見出し画像

二度と会いたくない看護師

昨年末、5回目のコロナワクチンを打ってもらうため、近所に開業したばかりのクリニックを初めて訪れた。

医師の問診が終わり、指示された小部屋に入ると、中に二人の看護師がいた。ひとりは左側の机の前に座り、もうひとりは扉の正面に立っている。受診者用の丸椅子は机の横にある。私は座っている人が注射を打つものと思い、左側に向けて、左腕の服の袖をまくり始めた。

すると、立っている看護師が言った。
「左腕にするなら、扉のほうを向いてください」
「え?」
扉は私の背中側だ。なぜ、うしろを向かないといけないのか? 
戸惑う私に、看護師が繰り返す。
「左腕にするなら扉のほうを向かないと」
だからぁ、なんで?
「(私が)こっちで注射するので、腕をこっちに向けてくれないと」
えっ、打つ人はあなただったの?
私は慌てて丸椅子を180度回転させた。

引き続きセーターの袖をまくっていると、その看護師が言った。
「肩をおろしてください」
「え?」
肩をおろす? 肩を下に下げるってこと? でも、なぜ?
「肩をおろしてください」
不機嫌そうに繰り返す看護師。私の戸惑いは増すばかりだ。
「(だから)注射は肩にするから……」
ああ、そうか、服をおろして肩を出せ、ということらしい。
今までのワクチン接種のときは、長袖じゃなかったから、こんな問答はなかったんだ。いや、そもそも、今までの看護師さんたちなら、もっと優しく接してくれたはずだが。

無愛想な看護師に注射されたあと、部屋の前で待機していると、ひとりのおじいさんが部屋に入っていった。そして、しばらくしてあの看護師の声が聞こえてきた。
「着替えて奥の部屋で休んでいってください」
おじいさんがポカンとしていたのだろう。
「着替えて奥の部屋に」
同じことばを繰り返す看護師に、おじいさんが尋ねた。
「着替える?」
「だから、寒いといけないから上着を着て……」
「なんだ、(着替えるというから)また服を脱ぐのかと思った」
おじいさんがハハハと笑った。

そうなのだ。この看護師は自分のことばになぜだか自信を持っていて、それを理解しない人のほうがおかしいと思っているのだ。私はおじいさんの笑い声を聞きながら、胸がすく思いがした。

看護師に必要な要素は「看護技術」「優しさ」「笑顔」などだと思っていたが、それよりも重要なのは「想像力」かもしれない。相手の気持ちを察する力だ。それは看護師である前に人として大切なことのような気もするのだが……。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?