嫁という存在⑧

 私に弟と妹が居ることは既に書いたが、我が家でまともに結婚しているのは弟だけである。依って、私や母、そして妹にとって〝お嫁さん〟と呼ぶに値する人物が一人は居ることになる。
 妹は家を出ているが、小姑の私がいつまでも実家に居座っていることもあり、現状から考えると、我が家の嫁姑が同居することは今の段階では考えにくい。現状だと、親の介護問題は弟夫婦ではなく、私に降りかかってくることになりそうでもある。漠然としているだけで、実際そういった状況が訪れた時にどうなるかは想像も付かないが、個人的にもある程度覚悟は持っているつもりだ。
 では万が一、私が家を出ることになり、弟夫婦が我が両親と同居することになったとしたら、私は母のように実家に帰り辛くなり、嫁の言葉や一挙一動に神経を擦り減らすようになるのだろうか…。
 先ず有り得ないというのが答えである。
 弟の嫁であるEちゃんは、妹と同い年で、二人はとても仲が良い。性格はちょっとした天然であるが、彼女自身、我が家同様両親が不仲で、それなりに苦労してきたという背景があり、実はしっかり者だという話だ(弟及び彼女の母の談)。
 仕事が忙しい人なので、滅多に我が家を訪れることはないが、来れば大量に土産物を抱えて来るし、滅多に来られない事を必ず詫びる。肌が弱くてすぐに荒らす上、母も私も動き回っているので、家に来たところで炊事などを手伝うことはないが、それに対してもいつも謝っている腰の低い人でもある。
 また、母の日や誕生日には贈り物を欠かさないマメさを持っている。父のイベントには何もないので、彼女にとって舅の存在は薄いのであろう。若しくは本来の天然っぷりが発揮されているだけなのかも知れないが、その辺を我が家では誰も(恐らく父本人も)気にしないので、特に問題はない。
 彼女は母を「お義母さん」と慕い、母も彼女を〝可愛いお嫁さん〟だと思っている。私は殆ど関わりが無いが、妹同様、彼女を〝良い子〟だと感じている時点で、今のところ我が家の嫁姑問題に荒波が立つ気配はない。Eちゃんはちゃんと挨拶もするし、口も利く子だ。
 うちの母は、自分自身が姑で苦労したことはない。私にとって父方の祖母である父の母は、父が学生の時に亡くなっている。では舅で苦労したかと言えば、こちらも同じく父の学生時代に亡くなっているので、会ったことすらない。
 父の身内と言えば、年の離れた二人の姉と実家を継いだ兄、そしてそれらの家族だけであり、滅多に会わないその人達をひっくるめて、母にとっては皆〝良い人〟なのだという。母にとって父の身内で厄介なのは、父本人だけだというのが本人の言い分であり、その子どもとしては何とも残念な話ではあるのだが…。
 では自分の一人息子を奪った(?)嫁に対し、母はどう思っているのだろう。どうやら、特にどうも思っていないらしい。
 実家にいつまでも長女である私が暮らしており、話し相手に事欠かないというのもあるのだろうが、母自身が職業婦人で、外に出て行った子どもを気にかけているほど暇ではないということもある。仕事に限らず、家事労働でも走り回っており、自分で産んだ人間の息子よりももっと可愛い、毛むくじゃらで二十キロもある犬の息子の方に手が掛かっているというのが、至近距離の現実なのだ。
 前述したようにEちゃんは誰もが認める〝良い子〟である。
 結婚前の弟自身は横柄な男で、私とは家でしょっちゅうぶつかっていたのだが、どういうわけか結婚後の彼は随分丸くなった。実家に居る時は全くしなかった掃除や水仕事なども手伝っている様子。私にとっては腹立たしいに他ならないが、喧嘩にならなくなったことで心に平安が訪れたのだから、まぁ良しとしよう。
 また、ちょっと笑ってしまうのだが、弟夫婦はちょっと世間の夫婦と違うところがある。どうも未だに、お互いを名字で呼び合っているらしいのだ。二人とも多忙で、一緒に過ごす時間が少ないせいかも知れないが、長かった恋人時代も、どうやら呼び名は名字だった様子。夫婦二人で我が家にやって来ると、ひたすらテレビを観て笑っている弟は殆ど口を開かないので判らないが、母と話し続けるEちゃんが弟のことを説明する際、咄嗟に「B君(名字)」と言うことが少なからずある。
 私は心の中で『あんたもBさんになったんちゃうんかいな』とツッコミを入れ、笑いをかみ殺す。母も少々天然なところがあるので、彼らが帰った後に「EちゃんH(弟)のこと、B君って呼んでたなぁ」と話すのだが、「あぁ…そうやったなぁ(笑)」と微笑むのが常だ。
 結婚しようがしていまいが、交際しているときから何ら変化のないような弟夫婦は微笑ましく、好感が持てる。今後Eちゃんが専業主婦になるかも知れないし、そのうち子どもを持つこともあるかも知れず、いつまでも変わらないものばかりではないのであろうが、それはその時だ。
 将来、私が家を出、代わりに母と弟夫婦が同居することになったとしても、Eちゃんが厚顔な鬼嫁に豹変することはないだろうが、元々他人だった者同士が共に暮らすというのは、奇異を生む可能性をも生むのかも知れぬ。万が一そうなったとしても、大きな顔をして実家に帰るつもりでいる私は、母や祖母のような控えめで殊勝な心など持ち合わせていない。ふたりよりずっと心が頑丈で気が強く、厚顔無恥な小姑だから。

 

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