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情報発信と外国人住民

今日のオンラインセミナー。コロナ禍で、外国人住民の方がどのような状況にあるか、というテーマだった。現場で支援されている方や当事者の生の声はとても勉強になった。

いろいろなお話があった中で、「必要な情報が外国人住民に届いていない。多言語にすればいいってものではない」というお話、自分の研究テーマにも関連して、とても興味深かった。最近は多文化共生の活動も進んで、様々な情報が多言語化され、発信されているけれど、多くの外国人住民の方は、「必要な情報が充分に届いていない」と感じているというのだ。

なぜ、こうしたギャップが生まれてしまうのだろう。1つには、制度や仕組みそのものの難しさ。今回のコロナウィルス対応の支援策は、日本人にもよくわからないぐらい、ややこしい。2つ目は、情報の多さ。あまりにもたくさんの情報が発信されていて、どれをみれば、全ての情報を見れているのか、どれが正しい情報なのかわからないという。情報発信が少なければ問題だし、多くても問題。どうすればいいのだ、と発信する側からすれば悩ましい話だ。そして3つ目はスピード。翻訳の問題もあるので仕方ない部分もあるのだが、知りたいときに情報がないというのだ。

フロアからの質問で、外国人住民にとって、ピクトグラムはどうでしょう?というのがあった。そこで話題となったのが、画像のピクトグラム。「新しい生活様式」を表すものだが、下の日本語併記が本来のもの。日本語が読めない外国人住民にわかるのだろうか…という議論だった。実際、日常のピクトグラムも、日本人なら理解できても、文化や社会が違う外国人からすると全然違う意味にとってしまうものも多いらしい。

受け取る側のことを考えての情報発信は本当に難しい。情報に対する不満は、特にこうした緊急時には、日本に対する不信感にもつながるとのこと、結構、深刻な問題かもしれない。

にしても、最近はオンラインになったお陰で、いろいろなセミナーに参加できるようになった。行くには時間がないけれど、オンラインなら参加しちゃおっかなと。顔出ししなくていいパターンも多いので気軽だ。これもあたふたしちゃう理由だろうなあ。