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8000円

我ながらうんざりするが、悲劇は繰り返した。私はやらかしていないのに


家のトイレは当然水洗で、自動洗浄である。
よりによってクリスマスイブに、娘の友人が集結しトイレを詰まらせた顛末は前記事の通りだ。

翌年もクリスマスはみんなで集まるという。当時娘は高2だった。
悪夢が蘇る。

「また、去年みたいなことにならないだろうね・・・」
「まさかぁ」

それでもわたしは、アンタたちのケーキを焼いたりまた忙しいではないか。


「おねがひ」

いつまでもあると思うな親とトイレットペーパー。



トイレからガラガラとペーパーを手繰る音が気になったのは、今に始まったことでない
何度注意しても改まらない。娘の友人たちも似たような子が集まっているに違いなかった。


「大体使いすぎ。温暖化の原因。そのうち去年みたいに詰まるから、ウォッシュレット使いなさい」

「ダイジョウブ」

ダイジョウブの根拠がわからない。


娘には幼少のころより何かにつけ、こうなるから、ああなるから気をつけるのよと言い続けて来た。
そして必ずそうなった。
ソファの上でジャンプする娘に
「痛くするから止めなさい」


それでも
「ダイジョウブ」


そう言っていてある日彼女はソファから足を踏み外しサイドボードの角で顎を切った。

台所にいたわたしに息子が、妹の惨劇を知らせに来た。

「Mちゃん、血出てる」

息子は当時小学校に上がったばかりだったが、それまでのわたしの怪我の対応のしかたが頭にあったと見え、妹の顎をティッシュで止血してから知らせに来たのだ

見たわたしが驚くほどぱっくり裂けていて、血がだらだら。

が、冷静沈着な兄の初期手当てが功を奏し、彼女の顎は4針縫いはしたが綺麗に治った。

娘はそういうことを繰り返してきた。全く学習しない。
で、トイレである。


イブを危惧していた秋の終わり、出先にいたわたしに娘から電話が来た。
妙にテンションが高い。

「あのさー、怒らないで」
「なによ」

ピンときた。


「INAXに電話したんだけど、フリーダイヤルなのに変なおっさんが出て、あの、よくワイドショーなんかで音声変えてこもったような男の声流れるじゃん、あんなのでキモくてさー」

「用件を言いなさい」

「んで、INAXにトイレの電源抜けって言われて」


「まっすぐに用件を言いなさい」

「トイレが溢れ」


「だから言ったじゃないの!!!!」

終いまで言わさず喚くわたし。

「で、INAXから折り返し電話が来るんだけど、詰まってて溢れてさ」

「詰まっててではなく、詰まらせたんでしょうが!!!」


わたしの頭の中に某CMの音楽が聞こえた。

【 ♪水道トラブル5000円 トイレのトラブル8000円♪・・・・】


わたしは電話を切りメールで厳命した。

手を触れないでください 
 誰も呼ばないでください 
 トイレはわたしが行くまで我慢しなさい


果たして娘は暢気に歯磨きをしていた。
昨日から友達も来て泊まっていて、午後から英検の二次を受けに行くという。

ずんずんずんずんとわたしがわざと音を鳴らして入っていくと

「あはあはあはあはあはあは」

歯ブラシを咥えたまま笑う。
わたしは黙って睨みつけ、昨年助けてもらったラバーカップを探しに出る。
それは外の水場の棚の下に放置されていた。

取って返し気合のふた押し。

こここここぉぉぉぉぉ・・・・・・

わたしは鼻息を荒く鳴らし、キッと振り返る。
娘と友達がきょとんとしている。


「開通だ」
「は?直った???」
「わたしをなんだと思っておるか!!!」


その日はホワイトソースを静かにこしらえ煮詰め、クリームコロッケまで手作りした。
そのわたしの手は、何の祟りかこういう風にフルに活躍している。


「アンタ!!業者に頼めば8000円なんだよ!!! 知恵と工夫がないとそういうあほらしい金がかかる。わたしを見習いなさい!!!」

娘と娘の友人は

「チョー受ける!!」

「Mママサイコー!!」
とか言いながら
「8000円寄越しなさい」
と言ったわたしに

「商売できるよ」


声を揃えるのだった。
娘は英検の会場に送れという。

「馬鹿も休み休み言え!!! すぐそこじゃないの!!!」

「終わったら買い物したいし」

「うるさい!!ならば8000円寄越してから言いなさい!!」

「おねがひ」

鬼母は今日は騙されませんぞ!!


2度も活躍したラバーカップを、このどんより冷えた昼下がり洗わねばならない・・・

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