august / 8月
花のジュース
暑さが一段落して、時折秋の気配が風から伝わってくる8月は、ヴェヌーでは実りの秋の始まりだ。リスが毎日欠かさないお散歩から帰って来ているなと玄関まで迎えに行くと、両手に抱えきれないぐらいの白いお花を抱えていた。
デンマークに昔から伝わるお花のジュースでも作らない?とこれまた古めかしい木製の絞り器を持って来た。「大量のヒュルブロムスタのお花が必要なのよ」と話しながら、お花をチェックして、余計な虫がついてないか確認してとって来たお花を水でゆすぐ。しばらく煮込んでいると花の香りと砂糖の甘い香りが混ざって、明るい日差しも手伝ってなんだか眠くなってきた。
花のジュース / Hyldeblomst-saft
材料
Hyldeblomst 20 株
レモンの絞り汁 2 個分
水 1L
砂糖 1kg
ワイン 20g
■作り方1. 花を摘み取り、虫やしおれた花がないか確認する。
2. 花にレモンの汁、砂糖、ワインを混ぜる。
3. 水を沸かし、花を加え煮詰める。
4. 3-4日涼しい場所で、時折混ぜながら保存して、香りをうつす。
5. 最後に、ガーゼなどでこして、透明な液体を瓶に保存する。
6. 夏は冷たく冷やして、冬は温めてさらにレモンを加えて飲むのがおすすめ。
ヴェヌー島のアーティスト
ヴェヌーは、いわゆる人里はなれた孤島というわけではないけれど、島に渡るにはプライベート・ヨットか1時間に3本のヴェヌー・フェリーを使う必要がある。そんな場所に好んで住むのだから、ちょっとした変わり者や一家言ある人たちが島に住むようになったのは不思議じゃない。
自ら立ち上げたコンサルティング会社をプライスウォーターハウスクーパーズに売却して一躍大金持ちになったヤン。女手でラムとジャガイモ農場を切り盛りしているアイディアあふれる実業家 Pip、コンクリート工場で財を成したFLSmidtsの社長の手下でヴェヌー島の土地を買収して、王室の狩猟場にしようと企むトーマス。お金持ちも悪役もそろいに揃ったヴェヌーにカイとリスがヴェヌーに移り住んできたのは、リスがもっと自然に囲まれた生活がしたい、自然の中で芸術の道を究めたいと常々考えていたからだと、いつだったかルーンが話してくれた。
今のような夏の時期は、ヴェヌー島は楽園になる。夏の日を浴びて海水浴を楽しむ人、ウォータスポーツを楽しむ人、サイクリングをする人、庭仕事を楽しむ人。でも、夏が終るとヴェヌー島の景色は一転する。夏の間も強く吹き付ける風は、秋冬には、顔が痛くなるほど打ち付けてくるし、ヴェヌー島の高木がなびいたように陸側にのみ枝を延ばしているのも、海からの風が強すぎて対称に生育しないからだ。「自然の恩恵も脅威も感じられるヴェヌーだから、アーティスト活動ができるの」と画家リスは話してくれる。毎日のヴェヌー生活を満喫しているカイとリスだけれど、一家言あって島に住むという意味では、その他の島の人と同じなようだ。
画家リスは、60年代のデンマークを芸術で体現する人物。リスが描く作品のモチーフは、自然の土や風、黒く国土全体にのしかかっていたキリスト教プロテスタント。抽象画が中心の作風からは、普段は陽気なリスの政治的・社会的な人物としての側面をかいま見ることができる。近年も政治的なメッセージはおさまることなく、現在のテーマはデンマークの田舎(udkantsdanmark)。このデンマークの田舎という日本語からは、自然豊かな昔ながらの姿の残る古き良きデンマークをイメージしがちだけれど、実際のところはもう少し複雑な言葉。なにしろ、昔から蔑視のニュアンスを持って使われているいわゆる「田舎者」「遅れたエリア」を意味するからだ。
デンマークが歴史的にたどってきたキリスト教からの解放、自然賛美、民主主義を体現する社会派の芸術家は、ポップな米国系のアートに押され、デンマークでは稀少になってきているのかもしれないけれど、同時代を生きた人たちには共感をもって受け入れられ、評価も高い。こんな人里離れたヴェヌー島だからこそ、コペンハーゲンのアートシーンとは大きく異なるデンマークを体現する芸術が生きているんじゃないだろうか。ちょっと古めかしいリスのホームページも、実は曰く付きの骨董品だ。
ちょっとメランコリックになったリスが、デンマークのパンケーキを作って子供たちに振る舞った。ヴェヌーでは、パンケーキにジャムや砂糖とレモンでシンプルに食べる。
子供達は、チョコレートをのせて食べるのが大好きだ。パンケーキの匂いがしてくると、みんながキッチンに顔を出して、わかっているのに「何作っているの?」とリスに聞く。パンケーキづくりは元気を出すためのリスのちょっとした儀式なのかもしれない。
昔ながらのパンケーキ / Pandekager
材料
小麦粉 150g
牛乳 4 1/2 dl.
卵 3個
粗塩 小さじ 1/2
焼くときに使うバター 50g
■作り方
1. 粉類を全て混ぜる。
2. 牛乳を半量、少しずつ粉に混ぜ、玉ができないようにする。
3. 残りの牛乳と卵と塩を加えよく混ぜる。
4. フライパンをよく温め、バターを少量落としてお玉に一回分とって焼く。
真夏のセーリング
快晴で目覚めた週末、皆が集まる朝食のテーブル。こんなに天気が良くて、しかも、ルーンがコペンハーゲンから遊びに来ている日の朝は、カイはいつも以上ににこやかだ。なんでにこやかなのかは皆知っている。こんな日に期待感あふれた表情の息子を前にカイが必ず言うせりふ、「海にいこうか」。
キャプテン・カイの言う「海」は、いわずとしれた「セーリング」。カイは、若い頃海兵隊に所属していた*こともあって船や航海の知識が豊富。
*デンマークには兵役があり、昔は強制でした。今でも18歳の健康な男子の中からくじ引きにより兵役者が決められるとのこと。
カイが好きなセーリングは、エンジンつきのプレジャーボートで海に出るようなクルージングではなくて、ヨットの帆をかけて風を受け、アタックする「激しい」セーリング。 本格的なスポーツ競技セーリングとまでは行かないけれど、 キャプテン・カイのセーリングでもヨットの船体は20 度傾斜もざらで、船室にいない限り水し ぶきを顔や体に浴びる。 始めて連れて行ってもらったときには、たった 20 度の傾斜でもヨットがこのまま倒れて沈没することを真剣にイメージした。日本でも叔父さんにくっついて何度か「セーリング」に行ったことはあるけれど、その時のセーリングは沖にエンジンを使って出ていき、しばらくのんびりと波のチャプチャプとした音を聞き、対岸の漁港でお昼を食べて帰ってくるのが定番パターンの帆を使わない「なんちゃってセーリング」だった。前回のキャプテン・カイとルーンとのセーリングが予想以上に楽しくて、私は今回も手を挙げて一緒にヴェヌーの沖にセーリングへ同行した。
カイのヨットはエンジンがあるのだが、普段は使わず風を読み前後二つの帆を操ってヨットを動かす。ヴェヌー・ハーバーに停泊中のカイのヨットは、ロープをはずすや否やものすごい勢いで沖に飛び出していく。こんなデンマークの西の端のフィヨルドの海上で、カイとルーンは風を受け水をかぶりながら呼吸を合わせ船上を動き回り、オールのような木操舵棒(ティラー)と帆で、船を操る。こんなカイとルーンのにバイキングの末裔の姿を見てしまうのは、私だけではないだろう。
3時間の短い航海を終えて、ヴェヌーのリスが待つ家に戻ってきた。海風に当たり帆を操作して、お腹はすっかりペコペコ。二階のバルコニーの夏用のテーブルには、夕飯の準備が既にしてあった。キーンと冷やした白ワインで夏トマトのサラダを軽く食して、次に出てきたのはカイとリスの島の友人が作るヴェヌー・ラムとヴェヌー・ポテトのオーブン焼き。いつもは重く感じる肉の塊でも、今日は調度いい。夕焼けにはまだ早く鳥もさえずっている。こんなヴェヌーの夏なら、もっとずっと続いていて欲しい。
ラムオーブン焼き、ヴェヌー風味 / Venø Lammekølle i ovn
材料
ヴェヌー・ラム肉
ガーリック 1 かけ
たまねぎ 1個
にんじん 1個
黒オリーブ 250g
ケッパー 大さじ 3
塩・コショウ 味付け用の赤ワイン
オリーブオイル
■作り方1. ラム肉に、2-3個に切ったガーリックを埋め込み、塩コショウとワインを振り、肉用の糸でしっかり縛る。
2. にんじんを棒状に、たまねぎを月型に切り、オリーブオイルであえて、塩コショウをする。
3. 200度にセットしたオーブンで1時間5分焼く。焼き上がりから20分待ってから、スライスすること。
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A Year in Venø
ヴェヌー島の人たちは、先端技術を上手に利用しながら自然に触れる生活をしています。 季節の変化に繊細に対応し、春の訪れや秋の実りに感謝しなが…
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