先生までもがつられて笑った。元凶の明莉も両手で口元を隠し、確信犯の顔で「くふふ」と笑う。

 ざまぁ広大!パンダ様、グッジョブ。

 放課後。ガヤガヤと行き来する人の波を縫って、ランドセルを背負った由良が来る。
 いつも通り迎えに来た由良と、いつも通り合流して歩き出す明莉。決まって幼馴染と帰るさくらとは、二組の教室前で別れる。

「さくらちゃんまた明日〜」
「またね〜」
「バイバーイ」

 昇降口を出ると、校庭脇の駐車スペースにいつもの車を見つけた。

「あ、明莉ちゃんのお母さんもう来てるね」
「ほんとだ」
「じゃあ明莉ちゃん、また明日ね〜」
「うん。バイバイ」

 明莉は校門へと流れる列を離れ、トボトボと車の前まで来る。それからぱっと笑顔になって運転席の窓をノックした。目の覚める様な赤色の車だ。
 元気よく「ただいま」を言う明莉。スマホを弄る母が顔を上げ、よく通る高い声で「おかえり!」と返した。
 赤い車がブルンと唸る。隣の隣の街のおばあちゃんちを目指して出発。
 明莉は毎日おばあちゃんちから一時間かけて登下校している。正直遠い。助手席でぼーっと窓の外を見ていると、信号で停車したタイミングで明莉の母が言いづらそうに切り出した。

「ねぇ明莉?パパさ、ピアノの発表会には来られないって。絶対行くとか調子のいい事いってたのにさ。ひどいよね〜。約束破ってばっか!」
「またかぁ。パパってダメな大人だね〜」
「ね〜!でも明莉はママがいればいいよね?」
「うん!」
「じゃあママがいっぱい応援するね!」
「ありがとうママ最高!」
「今日は学校でどんな事があったの〜?」
「あのね〜、みんなに好きなタイプを聞いてみたんだけど、おかしいの!」

 そう、みんなおかしいんだよ。なんで分かんないかな。

「明莉が好きなのはもちろん、優しくって、ちゃ〜んと話を聞いてくれる、隣の席の弦太げんた君!ママも好きでしょ?」

 ママが笑う。満足そうに。よかった。やっぱりこれが正解。

「ママも弦太君好き〜。良い子だよね!さすが明莉!パパみたいなお調子者は絶対好きになっちゃダメだよ!?」
「え〜当たり前じゃーん」

 話を聞かない者と、お調子者はダメ。一緒にいてどんなに楽しくても、魅力的でも。

「おっと、信号変わってた!」

 赤い車はびゅんびゅん走る。ママより速い車なんてない。ママが明莉を運んでく。
 話を聞かないお調子者を、明莉が好きになるなんて絶対ないし、ママの言う事を明莉が聞かないなんてあり得ない。


だってそうでなきゃ
パパみたいに
急にママから捨てられちゃうかもでしょ?









※※※
「むつける」は、すねる、不貞腐れる、などの意味です。
goo辞書には載っていたのですが、方言であるらしく… 通じました?


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