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【小説】連立のアキレス 第5話

 総選挙の期間中、大阪市内で「比例は自民党に」と言って回る最中の10月24日。大阪3区の公明党候補の演説を手伝わされる羽目になった柳本さん。公明党の代表と岸田文雄総理大臣が大阪3区の公明候補の応援に駆けつけたからだ。岸田首相や候補者が街宣車の上で熱弁を振るうなか、柳本さんは下で終始浮かない表情だった。
「この選挙区は自民党と公明党が協力していくために欠かせないところです。自民党も推薦する彼に清き一票をお願いいたします」
岸田首相は柳本さんの一連の行動を知らないかのようにシラを切り、公明党との親密さをアピールしていたが、ふと気づいて柳本さんのこともアピールしてはくれた。
「あと下にいらっしゃいます、自民党の比例単独候補の柳本顕さんも何卒宜しくお願い致します。そのためには比例は自民党にお願い致します」
紹介してくれたらその間だけ笑顔で応じたが、注目から削がれると再び浮かない表情に戻る。本来なら大阪3区のどこかで自らも名前入りの襷をかけて演説に立っていたはずだった。当選確実の地位を与えられたとはいえ、公明党との親密ぶりをアピールしている場を手伝わされるのは不快そのものだろう。
演説が終わり、下に降りてきた岸田にアピールしようと声をかけたが
「総理、柳本です」
「また後程・・・」
ほんの一瞬だけだった。岸田総理は柳本さんの事をどう思っていたのだろうか。多分「民意重視で裏切ろうとした奴」と思っていたから心象はよくないだろう。だが「何をやらかすか分からないので手元に置いとく方がいい。過去に無理矢理出馬させた責任取れば納得してくれる」とでも思ったのだろうか?この処遇には柳本さんや「私」たちはもとより大阪の自民党全体として納得していた人はまずいない。

 大阪自民が自民党本部を恨む理由は複数ある。まずは公明党との関係を重視したからだ。柳本さんの無所属出馬騒動をこっちから仕掛けても、「柳本を権力で押さえ込めばなんとかなる」と思っており、「公明党からの票が無くなることが自民党最大の危機」とみなしていたことが、有権者を馬鹿にしているように思えたからだ。
 次に落選する可能性を高くしてしまった状態を作ったからだ。とは言っても大阪の自民党候補は維新の勢いに飲まれる可能性が高く、もし柳本さんが大阪3区から出馬してもしなくても全員維新に負けているだろうし、比例復活も惜敗率による壮絶な取り合いになり難しいだろう。
そして大阪自民の恨みは公明党にも向けられていた。2回目の大阪都構想で公明は自分の小選挙区を守る為「だけ」に維新に擦り寄ったこと自体が裏切りであり、昨年の都構想の住民投票が終わっても公明側が「終わった事の話を蒸し返すべきではない」と主張しても、大阪自民側からしたら「そう簡単に割り切れる話」ではないのだ。「私」たちはそこにつけて市長選に負けて燻っていた柳本顕さんを焚き付けて、公明党と自民党本部に一泡吹かせようとしたのに公明党が自民党本部をアゴで使う様にしたのを見ると、自公関係のズブズブ感に呆れるしかなかった。

 10月31日の投票日の昼頃、まず「私」は小選挙区の投票用紙に「柳本顕」と書いて入れた。当然だけど、小選挙区に出馬していない候補者を書けば「無効票」になるが、どうしてもこの名前を入れたかった。もし出馬していたら有効だったのだが、これも意思表示のひとつとして入れた。あと当然だけど比例は自民党に入れておいた。こうして「私」の仕事は終わった。
 同日夜8時、比例近畿ブロックの関係上柳本さんは当選確実となった。だが事務所内の雰囲気はそんなに明るくない。拍手はまばらで柳本さんも喜びは顔には出さず慇懃に振舞っていた。
「ここ大阪におきましては非常に厳しい戦いが予想される中で得られたこの1議席は大阪にとって貴重な1議席となることを噛み締めて、国会でも頑張る所存でございます」
柳本さんが周囲を気遣い、万歳などを行わない厳粛な雰囲気で当選会見を行ってる一方で大阪小選挙区の自民党候補者達は各々の事務所で慌てふためいていた。なんせ投票終了直後に自民党としての結果は、予想としては過半数切ると言われていた予想を覆し、いくつか取りこぼしがあったものの政権を安定的に運営できる絶対安定多数を獲得したが「大阪では自民候補15人全員の落選確実」が報道されたからだ。
「まずい、維新と公明に全部取られた!」
「比例はどうだ?比例復活にかけるしかない」
そんな中でも比例に一縷の望みをかけるもの達が多かった。この選挙で自民党が比例近畿ブロックで獲得できたのは定数28中の8議席。そこからまず柳本さん含めた比例上位2人が割り当てられたあとの残り6議席を落選した重複立候補者による争奪戦となる。他の近畿の府県で接戦となり僅差で落選した候補が多い中で、大阪では維新候補の圧勝により、惜敗率が他より低く比例復活すらもできない完全落選者が多数。柳本さんと言い争いをしていたOやYも完全に落選した。結局大阪から比例復活できたのは東大阪市をエリアとする13区の宗清皇一と和歌山との県境を主な選挙区とする19区の谷川とむの2人だけだった。
こうして短期決戦と言われた今回の衆院選、当選確実と言われていた柳本さんにとっては長い選挙戦は大阪だけが異常な結果で幕を閉じた。

 11月10日、東京・永田町の国会議事堂にて特別国会に招集されたため、柳本さんも初当院するために行っていた。テレビで見ると
新型コロナの影響で従来職員がつける議員バッジを自らつけて、様々な儀式を終えて議場に入っていった。その後の様子は柳本さんが帰ってから聞くとしよう。数日後、柳本さんが浮かない顔して永田町から帰ってきた。
「どうしたんですか?初当院が疲れたんですか?」
「それは今から話すよ」
柳本さんが国会内で見た現実は、想像を絶するものだった。

 柳本さんは初登院して関西のマスコミから取材を受けたあと、近づいてきた2人に挨拶をする。
「あ、宗清さんに谷川さん、おはようございます。大阪の自民党から選出されたのは私たち3人だけですけれど一緒に頑張りましょう」
大阪の小選挙区から落選するもかろうじて比例復活を果たした宗清皇一と谷川とむである。大阪から選出された数少ない自民党の衆議院議員だから、
「何言っている、私たちはあなたとやっていくつもりはない!」
「谷川さん、何の冗談ですか?」
「それは自分が一番わかっているんじゃないか?自民離党して無所属で出馬という振りをして比例上位を獲得するという姑息な手を使ったせいで、私たちは大変な目に遭った。そんなことをするあんたとは一緒にやっていけない!」
谷川と宗清ははなから柳本さんと一緒にやっていくつもりはなかった。怒りを隠さずに事実上の絶縁宣言を突きつけると2人は議事堂内に入っていった。
「まあいいでしょう。国会内にて多く仲間を作ればいいだけです」
そう思って議場に入り、自分の席の氏名票を立ててあたりを見回すが、騒がしい限りだ。同じ党員を中心に挨拶の声が飛び交う。いずれも顔見知り、長年の付き合いの人同士であるため、初当選した柳本さんが割って入れる状態ではなく、椅子に座り込んだままだった。
「あ、ご無沙汰しております…」
そんな中でも見ず知らずの同じ党の議員が自分に声をかけてくれたと思い、立ち上がって
「はじめまして…」
と挨拶したが、その男は
「あ、これはこれはこちらこそご無沙汰で…」
自分の隣に座っていた知人に声をかけていただけだった。結局柳本さんは誰にも声をかける事ができずに独りぼっちの状態となり国会デビューは大失敗に終わった。
「国会には私の居場所は無かった…」
柳本さんは寂しそうに語った。まああれだけの事していたら孤立もやむなしといったところだろうが、話には続きがあった。

 初登院の翌日、議事堂内を歩いていると声をかけられた。
「柳本顕さんですね?」
「どちら様ですか?」
国会内で独り寂しく歩いていた柳本さんに声をかけたのはある派閥の自民党議員だった。声をかけられて嬉しく思ったのでついていき話を聞くと
「私、自民党内の派閥の麻生派に属しておりましてこの度柳本顕さんに我が麻生派に入っていただきたいのです」
「私がですか?」
かつては内閣総理大臣を経験し、現在は「副首相」的な立場である麻生太郎氏が率いる派閥「麻生派」への入派のお誘いだった。
「でもどうして私なんか」
「大阪選出の自民党議員がいないんですよ。他の2人は安倍派でしたし、大半が落選されましたし…前までは二階派にいらしてたそうですが、大阪市長選の落選の後の事があり脱会したと存じ上げます。どうですか?」
大阪選出の自民党国会議員は主に安倍派と岸田派が多く、二階派や茂木派が1.2人いて麻生派がいない。ましてや元々二階派だった柳本さんを誘ったのは今は派閥に入っていない新人議員だからに過ぎなかったのだろう。
「まあ私は国会議員なりたてでどこにも所属していないから取り合いに巻き込まれただけと言うことですね」
よくある派閥の勧誘にどこか刹那的になっていた柳本さんだが、その麻生派議員は話を続ける。
「それだけではありません。麻生先生とスタンスが近いからですよ」
麻生派が柳本さんに目をつけていたのは「スタンス」だ。麻生派は公明党と連立を組むことには懐疑的な姿勢であるほか、日本維新の会を敵視している。維新の本丸である大阪で真っ向から維新や公明に立ち向かう姿勢は麻生太郎先生も注視していたようで、麻生派に勧誘したと言うことだそうだ。
「公明にも維新にも毅然として立ち向かう姿勢の柳本さんに相応しい派閥ですよ。私たちの派閥に入りませんか?」
「いいでしょう。この話乗りました」
「ありがとうございます。そうしたら後日手続きしますのでよろしくお願いします」
こうして麻生派に入った柳本さん。まあ捨てる神あれば拾う神ありと言ったところで、この後は環境大臣の政務官に1年生議員ながら抜擢されるなど活躍の場を与えられるようになった。多分今後も比例上位の常連になるだろう。とりあえずは頑張ってほしいものである。

 だが、「私」たちにとってはもう柳本さんは「使えない存在」となってしまった。元々「私」たちの公明党への不信感を示すために、当時大阪市長選に二度も出馬させられたうえに落選後に使い捨てにされて燻っていた柳本さんを使って、自民党と公明党に一泡吹かせる事ができなくなってしまったからだ。いくら柳本さんが実質大阪3区の代表だとしても、ペーペーの一年生議員の話なんて聞いてくれないだろうし、所詮は「駒」扱いなんだろう。

 だが自民党と公明党の連立は簡単に切れないものとなっていたがまた大阪での出来事が発端となり関係が一時的に険悪になり、連立解消騒動に発展することになるのは少し先の話となる。


連立のアキレス

#創作大賞2024 #お仕事小説部門

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