朝ドラ批評家の『虎に翼』考 第18週 関東大震災から101年目で考える「差別」。映画『福田村事件』と五輪柔道決勝を引いて
こんにちは、朝ドラ批評家の半澤です。最近とてもうれしいニュースがありました。次クール、2024年の9月からのBS朝ドラ再放送に『カーネーション』が決定ですって。『虎に翼』のナレーション、尾野真千子さんがヒロイン糸子を演じた傑作朝ドラ。このタイミングで見られるはちょっとサプライズ。今年の大河『光る君へ』の第一話で斬られた国仲涼子が4月からの昼再放送『ちゅらさん』で復活(転生?)するなど、最近の朝ドラ再放送トレンドは「ちょいズラし」でしょうか。まさに絶妙のセレクトとタイミング、朝ドラファン的にはたまりませんね!
興奮してすいません。ここでは『虎に翼』を語っています。ということで、まずは第18週の振り返りといきましょう。
美佐江事件ではなくまさかの朝鮮人の放火事件
新潟県で判事として務める寅子(伊藤沙莉)は、朝鮮人の金顕洙(許秀哲)の放火事件の裁判を担当することに。顕洙は借金返済のためにスマートボール場を経営していましたが、火災が発生し、火災保険が契約された直後ということで逮捕されます。しかし彼は無実を主張し続け、寅子は裁判での証拠となる手紙の翻訳に疑問を抱きます。そこで朝鮮出身の学友、崔香淑(ハ・ヨンス)を新潟に招き、手紙の翻訳をお願いします。香淑は翻訳の誤りを指摘し、裁判の末に顕洙は無罪に。
寅子は、裁判官入倉始(岡部ひろき)と航一(岡田将生)に対して、差別の問題に向き合う重要性をを説きます。そして、その後、ライトハウスで集った一同を前に航一が自身の戦争中の経験を語り始めて……。美佐江(片岡凜)
美佐江(片岡凜)が絡む事件を向こうにやって、朝鮮人(ここでは、ドラマに則りこのように表現します)が疑われた事件を扱い、再び朝鮮人差別の問題を言及するとはとは驚きました。と、同時にこのドラマのメッセージ性も改めて浮き彫りになったように感じます。星航一の告白も胸を打ったし、戦前、戦中の外交、戦争の考え方なども一言ありますが、今回は朝鮮人への差別について考えたいと思います。
今、考える関東大震災時虐殺と日本人
第18週を見て、まず思ったのが関東大震災でした。
1923年、なので今から101年前、関東大震災が起こった際に、多くの朝鮮人が虐殺されてしまったという事実が『虎に翼』でも語られ、また差別という問題も改めてテーマとして取り沙汰されました。
多くの朝鮮人や中国人が日本の軍隊や警察、自警団などにより虐殺されたというあまりにも惨たらしい事実が背景にあります。この事実を初めて知ったという人も少なくないでしょう。僕はたまたまラジオで紹介されていたこの本、『九月、東京の路上で 1923年関東大震災 ジェノサイドの残響』を以前、手にとっており初見ではなかったのですが、初めて知ったときは目を疑いました。
でも多くの人に周知されていないのには、残念ながら以下のような要因もあります。
簡単にいうと日本が事実として認めてないのですね。よって教科書に載らない。そんなことあるか、ふざけんなという感じ。
ここでは国会で論じられた国会質問の内容を元にその実情を見てみます。最初に述べておきますが僕は政治や宗教、ならびに特定の誰かを応援、非難するつもりはありません。事実を踏まえ、ドラマとともに論を展開するのが目標ですので、そのあたりをご承知いただければ幸いです。
以下は衆議院HP質問本文情報 平成二十九年十一月二日提出質問第九号「関東大震災における朝鮮人虐殺に関する質問主意書」(提出者 初鹿明博氏)から。当初は一部引用しようと思ったのですが、これは勝手に割愛するものではないと思い、回答文まで含め全て引用させていただきます。長文ですがぜひ読んでいただきたいです。
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関東大震災という緊急時下、あってはならないことが起こってしまった、これに対して日本政府が「お答えすることは困難である」としている。
そして残念ながら「今ココ」がずっと続いています。この引用は少し古いですが最近のニュースでも日本政府が「認めていない」ことがクローズアップされていました。うーんという気持ちになりますね。
『福田村事件』が克明に描いた当時、そして今の問題
では、この「うーん」を言語化するべく、ここからは朝鮮人虐殺と同時に起こった別の事件に踏み込んだ映画『福田村事件』(森達也監督)について触れます。関東大震災から100年の昨年に公開され話題となりました。
まずあらすじ
関東大震災直後、社会が混乱し、朝鮮人へのデマや噂が広がる。そんな最中、千葉県福田村には薬売りの行商として香川県からやって来た一行がいました。彼らは「朝鮮人が暴動を起こしている」とのデマが広まる中で、朝鮮人と誤認されます。村民たちは疑念と恐怖心から、彼らを攻撃し、最終的に行商人9名が命を奪われるという悲劇が起こり……。
すいません、あらすじっぽく「……。」としましたが、マジでこの映画この結論が全てです。スゴイ作品でした。
映画を見ていただければわかるのですが差別された朝鮮人と「間違えられて襲撃された人々」もまた「差別」されていたという事実があり、これもこの作品のキモです。
香川の被差別部落出身から千葉に行商に出てきて、薬売りとして生計を立て、旅芸人のようにみんなで土地土地を巡る一行が描かれます。永山瑛太演じるリーダーは朝鮮人と疑われ殺される直前にこのように叫ぶ。
「朝鮮人なら殺してもええんか?」
この言葉が、この映画のメッセージだったように僕は見ました。差別された続けたものが叫ぶ言葉であり、当時だけでなく今の世にも響く言葉です。このようにまとめるのも本当おこがましいですが。切にそのように感じました。
映画のなかでは現役を離れた軍人からなる在郷軍人会や当時の社会主義者の姿も描かれ、ムラ社会の歪さや軍国主義下の日本の抱える焦燥感が描かれるなど、時代そのものも描かれていました。
それは、つまり1905年、明治38年に日露戦争に勝利、それから20年も経っていない日本という国が見事に投影されているとも言い換えられます。
また、大震災時は朝鮮人を見つけるために「15円50銭」と声に出していわせることで、判別したという、もう、なんとも切ない事実も活写していました。
朝鮮半島の人は日本語の濁音が発音しにくいためだそうです。この記事を書いている最中、聴覚障害者の方もこれを理由に虐殺されたとの記事も読みました。その話も含めもう、本当にいたたまれないですし、この続きをどう書いたらいいかわかりません。
今も続く人を嫌いになる力、それに屈しない寅子
話を『虎に翼』に戻します。寅子が今、生きているのは1952年、昭和27年。関東大震災から30年近く経った時代です。30年も経った、なのか、30年も経っていないなのか。前述の日露戦争からは50年程。
この間に日本は太平洋戦争を経験し、寅子は優三(中野太賀)ら身内を亡くしたほか、辛い思いもたくさんしてきました。
前述の「朝鮮人虐殺」問題や「朝鮮人差別」の原因、また、なぜ日本人がそのような行動をとってしまったのかは、たくさん他の方が語っているし私も勉強不足なので、細かく書けません。
なので、ここで寅子目線に落とすと、彼女が入倉に対して差別はよくないと真っ向から正論を言ったのにはグッときました。と、同時に『虎に翼』が「アンチ差別」というテーマを通奏低音として流していることに感じ入りました。
でも、これってめちゃくちゃ論じるのが難しい問題だよなあ。今、noteで勝手に書いている僕ですら、この問題は気を使いながら、少し怖気付きながら、切ない気持ちに潰されそうになりながら書いているのです。でも、『虎に翼』ではピシャっと女性にしても人種にしても、他の差別もダメということ、そしてそれが起こり得るということを丁寧に述べている。なんてスゴい仕事でしょう。
今こそ差別の時代という認識が僕らには必要
こんなことをいうのは、僕が最近、風邪を引いて1日寝込んだことも影響しています。ピンポイントで2024年8月3日の土曜日。地元の友人と会う約束をしていて楽しみにしていたのに朝起きたら38℃超えの熱があり、泣く泣く辞退。夕方からなんとか回復もまだ熱があるため、寝たり起きたりを繰り返しながらパリオリンピックを見ていました。
偶然この日は、今後も語られるだろう名勝負「柔道混合団体戦」の日で、2回戦からずっと見入ってしまい、一度寝て、決勝に備えるほど気持ちが入っていました。試合の結果はご存知の通り決勝で五輪開催国フランスとの激戦の末、「疑惑のルーレット」(名探偵コナンの劇場版タイトルみたい!)など派手なエピソードもあり、日本が敗北、銀メダルという結果に。
熱にうなされながらテレビにかぶりついた僕ですら熱狂したのですから、関係者や柔道ファン、選手の方々はどれほどの思いだったでしょう。
ただ、この日の「X」を見て僕は驚きました。「フランス嫌い」という言葉がトレンド入りしていたのです。
フランスといえば、日本人が好きな国、憧れの国でもかなり上位な印象(当社比)。そして、「嫌い」ってよっぽどじゃないと言わない言葉(当社比)。確かにあの柔道の決勝を見ると思うところはあるのだけど、「嫌い」と口に出す、しかもそれを全世界に発信、それがトレンドになるほどの数が出るということに驚きました。いや、驚いたというか改めて気付かされたのかもしれません。
気づいたのはSNSの恐ろしさであり、五輪の各競技場で「おっ」と思ったフランス国民(柔道でもフェンシングでも合唱してた)の歓声、ブーイングから感じたような大衆の力、そして僕らが人を「嫌い」になってしまう力です。
もちろん人を「好き」にもなれるんだけど、「嫌い」になったときのエンジンのふかしかた、また後ろ盾がある(つまりSNS上や観衆がいる)ときの人とはなんと脆いものか、簡単なものか。怖いものか。
僕はサッカーが好きで、欧州サッカーを一生懸命見ているのですが最近もアジア出身選手への差別がニュースになり心を傷めました。欧米ではいまだにアジア差別も多いそうで、これはアジア側にはそれほど認知されていません。
サッカーだけでなくスポーツ、文化、経済の発展、グローバリズム化のためにはなんとか是正していかないといかない問題であり、割と根源的な課題ではないでしょうか。が、あまり目を向けられないのは「差別」がかなり難しい問題だからだとお思います。寅子が投げかけている問いや言葉を、私たちはどう受け止めれば良いか。そんなことを最近考えていました。
iPhoneもドローンも、Chat GPTも進化しているのに僕らは人同士で、こんなことをやり合わないといけないのかね。と、切なくなった次第です。『虎に翼』を遠く離れてしまいましたが、いやいや、この作品のおかげでここまで考えさせていただいている。たぶん、そういうことを言っている作品だなと今。
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