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遠い日のカルピス

元ブログより 2019年11月01日の記事を載せます。

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御遣い物を何にしようと考える時、アレコレ悩むのは常である。

必要があって出かけて、カルピス数種類の詰め合わせがあったので、今回は迷うことなくそれにした。       

カルピス詰め合わせ

カルピスといえば、私が子供の頃は白に水玉模様の紙で包装されていた瓶であった。そしてこんな絵面だったと記憶している。

       

この黒い生き物は何なのか


子供の頃は、飲むものと言えば水だった。今はその水をわざわざ買って飲む時代。清涼飲料水も、毎日のように買うか、冷蔵庫にも何かしら入っている。

私は虚弱児だったので、飲ませてもらうのは大概牛乳だった。ジュースの類はほとんどなく、カルピスは特別な時だけだった。わざわざ買うのを見たこともないので、大概到来ものだったと思う。

お中元やお歳暮が届いて、開けるとカルピスが入っていればとても嬉しかった。しかし、すぐに栓を開けることは無く、
「何かの時」
だけである。

今のようにちょっとした便利グッズもなく、一旦栓抜きで開けた王冠は、ひしゃげたままで瓶の口に乗せられ、蓋にもならない状態であった。

「何かの時」
というのは、誰か客が来た時、あるいは
「風邪で熱が出て寝込んだ時」
などである。冬はお湯で割ったりもした。
規定は曖昧で、その都度違ったのだが、
「飲みたいだけ飲む」
のは許されることではなかった。

法事などで、親戚、従兄弟従姉妹が集まった時など、やかましい子供たちに辟易した大人が
「カルピス飲ませるから静かにしなさい」
などという事もあった。
子供たちは歓声を上げ、一瞬神妙にもなるのだった。
が、それは最初だけである。

人数が多いと、コップもまちまちの大きさになる。
「大きい、ズルい」
と揉める。

原液の多い少ないで揉める。
大人がコップの底に原液を注ぐが、子供たちの目は真剣である。
年長の子供がやるとなると、監視がさらに厳しくなる。

「入れすぎるな」
「こっちが多い少ない」

水を注いだら注いだで、なんだかあの子のコップの方が多いような・・・。原液の量がほぼ同じなのだから、水の多寡で味は微妙に変わるわけで、コップに水を並々と注いでも
「味が薄くなる」
のだが、子供は単純だから、なんだかいつも自分が損をしている気になるのはどの子も同じで、結局静かになどならないのであった。

いつか自分の裁量で、自分だけで
「濃いカルピス」
を入れて飲みたい。飲みたいだけ飲みたい。それは当時の私たちの
「羨望」
ですらあった。

ある日チャンスが巡り来た。
家に誰もいない日。
冷蔵庫には栓を開けたカルピスが、瓶にまだ多く残っている。

「・・・・チャンスだ・・・」

しかし、それは禁忌を破ることでもあった。
大人がガッツリ管理しているもののひとつが、カルピスだったのである。

しかし誘惑には勝てない。子供は親に隠れて、コソコソと
「悪い事」
をして大きくなるものだ。

辺りをうかがい、冷蔵庫まで忍び足で近寄る。
ちょっと音がしたりすると、ピクっ!!となって、即座に冷蔵庫から離れ何食わぬ顔で茶の間に戻る。誰もいないのに、である。

しばらく様子をうかがう。耳も気配と音に集中する。そしてまた冷蔵庫に近づき、今度は扉を開ける。

一気呵成に
「大人が注ぐよりずっと多めに」
原液をコップに注ぎ、それはコップに半分なんていうものだったが、水を注ぐのももどかしく、あとは証拠を残さぬように瓶を冷蔵庫に戻し、コップを大事に抱え、茶の間ではなく流しの前で飲むのだ。

あれほど期待した
「原液を多めに注いで飲む」
というのは、期待したのとは違っていた。
「濃すぎるからいいというものではない」

かすかであっても罪悪感があるから、
「これは神様の罰だ」
などと真剣に思ったりしたものだ。

そんな話を夫として、盛り上がった。
私は子供たちにカルピスを飲ませる時は、
「じゃんけんして、原液を注ぐ権利と、コップを選ぶ権利のどちらかを選ぶがヨロシ」
と、やらせたものだ。2人とも真剣で、傍から見ていて非常におかしかった。

今は、ほどよく調整されたものが、ペットボトルなどに入って売られている。瓶で原液を売っていた頃よりも、格段に売り上げは伸びたそうなのだが、ペットボトル入りのものは私には
「なんだか物足りない」
のである。

出来あがり、あてがわれたものは便利でありがたいと思うが、
「あのささやかな罪悪感と、自分の裁量でカルピスの味の機微を知る」
という、段取りがないのが
「足りない」
のだ。

今の子は、果たしてカルピスにあれほど興奮し、真剣に向き合うだろうか。面倒がないということは、良いことばかりではない。私は小さかった頃の、カルピスの騒ぎを今とても懐かしく切なく思い出している。

久しぶりに原液を買ってきて、ホットにして飲もうかな。色々な味があるが、やはりあの白いカルピスでなければ。


     

年代別パッケージだそうです

    










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