性癖まるわかりテストで答えた通りのヤツ

ぼくの弟は、ぼくに似ていない。

……と、思う。

それは兄弟だから、顔はもしかしたら似ているところもあるのかもしれない。

けど、ぼくの弟は本当に器用で、頭も良くて、テストもぼくが取ったことのない点数ばかり取ってくる。


「またかよ。すごいな」

同じ部屋の、隣の机に帰ってきた弟に声をかける。
そうすると弟は、自慢げにニッと笑って、ぼくの顔を見る。

「えへへ」

ぼくは、それだけで誇らしかった。


ぼくとケイタは小学6年生、弟は小学5年生。


ドンドンドン。


玄関のドアを雑にノックする音。

ぼくの幼馴染のケイタだ。

よく3人で一緒に遊んできた。
この頃ケイタは中学受験を控えているから、遊べない日が増えてきたけれど。

「おーい! 新しいゲーム買ってきたぜー!」

正確には「買ってもらった」だろ、とツッコミたいのをこらえて、玄関に迎えに行く。
弟は要領がいいから、お母さんにお菓子とジュースをねだっている。
パートから帰ってきたばかりなのに、ゆっくりできない、というため息が聞こえてくる。
弟はそんなのお構いなしだ。

「あんたたちの部屋で遊ぶのよ、お母さん刑事ドラマ見たいんだから」

ぼくは、ケイタをぼくたちの部屋に通した。
お母さんは、やれ靴下が臭いだの、また砂で床が汚れるだのとぶーたれて、ソファにゴロンと身体を横たえた。

その日はずっと夢中でそのゲームをしていた。
コントローラーを握っていたのは基本的に弟で、ケイタが少し不満そうな目をしていたのをぼくは見逃さなかった。

帰り、ぼくはケイタを大通りの信号のところまで送っていくことにした。

「今日、ありがとな。楽しかった」
「ああ。……じゃあ、よかったけど」
「弟さ、一度始めると夢中になっちゃって」
「うん」
「ごめんな、ケイタのゲームなのに」
「ううん、それがあいつのいいところだろ」

言い方こそつっけんどんだけれど、ぼくは初めて、ケイタの思慮深さを見た気がした。

「ありがとう」

このありがとうは、慣れないありがとうだと思った。

すると、さっきよりずっと近い距離から、ケイタの声が降ってきた。

「なあ。……」

ケイタがぼくの手を握っている。

「どうしたの?」
「オレ、お前と中学別々になるのかな」

「受験だからさ!」と教室で自慢げだったケイタはどうしてしまったのだろう。

目線が水平よりもずっと下。
そこで、泳ぎ続けている。

「お前はさ、私立受験しないの?」

受験するだけならできるだろう。
でも、うちはケイタの家みたいに、お金がないし、ケイタみたいに頭がいいわけでもない。
お母さんがパートに行って、ようやく暮らしている。
……って、お母さんが言ってた。
点数だって弟のほうがずっといい。

「受けても、受からないし、通えないよ」
「イヤだよ、オレ」

ぼくの手を握った手が、小さく震えている。
ケイタの表情をよく見た。

と、思ったら、ケイタはぼくに乱暴に口付けた。……。

ぼくはケイタを抱きとめた。

ケイタは、わんわん泣いていた。

「さびしい。オレ、オレ、……」

何が起こったんだろう。

でも、ぼくの腕の中でケイタが落ち着いてくれるなら、それもいいかと思った。
ケイタがしゃくりあげるその間じゅう、西から差す日が、ぼくの目を刺し続けていた。
きっとその後ろには、長いぼくらの影が伸びていた。

 * * *


それから2年が過ぎた。

ぼくとケイタは中学2年生、弟は中学1年生。

弟とケイタは同じ学校で、ぼくは公立の中学校にひとりで通っている。
……いや、きちんと自分の学校で自分の友だちをつくることはできているけれど。
弟はなにせ頭がいいから、予備校を使わずに済んだ。
ケイタとすっかり仲良しになって、こないだはうっかり呼び捨てして、先生に、

「”先輩”をつけなさい!」

と怒鳴られてしまったそうだ。


ドンドンドン。

「おーい! 新しいゲーム買ってきたぜー!」

少ししゃがれたケイタの声がした。
今度は新ハードを買ってもらったらしい。
こればかりはぼくも興味があった。

お母さんはまだパートから戻らない。
ラッキー。

ケイタを部屋に通す。
弟は要領がいいので、台所からお菓子とジュースの在り処を見つけていて、きちんと3人分をお盆に載せて部屋に入ってきた。
ケイタが弟に声をかける。

「なあ、お前先やるだろ?」
「ううん。ケイタ先輩、先どうぞ」

弟の声もしゃがれてきた。
ぼくの声ももうすぐ、低いところに落ち着きそうだ。

「学校じゃないんだから、いいじゃん。やめろよ、”先輩”とか」
「”先輩”って、なんかカッコイイじゃないっスか」
「かっこよくねえし!」
「せんぱぁい」
「やめろよ、気色悪いな!!」

ガチャリ。
玄関の開く気配。

「やべっ」
「外まで聞こえてるわよ! もう少し静かに遊びなさい!」
「はぁい」

ケイタは、もう寂しくないのだろうか。
きっとぼくじゃ、弟の頭についていけなくなるから、同じくらい頭のいいケイタがいてくれるのがいいと思う。

制服を着た弟に慣れる頃には、ぼくは今より寂しくなっているのかな。



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