幸い(さきはひ) 第五章 ⑥
第五章 第六話
中路はその後もこまめに南山家を訪れ、熱心に桐秋の診療を行ってくれた。
桐秋の診療にあたって、中路は忙しい間をぬって桜病について、詳しく調べたらしい。
中路が医者になった時には、桜病は終息していて、桐秋に会うまでは、中路の自身、桜病と関わったことがなかったらしい。
上条からの丁寧な引き継ぎはもちろん、桐秋の父親である南山にも直接話を聞いていた。
夜、母屋に千鶴が寄った際、思いがけなく中路と出くわすと、桜病や桐秋について、多忙な南山から時間をとってもらい、話を聞いていたのだと教えてくれた。
南山は、桜病の第一人者であり、桐秋の父親だ。何かと聞くには適任だろう。
南山は医者として、父親として、桜病及び桐秋のことについて中路に真摯に丁寧に話してくれたという。
しかし、桜病については今は桐秋の方が知っているのではないかと話す。
現在、この国で桜病について、現在進行形で研究しているのは桐秋だけだといってもいい。
が、中路は桐秋に体調のことは尋ねても、桜病についての見解は求めない。
きっとそれは、桐秋の医者としての矜持を慮ってものだ。
研究者が研究対象の病気になる。それはあまりきもちの良いものではないだろう。
そして、その研究の最先端をいく、桐秋自身が治療法を解明できていない。
ならば中路は、桐秋に研究を続けてもらえるようにと現状を最善に保つ方法を考える。
それが、中路の桐秋の医師としての仕事。
彼はとことん、患者の気持ちを汲み取る天才なのだ。
そして、千鶴にも積極的に意見を求めてくれる。千鶴も看護婦として充足感を得る日々だった。
桐秋もどこか憮然とした表情をしているが、己のためと分かっているのだろう。
中路と千鶴の提案した治療法を受け入れてくれていた。
*
そうして幾週が過ぎた日の金曜日、千鶴と中路は桐秋の診療が終わると二人、洋間に入る。
毎週末、開かれる桐秋の治療に関する話し合いだ。
現状、桐秋は経過もよいため、引き続き今の治療を継続していくことが決まった。
そしていつも、その話し合いがひと段落すると、少しだけ私的なことを話す時間があった。
その日は、中路が何でもないことを言うようにつと言葉をもらした。