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娘の結婚まで・・・道は続く

コロナが突然流行し始めた2020年2月の、とある金曜日の晩、突然電話が来た。
いきなり娘が、言う。

「そっち行こうか、迷ってる」
「今どこなの?」
「大通り」
「なら、そのまま駅に行って電車で来なさいよ」
「今から?まさか、忙しくてもうヘトヘトで、とてもとても」
「休みにこっち来てもつまらないでしょう」
「○○がある」

安定の○○。娘の大好きなジェラート屋さんだ。

「○○の後どうするよ」
「うーん…」
埒があかないので言った。

「明日私が行くから」
「で、どうするの?」
「アンタに渡したいものがあって、渡すのが目的だから、猫も寒いところで留守番も可哀想だし、すぐ帰るよ」
「なんたら、せっかく来るのに」
「なるべく人混みは避けたいし」
「何時?」
「11時。時間厳守だよ」
「はぁ」

休日は寝たいだけ寝るのが娘なのである。そこも慮っての、11時である。
それもだがとにかく私は用事以外の用事を作りたくないのだ。家が一番なのだ。

翌日。約束の時間に間に合うように家を出た。土曜日なのに車が少ない。市内に入ってもいつもより人が少ない。スイスイと着いてしまった。間に合うように着けば着いたで、肝心の娘はさっぱり来ない。

電話をすると、
「歯磨いたら出るから」

いつも思うが、娘は準備が遅い。娘がハタチの時、ふたりで函館を旅行した際も思ったが、これで近い将来身支度を整えて、社会に出て働くんだろうか?と、つくづく呆れたものである。

「私なんか、家事や子供の世話、元亭の世話(元亭は、子供より俺を優先しろと言う人だった)、自分の事は全部後回しにして、それでも時間がない中工夫してアレコレやってからやっと自分の支度をして仕事に行った、それでも遅刻は一度もない、人を待たせるなんてなかったのに、この母にして、この娘のザマはいったい…」

と、待っている間友人に愚痴る。すぐに返事が来て

「そうそう、〇〇の化粧も時間がかかってイライラする!!」
「あれでよく仕事に行ってるよね」
「仕事の時は遅刻しないって威張るんだよ」
「そうなのよ、親のことは平気で待たせるくせに」

娘が現われたのはそれから18分後だった。その後のあちこち歩き回って喉が渇いた。

「喉渇いたよう、どこかでゆっくりお茶しよう」
「どこにしよう?」
「どこでもいいけど、今流行りのカフェとかは嫌だな」
ワガママを言うのは私の方である。

「良いところあるよ」
娘に促され車を走らせる。

「近道だから」
と細い路地にいざなわれる。

ああだこうだと喋りながら進んでいると

「あ、通り過ぎた、今の所を左だった」
「なぜ早く言わない、車は急に止まれない、曲がれない」
「ゴメンゴメン」
「だいたいアンタは・・・」
と説教を始めると
「わかってるよ、しかしうるさいなぁ、そんなに大きい声で言わなくたっていいでしょ」
「大きくないでしょ」
「キーが高いうえに、大きいんだよね昔から」
「アンタたち(息子のことも含んでいる)が、ろくに返事もしないから聞こえてないかと思ってのことでしょ」
「聞こえてるからね」
「ならなんで返事をしない!!」
「あー、うるさい、密室でそんなに騒がないでよ」

繁華街は一方通行が多く、

「次の次を左に曲がって、ぐるっと・・・」
「近道が遠くなったじゃないの!!」
「別に焦らなくても着くから」
「老い先短いと焦るのよ!!!」

自分で言っていて情けない。
娘も
「そりゃそうだねぇ」
なんて言うのだ。ガハガハと笑いながらだ。

チクショウ・・・ムムム・・・(-"-)。

「ここ、ここに入れて」

コインパ‐キングである。降りてほんのすぐのところに連れて行かれる。つい今しがたまでイライラしていたのに、急に機嫌がよくなる私。

「なんかいい感じじゃない?」

「二階に行こう」
今どきのアレコレ盛ったオシャレな
「カフェ」ではない「喫茶店」。

「ここ、ずーっと昔からあるところだよ」
「知ってるでしょ? 入ったことある?」
「あるようなないような・・・似たような感じの〇〇の店はあるけど」
「ああ、〇〇舎だね」
「そうそう、でもコーヒー美味しいと思わなかったな」
「あそこは雰囲気だけだよね、ここは美味しい」
と若い娘になぜか勧められる。

照明が落としてあり、落ち着いた雰囲気でいい感じだ。

「こういう感じ好きなんだよね」
「いいね」

イケメンの店員のお兄さんの丁寧な接客がまたいい。娘は慣れているようで「今日のケーキは何がありますか?」
なんて聞いているではないか。

娘はケーキは頼まず
「黒パフェを」
なんて言っている。
私は、コーヒーバナナケーキというのにしてみた。

コーヒーは、娘は浅煎り私は深煎りのブレンドコーヒーをオーダーした。

ややあって注文したものが運ばれてきた。

     

         

 

私がこれまでの人生で、美味しいと思った喫茶店は2ケ所だけである。一度気に入ると通いつめるタイプなので、広がりもなく、そもそも贅沢だとも思っているので喫茶店でコーヒーなどというのは実は数えるほどしかないのだ。ここが3か所目に追加された。

ブラック嫌いな私だが、運ばれてきたコーヒーの香りに何となくブラックのまま飲んでみると
「うっ・・・美味しい」

ミルクも砂糖も要らないと思った。驚いた。

「いいねぇ・・・・」

土曜の午後。若いカップルが入ってくる。

「平日はオバサマたちばかり」
「へぇ」

若いカップルも静かに話している。実にいい雰囲気だ。

コーヒーがあまりに美味しいので、私は
「お代わりしようかな」
と言うと
「じゃ、クリームソーダ頼もうかな」
と娘も乗って来た。

    

        


薄暗い中で、クリームソーダが宝石のようにきれいで、二人でしばし見惚れる。

「ああ、良い時間だ、今日こっちに来てよかったよ」
「そりゃ良かったね」

私がニコニコしているからか、娘が重大発表をあっさりと言った。


春になったら、彼と一緒に暮らすそうだ。
「それって結婚するってこと?」
「うん、マアネ」

この日は路地をぐるっと回ってこの店に来た。娘の手を引いて歩いた道が思い出された。

道は続いて来たのだな・・・。

「それは、おめでとう」

もう後は言う言葉がなかった。
さっきまで
「うるさい」
と言われていたのに(笑)。

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