夜明け前の白い塊

夜明け前。

家の前でタバコを吸っていたら、隣家のドアが一瞬開いて、白い何かを玄関先に勢いよく投げつけるとまた閉まった。

なに、なに、ってびっくりして近寄ってみると、なにか白いものが玄関先の土の上に落ちている。まだ外は暗く、あやしがりて寄りてみても光りたることもない。家に帰って明かりを探しても、手ごろなものがない。懐中電灯も電池が切れていて、電池を換えようと中を開けたらバネとか諸々も飛び出てきて、四苦八苦してる内に夜が明けた。(ちゃんと災害用に準備しておかなければなあ。)

それでゴミを捨てるついでに近寄ってみたらそれはゆで卵だった。

ゆで卵?
半熟卵失敗したとか?あまりに美味しくなかったとか?どういうこと?
こわ。

茶けた雑草の中にぷるぷるとした白い表面が、朝になりきらないくらいのぼんやりとした明るさの中で、つるりと光っていた。

夜に爪を切ってはいけないらしいし、夜中に口笛を吹いてはいけないらしい。
蛇が来たり、おばけが来たり、嵐が来たりするらしい。嵐だったら大野君に来てほしい。2020年が終わったら、嵐としては来てくれないかもしれないけど。

「夜更けに卵をゆでるな」、何ていうことわざもありそうだ。

卵は生命のはじまりだし、朝に収穫するものだし、夜更けに火を扱うのは危なそうだし、由来らしい由来もありそうだ。夜更けに卵をゆでると何が起こるだろう。

「鶏がその朝に卵を産まなくなる。」

これはありそうだ。どこかの農村では未だに伝えられていてもおかしくない。鶏のプライドが許さない。ただ語呂が悪い。語呂を整えるなら、「夜更けに卵をゆでると、鶏がふてくされる」とかか。大意は伝わりにくい。

「夜更けに卵をゆでると親知らずが生える。」

これもいい。産み落とされた卵を親の知らぬ時間にゆでること。何かが産まれる時には必ず親がいる。その親の知らぬ時間にゆでていては、歯医者で親知らずを抜かれることになる。あれは痛い。俺は麻酔が効きづらいらしく、何度も注射を刺された。最近の注射はすごい。針を刺している間、メロディが流れるのだ。俺が行ったところは「星に願いを」だったが、他にもあるらしい。刺される度に「星に願いを」が流れだす。星に願ったところで麻酔は効かない。最終的に太い針の、メロディも何も流れない、いにしえの注射器が出てきてやっと麻酔が効いた。歯茎はあれだけ刺されて大丈夫なのだろうか。治療後、町を歩いていたら近所のおじいさんに遭遇し昼飯を奢られる。味も何もわからない鉄火丼を、麻酔が効きまくった口で不器用に食べた。うまく口を閉じれずぽろぽろと米が落ちたとき、どちらがおじいさんなのかわからなくなった。

閑話休題。

「夜更けに卵をゆでると店長のシフトが増える。」

次生まれる卵を待たずにゆではじめることから。

「夜更けに卵をゆでると後輩が育たない。」
「夜更けに卵をゆでると次のバイトが中々入らない。」
「夜更けに卵をゆでるとやっと入ったバイトも土日に全然入ってくれなくて面接と話が違うじゃんってなる。」
「夜更けに卵をゆでると急に今日来れないって言って代役立てないやつ何?ってなる。」
「夜更けに卵をゆでるとあいつはまだマシだったわ、一応謝ってたし事情もあるだろう、それより何の連絡もなくバックれるやつマジ何?やめますくらい言ってよ。シフトとか組み直さなきゃいけないんだし、来ないなら来ないで来ないという意思を・・・」

店長は夜更けに卵をゆでない方がいい。

しかしあのゆで卵はどうするのだろう。普通に嫌だ。虫が来そうだし。今日は燃えるゴミの日だ。俺が捨てる?いやいやいや。勝手に手出したら何されるかわからない。あんな衝動的に玄関からゆで卵投げつける人が何するかわからない。スペインの祭りならわかるけど。いやあれも生卵だ。思い直して捨ててくれればいいのだけれど。

大体隣の人は大家の息子なのだ。住んでいるアパートは大家さんの家の敷地内に建てられていて、つまり親の目の届くところに息子は住んでいる。そんなところであんなことする?逆に自分の部屋の壁に穴空けるみたいな感覚なのだろうか。たまに窓を開けたままセックスしている声が聞こえてきて、よくこの環境で窓開けたままできるなと関心したものだ。結構大きな喘ぎ声が響いていて、それがどれ程大きいかと言えば、アパートの前の道でカップルが立ち止まって聞き入らざるを得ないくらいの大きさ。(実際あった)だから親にも丸聞こえだと思うのだけれど。一種の性癖?

彼の家の前には赤いコーンが置いてあって、そこには謎のおじさんのイラストが手書きで描かれている。妙にうまい絵。あれは何なのだろう。手馴れた筆致はプロのサインを思わせるが、何で赤いコーンに?隣の部屋には謎が多い。

ゆで卵と赤いコーン、あえぎ声とおじさんのイラスト、これらのピースがひとつに繋がることはあるのだろうか。謎は謎を呼ぶ。(あのイラストどことなく坂東英二に似ていないか?だとしたらさっき投げ込まれたゆで卵の球速は100kmを超えたかもしれない。あれだけ愛したゆで卵と何の決別があったのか。隣に遊びに来ていた坂東英二が愛したゆで卵を投げつけるほどに怒らせるようなことをしたのか。)

とか考えていたら完璧な朝だ。雨も降りそうにない。洗濯をしてから寝ようかしら。夜中にどこかの部屋の洗濯機が動く音がうっすらと聞こえていたが、この朝を見越して回していたのだろうか。今もまたうっすらと聞こえてくる。別の部屋だろうか。夜に洗濯をすると衣服に幽霊がつくという言い伝えもあるらしい。

夜に口笛を吹くと蛇が出るみたいなことを言ってください。
朝にラッパを吹くと空からシータが降ってくる。


大喜利はやめておこう。

ちなみに朝に口笛を吹くと気分がいい。

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