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小サキ者


「山がでっかいなァ。」



ぼくらは毎日散歩する、雨の日も、風の日も。
ぼくと、ポウくん、いつも一緒に歩いた。


リルと一緒に散歩する。
毎日5km、半分走って、半分歩く。
彼女はしばしばトッチラカッてはいれど、ぼくの隣を歩こうと気遣ってくれるようになってきた。


ぼくは遠くを見ている、偉大なお山どもが霜降り模様の蒼くどでかい動物が横たわっているみたいに前方を塞いでいる。
霜降り柄がポウくんのタテガミみたいだ。
いくつかの三角に突き出た頭頂もまるでポウくんの耳みたいに見える。

ここへきてもう4年経つが、こんなに山を見たことがなかった。
ぼくはいつも、ぼくの隣を歩く小山を見ていたから。
スースーと流れる彼の美しい背中の模様を、フカフカ揺れる彼の愛らしい尻を、クルリと動く彼の分厚い茶色の耳を。

ずっとぼくの小山だけ見てればよかった。
気高い神々のように手の届かない山に興味もなかった。


ぼくの小さな神さま。
毎日8km、半分走って歩き、半分座るからリルの2倍の時間を要する。
ぼくは彼のことをよく「チビタくん」と呼んだ。
散歩中に出会ったひとがそれを聞いて、「どう見ても『チビタ』じゃない」と言った。
ぼくと同じ体重のぼくの神さま、ぼくの小さな神さま。
彼のことを思わない日はただの一日もない、ただの一秒もない。
こうしてリルを連れて、あの時と同じ道を歩いて、ぼくは君のことを想う。
ぼくがメソメソすると、リルはぼくの顔面に向かって発射し、己の存在を知らしめる。
そう、失礼なんだ、浮気者なんだ。
けれど、許しておくれ、ぼくはただのニンゲン、君はただのイヌ、でも彼は神さまだから。



彼のことを想わない時はない。
神さまとは、そういうものなんだ。

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