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黙ってたって過ぎてゆく - 2020.11.7

アイヌの美しき手仕事展に行ってきたのだけれども、いつになったら僕はアイヌの狩人に転生できるのだろうか。一九世紀中央アジアの遊牧民にもなりたいし、禁酒法時代の保安官にもなりたいし、アラビアンナイトの商人にもなりたい。暮らしも時代も性別も違う四つの人生。最悪転生できなくても、フルダイブVRが完成した時に残り三つの人生を全力で楽しむために、少しでも寿命を伸ばそうと健康を心掛けている節もある。今はフィクションに触れ、その暮らしを追体験することで満足できているが、いつこの架空の望郷の念に焼き尽くされるか分かったものではない。現代の日本もスリリングで良いが、僕は地球と暮らしたい。

アイヌの人々が作る衣服や道具は、どれも僕の心を鷲掴みにした。白樺の樹皮で編まれた服、貝殻で煌びやかに飾られた刀剣とそれを収めるための帯、煙草を入れるための木彫りの容器と煙管。ゴールデンカムイの世界に見る暮らしの片鱗がそこかしこに感じられ、僕の感受性は一瞬でフルテンまで持っていかれた。こんな気持ちはトルコ至宝展で絢爛豪華なターバン飾りに心奪われた時以来だ。あのアクセサリーを一生身に纏うことがないと思うと、僕のこの人生が急に味気なく思えてきてしまい、何とかして暮らしにターバンを持ち込めないものかと画策している。

狩猟採集を生業とし、自然界のあらゆるものに魂が宿ると考えられるアイヌの精霊信仰において、祈りは生活の中で非常に重要なものだった。その証拠に展示されているもので最も点数が多かったのは儀式用のヘラで、精巧に掘られた複雑な模様は一つとして同じものがない。当時最も手をかけて作られていたのが、衣服や装飾具でなく儀礼用の道具なのは、信仰の薄い現代人たる僕にはやはり想像できない。昔祖母が亡くなった時、僕にと両親がくれた数珠を思い出す。もしあれが思わず携えたくなるようなめちゃくちゃイケてる数珠だとしたら、葬式が楽しみになってしまうからあまり良くないかもしれない。

あなたのおかげで生活苦から抜け出せそうです