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1月に読・見・聴きしたもの

今年は年始から妙に本が読みたい気分で、暇さえあれば興味を唆られたものを本棚から引っ張り出しては読んでいた。常日頃からWeb記事も音楽も漫画もそれなりに摂取しているし、以前はそこからえた感覚や知識をブログなり日記なりで整理していたものだから、詰め込むだけなのがどうにも気持ち悪い。

人間はどうあっても忘れていく生き物なので、この1ヶ月間で僕が何に興味を惹かれ、何を読み、何を得たのかを残しておこう。多分年末とかに振り返った時にすごく意義を持つんじゃないかな。

小倉ヒラク「発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ」

発酵デザイナー・小倉ヒラクによる初の著書。微生物による発酵を文化人類学的な視点で読み解いたこの本、個人的には文化人類学という位置付けに若干の違和感を覚えつつ、目に見えない隣人である微生物の世界への導入書としては凄くよかったんじゃないだろうか。

お茶の世界の発酵は主に酸化酵素による酸化発酵なので(プーアル茶などの後発酵茶は微生物による発酵)、厳密に言えばFermentationとは違うものの、日本酒やコーヒー、ワイン、チョコレート、味噌など、作物を発酵させて新たな食物を生み出すプロセスに興味があり手に取った。結果その入り口くらいには立たせてもらえたような気がする。

微生物自体はものすごく土着的な存在で、気候や地域によっても違うし、酒蔵の桶ごとにも違っていて、掃除しただけで分布が少し変わるので味も変わる、みたいな話が面白かった。そういう意味ではまあ文化人類学なのかな。

ライツ社「毎日読みたい365日の広告コピー」

弊社CEOに正月休みの課題図書として課されていたコピーライティングの本、というより図鑑。日めくりカレンダーのように365日分のコピーがひたすら羅列されているだけの本。

テキストは書くもののコピーが書けない、というかコピーライティングのコの字も知らない僕からすれば、優れたコピーはただ眺めているだけでも多かれ少なかれ勉強になる。人に気付きを与えるコピーなのか、感情を揺さぶるコピーなのか。恐怖訴求なのか、問いかけているのか。コピーを作る上でざっくりとした指針の定め方がぼんやりと分かったような気がする。

古川裕也「すべての仕事はクリエイティブディレクションである。」

知人のデザイナーの方から教えてもらったこの本。電通のクリエイティブディレクターである著者曰く、「クリエイティブディレクションというぼんやりとした領域を世界で初めて定義した本」とのこと。

なるほど確かにありとあらゆる領域に適用できる総合的な役職「CD」として、何をすべきかが明確に書かれている。前述のコピー図鑑と併せて、スッと自分の中に知識が浸透していく感覚があったのがとてもよかった。

一度このフレームにそってコピーを考えてみた時、ミッションやゴール、ターゲットの設定までは非常にロジカルで悪くないのに、最終系のコピーに落とし込んだ瞬間にクオリティがガタ落ちして自分に幻滅した。

確かにこの本で定義されているのはあくまでCDの仕事であって、クリエイティブアウトプットはその道の専門家の仕事。CDはそのクオリティ管理こそが仕事であると言う。兼務の場合はもう知らん。

外山滋比古「思考の整理学」

前段の2冊を読み、もう少し自分の中で「考え方」の筋道をスッと綺麗に通したいなと思い、本棚にあるこの本を引っ張り出してくる。が、全くハマらず途中で妥協。

30年以上前の本だし、脳内の整理整頓の方法が思ったよりも具体的に書かれているのが尚ハマらない。ノートを取るだのスクラップを集めるだの、現代風に解釈することもできなくはないのだが、どうにも今の時代に即しているとは思えないのと、無意識に実践していることが多すぎて僕には必要なかったように思う。

姜尚美「京都の中華」

2021年1月の白眉はこの「京都の中華」である。

京都という小さな街に連綿と続く中華料理の系譜。芸者が来るからニンニクは使わない、水がいいから油が多くないなど地政的・文化的に独自の発展を遂げてきたローカルな中華料理を紐解く本なのだが、とにかく構成が素晴らしい。

前半では名店を巡りながらその人柄や看板メニューをひたすら紹介し、中盤は京都の歴史を客観的に解説。そして終盤は和食の料理人・村田吉弘を招いての対談で締め括られるのだが、この対談がべらぼうに素晴らしい。

誤解を恐れずに例えるなら、RPGをプレイしながら世界観に惹き込まれ、ラストシーンですべての謎が解き明かされるような、そんな壮大な冒険感がある。それまでぼんやりと輪郭を知覚するにすぎなかった京都という街の正体が、最後の対談によって明瞭に浮かび上がってくるのだ。

歴史・文化・サイズ感など、中華料理を中心にあらゆる角度から京都を見つめるこの良著。前段のクリエイティブ的な領域には「思考の整理学」の失敗で一旦興味が落ち着き、ここから地方とローカル、みたいな部分に興味の矛先が移り始める。

LOCUST vol.3 岐阜県美濃地方特集

この手の本を勝手にインディー本と呼んでいるのだが、LOCUSTというチームが自費で出版している旅行×批評シリーズの第三弾。たまたまSPBSに並んでいるのを見つけ思わず購入。

LOCUSTとは「イナゴ」の意で、群れを成しながら各地域を訪れ、都市と地方の関係、旅と人間の関係を探るという、おもろいインディー本である。

関ヶ原の戦い、壬申の乱、島崎藤村、円空仏など、大都市名古屋からほど近い場所にありながらあまり注目されることの無い岐阜というエリアをこれでもかというほど掘り下げる本書。

複数人が携わる以上、合う文章合わない文章は当然あるのだけれども、個人的にこの旅×批評という領域にはものすごく興味を惹かれる。仕事柄地方都市にはよく行くし、その先々にある固有の文化や歴史や自然を、より正確に捉えるためのアプローチがここには眠っていると思う。

批評については全くの素人なのだが、この本を読んで興味が出てきたところだ。

蕪木祐介「チョコレートの手引き」

仕事のインタビューでチョコ屋さんと話す機会があり、その事前知識として購入。カカオの生態からチョコレートの作り方や歴史、主要産出国ごとの特徴など、入門書に最適な一冊だったように思う。

チョコレートとお茶は、農作物を加工して初めて製品となる点がよく似ていると思う。とはいえ、チョコレートの場合は産出国と製造国と消費国が明確に違う。それはおそらく製造工程の複雑さもそうだし、中世ヨーロッパの貴族の間で栄えたチョコレートの歴史も影響しているだろう。

今やろうとしているメディアはそういった、二つの領域の違いに目を向けながら、最適な接点を見つけるようなものにしたくて、その点このチョコレートのインタビューは予習の甲斐あってか非常に面白い話が聞けた。

装丁のチョコ感も良いし、挿されている写真も美しい。実に楽しく読める良書だった。

1984年、歌舞伎町のディスコを舞台に中高生たちが起こした“幻”のムーブメント── Back To The 80’s 東亜|中村保夫

少し古い記事にはなるのだがTwitterで流れてきて思わず読む手を止められなかった良記事。

1980年代、歌舞伎町に存在していた中高生ばかりが集まるディスコに焦点を当てた記事で、筆者自身の体験も合間って懐古的な雰囲気が加速しているのが尚良い。

よくぞ集めたと思わずにいられない古めかしく褪せた写真の数々。彼らは一様に似たような髪型で、煙草を吸い、酒を飲んでいる。今のご時世に有り得べからざる倫理観でもって綴られる当時の記録。

こういう歴史や地域だけが持っているザラつき、もっと掬い上げられてもいいよな。

石川善樹×猪子寿之×丸若裕俊×宇野常寛 | うまみをめぐる冒険──飲むこと、食べること、学ぶこと

僕の大好き「遅いインターネット」からも一本。お茶の領域に根差す僕がこれに興味を惹かれるのは当然のことながら、やはり彼らのアプローチは一味も二味も違う。

前半部分の旨味に対する科学的・文化人類学的な会話を面白く思わない人間なんているのだろうか。特に旨味は日本人にとっては切っても切り離せない味覚であり、海外では旨味の捉え方が若干違うという。本当の意味で旨味の正体に迫ることができるのは日本人だけなのではなかろうか。

それは言い過ぎにしても、お茶の旨味を閑話休題に据えながら、ヒトの食文化と歴史に思いを馳せるこの記事。話のスケールがどんどん大きくなるのがたまらなく好きだな。

KID FRESINO「20, Stop it.」

煌びやかに2021年のスタートを切ってくれたKID FRESINOの新譜は、文字通り2020年の暗澹たる空気を振り払うかのような良盤。

シングルカットされていた「No Sun」「Cats & Dogs」など、良い意味でらしくなかった2曲もこのアルバム通しで聞くとFRESINOらしい仕上がりに収まるのが不思議だ。

個人的に今年はこういうアルバムが増えると思っていて、ミクスチャーというかボーダーレスというか。ジャンルの壁を飛び越え、聴き様によっては雑多にも聴こえる中に、一本アーティストしての芯やコンセプトが見える作品。去年の君島大空やCody Lee、浦上想起、The 1975のアルバムみたいなプロダクションが多そうだなという予想。

NOT WONK「dimen」

前段の話を引き継いでこれまた一見して雑多な印象を受けるこのアルバム。ポストパンク、インディーポップ、R&B、ロック etc... さまざまな要素が見え隠れしながら、通しで聞いてみると思っている以上に聴きやすい。

一貫してザラついたギターサウンドがそうさせるのか、ボーカル加藤の歌声がそう感じさせるのか。まだ数日前に出たばかりで2〜3周しか聴けていないけど、しばらくはこれを聴きそうな気配だ。

思えばNOT WONKも苫小牧というローカルに根差したバンド。コロナが変えてしまった都市とローカルのあり方が、この音楽として表出したのかもしれないとか言ってみるけど全然わかってない。もっとちゃんと考えよう。

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