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公務員の世界

 公官庁で働く者にとってその場所は、公務員のためにあると言った人がいた。
 現在、公務員の世界には、アルバイト、嘱託職員、任期付職員などと呼ばれる臨時職員の存在が欠かせない。多くは一年ないし三年、長くて五年…という雇用期間の定めがあるが、その契約を終了した後も、一定期間を経て…又は、再度の受験を経て、再び採用される人がいる。そうすると、いくら新たに募集の枠があっても、当然のことながら、新しい人間が採用されることはない。公平と呼ばれる試験を経ても同じことである。
では、毎回同じ人が採用されるのは何故か?
 ひとつに、その人物が仕事の出来る人間だというのが挙げられる。経験している業務で慣れているばかりか、仕事が出来てその分野に精通しているとあらば、即戦力となる為、新たに新人を採用して一から教育する手間は省かれる。
 かといって、仕事が出来れば良いというものではない。臨時職員でありながら、正規職員と対等に渡り合おうとする者では、決していけない。対等に渡り合う…。実際、業務の面では対等に渡り合うことが求められる場合は多くある。正規と同じように働く…また、それ以上を求められることがないこともない。
 しかし、決して渡り合ってはいけないところがあるのも、臨時職員の宿命である。決して渡り合ってはいけないところ…それは、働く者としての姿勢である。一般的に言えば、臨時は臨時であり、正規に勝るものではない。依って、正規に意見することはタブーと言える。相手がいかに自分より経験不足の若輩であろうと、口だけ達者で権威を振り翳す無能者であっても、仕事中に居眠りして何をする為に出勤しているのかわからない者であっても…だ。正規は正規であり、臨時は臨時という時点で、正規の上に臨時が立つことはないのである。
 それを理解した上で職務を全う出来る者は、契約終了を惜しまれ、再び呼び戻されたり、退職前に再雇用の確約を得る。すべての公官庁がそうだとは限らないし、あくまで可能性であるが、そういったシステムを理解していなくても、経験者なら腑に落ちる点があることに気付くのではないだろうか。つまり、正規の公務員に気に入られ、仕事も出来れば、公官庁に於いて臨時職員としての再雇用を得られる可能性は充分に高まるのである。
 何処の世界でも、優秀な人材を手元に置きたいと考えるのは、普通であると言える。上司を敬い、その手足となって従順に働く部下は可愛いに違いない。その業界が、経験主義であるか実力主義であるか、はたまた年功序列が最優先かは多種多様であろうが…。
 しかし公務の世界では、『公務員が、いかに楽できるか…』ということが最優先とされるらしい。ある人の言葉だが、これには実は続きある。
「本当に相手のことを考えれば、いつまでも臨時という形で引き留めずに、もっとちゃんとしたところで活躍できるよう、送り出す筈だ」
一理ある。ものは考えようだ。
 そしてその人はこうも言った。
「公務員は何をしても大抵のことでは守られる。私達臨時はいつ切られるかわからない。何かあったとすれば尚更だ。公務員は公務員を守るためには動くが、私達に何かあっても助けてはくれない」
 また別のある人はこう言った。
「正規職員は、公務員になる為にものすごい努力をしたのかも知れない。そのチャンスがある時に、公務員になる!という選択をしなかったのは自分の責任。その世界に沿えないのであれば、自分が去るしかない」
彼女は臨時職員として契約更新を繰り返す理由を「お金が欲しいからだ」と言い切った人だ。
 説得力に満ちた理由である。
 だからと言って、公務の世界で正規職員が臨時職員を偉そうにこき使い、自分は不真面目に遊んでいても守られ、認められるというのであれば、この国の世も末だ。
 私は、公務員の全てに信頼を置けないと言いたいわけではない。しかし市役所で嫌な思いをした時、相手の名札には〝課長〟と書かれてあり、とても丁寧な対応を受けて感心して見れば、名札には〝短期臨時職員〟と書かれていたりする現実が身近には存在する。ある意味、職員教育が出来ているということなのかも知れないが、国民は一体誰のために税金を払っているのかわからない。
 嘗て東日本大震災の時、住民を守り、避難させる為に殉職した公務員たちがいた。勤務中であろうが退屈そうに欠伸をし、受付ではうたた寝し、対応を求めれば横柄な態度で住民を激怒させる…日中は私語に夢中で、時間外勤務になった途端、残業手当目的に張り切って仕事を始める…。そんな公務員を見る度、緊急時に職務を全うし、住民の為に命を投げ出すことを厭わない正規職員がどれだけいるのだろうと思う。
 又、正規の公務員に於いても、採用される人のタイプに一定種の傾向があるようで、幾つかの市町村で受験し、幾つも採用通知を得た…と言う話を聞くのは稀ではない。所謂『公務員気質』というものが存在するようだ。求められる人材が同じということなのかも知れないが、そんなおいしい経験をしたことがない身にとっては、何とも羨ましい話である。
 しかし実際、『さすが公務員!ものすごい倍率の中、難しい試験を突破しただけある!』と感心されられるような職員に、現場で巡り会うことが困難であるという現状を思えば、その試験って本当に正当なのかと疑ってしまう。正当でなければ、試験の方法が間違っているのではないのか???
 公務員って一体何なんだろう。
「疑問を持つこと自体、間違っている」…そんな風に言う人が出て来そうでもあるが、やはりこの国はもう終わりなんではないかと思う。

 

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