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デンマークに住む方法

私がデンマークに住み着いたわけ 
(本稿は以前オンラインメディアに投稿したものの閉鎖に伴い
記事を移動させたものです)
2019.3.4

「デンマークに住みたいと思っています。デンマークって幸せの国で、社会保障が整っていて医療費が無料な国で、とても素晴らしいと思います。どうしたらデンマークに住めますか?」学生から3-40代の夫婦家族まで、そんな問い合わせを幅広い年代の人から受ける。そして私ばかりでなく、同じような問い合わせを受けたことのある在デンマークの日本人は意外と多い。

1日の労働時間7.5時間、週の労働時間は37.5時間。仕事をしつつも趣味を満喫し、ワークライフバランスも良好で、年間通して6週間の休暇を消化する。医療は無料で、教育も無料、介護も国の負担だ。そんなデンマークは、彼らには苦しみも悲しみもない桃源郷のように見えるのだろうか。

だが、在デンマークの日本人の反応は一般的に手厳しい。「デンマークに来れば幸せになれるとでも思っているわけ?今の移民政策がいかに厳しいか、永住権の取得がいかに難しいか知っているのかなと、お節介オバちゃんは心配になるわけ!」と口角泡を飛ばして語ってくれる知り合いも多い。デンマークにおいて働かないという選択肢はほぼないから、結婚して専業主婦になる選択ができるのはほんの一握りだし、子育て休暇も1年のみで仕事復帰が求められる。そもそも職探しは非常に難しいし、外国人にとって、さらにEU圏外から来ているアジア人にとってはさらに厳しい。ちょっと気になるから病院に行っておこうという思いつき的な受診の機会はデンマークではほとんどない。幼稚教育現場では、子供の自主性に任せられ、先生はコーヒを片手に子供たちを見ているだけ。日本で教育を受けてきた人には衝撃的な光景だ。冬は寒いのは我慢できるとしても暗い日々が続く冬にうつになる人は多い。そして、何よりも税金が高く、25%の消費税で生活費で収入はほとんど消える。え?貯金なんてありません。

私の周りの日本人を見てみると多くの人たちが結婚をきっかけにデンマーク在住を決めている。たまたま仕事で出会った相手がデンマーク人だった、留学先や旅行先でデンマーク人と出会った。どこで一緒に生活をするかと考えた結果デンマークにした、というケースだ。若気の至りでなんとなく決めちゃえる時期だからこそ、彼氏彼女がデンマーク人だし、デンマークに住むのでいいか、となんとなく選んだ人も多いんじゃないだろうか。男女比で見ると、日本人女性とデンマーク人男性のカップルが多いが、逆がないわけではない。おそらくデンマーク人女性は男女ともに働く社会に慣れているから気にしてないだろうが、稼げない日本人男性は「男たるもの...っ」と考えてしまって辛いんだと言われたことがある。

今の所は少数だけれども、デンマークで仕事をしたい、デンマーク社会が大好きだ、デンマークで生活をしたいと言って、デンマークに居つく人たちもいる。特に欧州に身寄りがあるわけではないけれども自分のスキルが活きる場所はここだと、決心して生活の基盤を整えようとする人たちだ。限られた交友関係であるが、私の周りには、アーティストや音楽家、専門家がこのタイプに多い。また、デンマークの社会民主主義のイデオロギーに賛同して移住を決めた人もいる。

かくいう私は、研究のために2年間の滞在のつもりでデンマークに来た。日本で始めた博士課程を終了させられる可能性があったからというのが第一の理由だ。私の博士過程の指導教官は、北欧を中心に実践されているインタラクションデザインの開発手法、「参加型デザイン」を使ったITシステムやソフトウェア開発手法に注目していた。自分としても、今後重要性が高まるであろう社会におけるITを、人が中心に考えられる社会で考えるのは非常に興味深い。何よりも博士課程を終了させたかったし、しかも給料をいただきつつ博士が取得できるという環境が魅力的に思えた。実際に、デンマークのITシステムのデザイン手法は、非常に先進的なマインドセットかつ実践的なメソッドであり、現在の私の研究のルーツはそこにあるから、必ずしも失敗の選択ではなかった。ただ、箱を開けてみると、2年間では終わらせることはできなかったし、色々と複雑で社会に慣れるのに苦労したことも多かった。この話は長くなるのと、別の機会に語っているのでそちらを参考いただきたいと思う(37.5歳のいま思う、生き方、働き方)。

私の場合は、明らかに2つの意味で「若気の至り」である。2年ぐらいどうにかなるだろうと、デンマークのことをほぼ何も知らずにデンマークでの博士課程継続を決めてしまった。デンマークの大学で研究をするというのはどういうことか、その後苦労する北欧での北欧での研究者とのネットワーク作りのことも、そしてデンマーク社会や高福祉高負担のことも何も知らずに、米国での海外在住経験が全ての海外に通じるかのように錯覚してしまっていた。実際、「欧米」と一括りに言われても、欧州と米国は、社会構造、産業構造、人のマインドセットなどあらゆるところで異なる。米国人のリロケーションサポートをしている友人曰く、米国人はデンマークで孤独に陥ったり社会生活で悩むことが多いという。アウトゴーイングな米国人でもデンマーク人に受け入られることは難しいのだろう。この例は15年デンマークに住んだ私には自分ごとに感じられる。どんな過去の経験を持っていたとしても、新しい社会文化環境に合わせて、自分をある程度ローカライズすることは不可欠だ。

帰ろうと思ったらいつでも帰れると考えたことも、「若気の至り」である。研究や仕事で鳴かず飛ばずの時に第一子を妊娠出産し、4年後に2子を出産した。それなりに充実した仕事をしながら子育てをしている今、仕事を続けつつ家族との生活を充実させたいと考えると、デンマークは外国人としての苦労を考えても、過ごしやすい国であることを認めないわけにはいかない。まだ、日本に帰ることも考えているけれども、子供が成人するあと10年ぐらいは、やはりデンマークに住むのだろうなというのがここ数年考えることでもある。

デンマークは不思議な国だ。平等連帯が重要な社会価値と言われるけれども、自律する個人が共存している。社会主義的な社会の枠組みの中で、人々は自由を謳歌している。在住者の私にとって、手放しに賛美できず、かと言って嫌いなわけではないこの国は、一般的に見てもほかのどこの国とも同じく良い点も悪い点もある。一般的なデンマーク人にとっては幸せな国だろうなと思えるものの、アル中や麻薬中毒者や早期退職者(20代で年金生活を始める。多くの場合精神疾患が理由だ)が社会問題化している悩める国でもある。血のつながりや学友がいない外国人にとっては、人的ネットワークがないために、生活・仕事の面で不公平なことも多いと感じる。ただ、そんなことは、大なり小なりどこの社会でもあることだ。

私にとってデンマークは、我が道を行く辺境国家である。米国や中国にはなれないけれども、ブルーオーシャン戦略ボーングローバル(*1)を目指す。独自の価値観を作り上げ、ナンバーワンではなく、オンリーワンを目指す国とも言えるだろうか。15年間住んだ結果見えてきたのは、それらは幸せに生きるための鍵であり、仕組みとしてデンマーク社会のあちらこちらに埋め込まれているということ。そしてそれは、縮小する日本だからこそ参考になることであり、また応用可能だということだ。折に触れて、デンマークの辺境ぶり、「幸せな国」の理由、無意識のうちにインストールされている「幸せの処方箋」を、身近な話題から紹介していきたいと思う。

ちなみに、デンマークに住む方法はいくらでもある。学生、オペア、結婚、就職、派遣...。ただ、デンマークで必要とされるスキルがないと、夢の国は受け入れてくれない。そもそもその夢の国の価値観は、自分の価値観と合致するのかの見極めは必要だ。本当にデンマークに住みたいんですか?と念を押して伺いたいが、デンマークに住みたい(そして幸せになりたい)と本気で考えるのであれば、アドバイスとしては、戦略的、長期的に自分の価値を磨くことをオススメしたい。

*1 中小規模ながら海外市場を事業当初から目指す企業のこと。北欧は国内市場が小さいため、最初から海外を見据えニッチ産業で世界市場を狙う企業戦略を立てる企業が多い。一般的には、数年以内に海外展開を狙うスタートアップ企業と定義される。


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