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忘れられないエチオピア線での実話

先日、こんな記事を見ました。

「2015年、インドネシア政府が、中東21ヵ国へのインドネシア人メイドの派遣を、一時的に中止していた」との内容。

理由は、メイドとして働くインドネシア人への人権侵害、人としての尊厳が傷つけられた事件が多発したためだそうです。

政府がそんな措置をとったということは、それだけひどい事が起きていたってことですよね。

この記事を読んで、フライト中に見た色々な場面を思い出しました。

その中でも、忘れられないエチオピアに行くフライトでの出来事を紹介します。

エチオピア線で出会った若い女性のお客様


ドバイ発、アフリカ大陸のエチオピア行きの便での実話。

エチオピアは、世界最貧国の1つとされている国。

エチオピアに仕事がないから、中東諸国にメイドとして働きに行く若い女性は多くいます。

とある日のフライトに、エチオピア人女性の「Dさん」が乗ってきました。

まだ年は20歳前後と、とても若い。

そして・・・・Dさんは、目が見えません。


ブラインドパッセンジャー(目が不自由なお客様)として、ご搭乗下さいました。

エコノミークラス担当のケニア人CAが、親身になってDさんのお世話をしていました。

フライトはバタバタと忙しく、食事のサービスにCA達は大忙し。

やっと全てのサービスが終わり、そのケニア人CAは、またDさんのところに行きました。

サービスがひと段落したら、お客様と会話するのは、よくある光景。

そこで、CAは耳を疑うような事実を聞いたんです。

機内でお客様から聞いた、悲しすぎる事実

CA達がギャレーで話してると、

ケニア人CAさんが、今にも泣きそうな顔で戻ってきました。

ケニア人CAさん

「あのお客様は、メイドとして中東に出稼ぎに来てたそう。

そこで雇い主に叱られて、暴力を受けて、失明させられたんだって・・・

もう働けないから、強制的に国に返される途中だって」


どうやって失明するに至ったか、経緯も聞きました。。。
しかし、あまりに残酷で、ここに書くのは控えたいと思います。
まあ、危険な液体をかけられた訳です。。。
書いてて心が重くなります。※中東でのメイド 虐待と、検索すればすぐに分かります。


みんな言葉を失ってしまった。

日本人の私は、メイド文化にも慣れてないし、信じられませんでした。

日本で育って、中東のエアラインに就職し、世界中に乗務すると、本当に信じられない文化の違いに直面します。
それがそれが魅力でもありますが、時に残酷な世界の現実を自分の目で見ることになります。

私よりも年下の女性が、外国にメイドとして出稼ぎに行き、失明して、今から家族の元に帰るなんて・・・

目に涙を受けべていたクルーも居ました。

ギャレーの空気は、とても重くどんより。

重い空気の中、アフリカ人のCAが言いました

「彼女のためにCA達で寄付をしよう!!」

私が大好きな外国の文化!「優しさはすぐに行動化!」みんな率先して寄付をします。

その提案に、CA達が「しようしようと」みんな即答!大賛成!

CAとパイロットでお金を出し合って、Dさんに心ばかりの寄付をすることにしました。


そこへ「僕にもさせて!」

と財布から、USドルを取り出した男性がいました。

それは、ドア前で私達の会話を聞いていた白人男性のお客様でした。
自分達も寄付したいと参加してくれたのは、ドイツ人男性のお客様でした。

機内で集まったみんなの気持ち

アフリカ人CAは、機内のギャレーをまわり、他のCA達からも寄付を募りました。

そしてコックピットにも。

もちろん機長たちも、快く参加してくれました。

そしてアフリカ人CAは、エチオピアに帰るDさんに、お金を手渡しました。

機内備品の歯ブラシやらメモ帳やらも、めいっぱいお渡ししました。

Dさんは、何をどれだけ貰ったなどは、見れなくても喜んでくれました。

飛行機は、エチオピアに到着。

CA達は飛行機の出口のところまで行き、Dさんをお見送り。

急遽、始まった機内で客室乗務員による募金活動。

胸が痛む話を聞いてすぐに

「彼女にお金を集めよう!寄付を募ろう」と、

行動したケニア人CAの行動力を尊敬します。

そして、Dさんだけでなく、生まれた国の財政が良くなく、アフリカやフィリピンから、中東に出稼ぎに来ている労働者は沢山います。

日本では、住み込みメイドさんは、一般的ではないですが、ドバイにすんでいると、メイドさんを連れてる家族連れは、当たり前にみました。

他人の家の中で、メイドとして数年間の契約で働くのは、簡単なことではないと思います。

今後、メイドさんがひどい目にあわされる事件が無くなる事を、願うばかりです。

最後に

CAとして、色々な国に乗務させてもってた時、

「貧しい国」と「裕福な国」の存在を肌で感じました。

「貧しい国」と「裕福な国」を結ぶ路線に乗務すると、

出稼ぎ労働者の男性や、メイドさん達で、エコノミークラスがいっぱいになる時があります。

「貧しい国」から「裕福な国」に向けて飛び立つフライトは、これから出稼ぎに行く人達が、目を輝かせています。

しかし、、、

その逆の、

「裕福な国」から「貧しい国」に向けて飛ぶフライトは、エチオピア線以外でも、悲しみに暮れているお客様に会いました。

ドバイージャカルタ線では、メイドとして働いてた、私と同じ年の女性が、泣いて、雇い主とのトラブルを話してくれた事もありました。

それ以外にも、まだまだ、上空でのドラマがありました。


もちろん、出稼ぎを終えて、嬉しそうに「家族に会えるんだ。3年間頑張ったんだ」話してくれる人も居ました。

中東でCAを経験すると、自分の見てきた世界や常識が、いかに狭いものだったかを、思い知らせれます。

今後も、上空で見た珍事件を、シェアしていきますね。

最後まで読んで下さって、ありがとうございました。

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