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幸い(さきはひ) 第十章 ⑧

第十章 第八話

 南山は信じられない顔で西野の顔を見る。

 その顔には、驚き、怒り、悲しみ、一言で言い表せない複雑な感情が入り乱れていた。

「それはほんとうなのか」

「はい。北川の日記、研究室に残された書類にすべての計画が記されていました。

 北川は娘から採った血を改良。破傷風に効く予防薬だと偽り、知り合いの薬売りに法外な値で売っていたようです」

 身近にあり死ぬ病と言われていた破傷風の薬は、誰もがのどから手が出るほど欲しがった。

「北川自身、帝国大学で研究していたという実績もあるため、薬に対する信ぴょう性も多少なりともあったのでしょう。

 だから薬売りも買った。

 そして、そんな値段の薬を買って儲けを出すためには、仕入れ値以上の価格で売らないといけません。

 おのずと売る相手は相応の金を持っている上流階級の人間になる」

 西野の言葉はそこで止まる。

 いや実際は続いていたのかも知れない。

 しかし、南山はそれより早く西野が言わんとしていることを理解した。

 頭に一つのおぞましい仮説が立てられる。

 桜病が最初に確認された患者は華族の人間だった。

 それを発端にして桜病は貴族階級を中心に広まった。

 桜病は深刻な病であったが、接触感染だったため、関わりの薄い大衆にまでは拡がらなかった。

 ほとんど富裕層にのみに蔓延したといってもいい。

 それはまるで狙ったかのように。 


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