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環境問題におけるエゴイスト

プロローグ


現在、先進国と発展途上国の対立は深化している傾向にある。特に、環境問題に関して。
一方は他方を責め、他方は一方の責任を追及するという、この「甲乙つけ難い」主張は、一見、両者にもそれ相応の根拠があるように見える。しかし、それは過度な相対主義の別形態且つ典型例であり、言うならば「偽善」、全てを同等に落とし込めることで自己を正当化するためのツールに過ぎないのだ。

先進国の言い分


確かに、ここ数十年中国やインドといった新興国は急速な成長を遂げると同時に、CO2排出量も先進国に肉薄するどころか、むしろそれを超越している(1)。他の発展途上国も程度としては新興国には及ばないだろうが、しかしその排出量を少しずつ伸ばしているのは確かだ。
このような状況下で、先進国がカーボンニュートラルの義務を集中的に背負わされていることに不快感を示すのは否めない。さもなければトランプが2016年にあの醜態を犯すことはなかったであろう。これに即座に反応したリベラルらも、このような愚行と全く無関係とは言い難い。彼らも、トランプのように苛烈で露骨なわけではないが、先進国優位、つまるところ「今」の排出量を見て、発展途上国関わらず各国に義務を出そうとしている。

先進国への批判的検討


協定のみ見ると、(京都議定書然りそれに続くパリ協定然り)先進国が理不尽な負担を強いられているように見えるのは重々承知している。
しかしだ、我々先進国の住民―インテリ気取りのブルジョワから労働者、さらにはノンポリまで−は多角的に、詰まる所発展途上国がなぜ「今」排出量を伸ばしているかについて、物事を分析できないのだろうか。それとも、エゴイズムの桃源郷に思考を逃避させているのか?
私がここで提起したいのは、先進国の主張を批判的に検討することである。
いつまでも独り善がりの発想に囚われているならば問題解決の議論は一向に進まないだろう。特に迅速な対策を必須とする環境問題においては、これは致命的となり得る。
つまり、我々は次のことに留意しなければならない。現在の発展途上国や新興国は植民地支配で大幅に産業化が遅延させられたことを、そして今でもなお「宗主国」からの搾取と抑圧が続いているということを。

帝国主義の恩恵と罪


長い帝国主義の治世は莫大な禍根を残している−民族問題、伝統の衰退、そしてモノカルチャー経済等々。このモノカルチャー経済は、彼らには全く関係のない筈の気候変動、価格変動の影響力を強め、現に児童労働と言った人権侵害の温床や安定した経済成長の足枷となっている。今の新興工業国も、長年の市場の独占、偽りの文明化などによってやはり経済成長は妨げられていた。
中国といった国は共産主義のせいではないかと思う読者もいるだろうが、しかし中国はWW2以前において、アヘン戦争や北京議定書、そして租借地などで、そして他の旧植民地も原料栽培の強制などで経済的な自立を奪ってきたのは否めないだろう。
では一方で、先進国らはその頃何をしていただろうか。産業革命、技術革新、工業化…まさしく、今発展途上国が行なっているそれに既に勤しんでいたではないか、そう、環境問題が今ほど顕在化していなかった時代に!
発展途上国の進歩をこの最も工業に敏感な時代に引きずっておきながら、自身は過去にさっさと問題行為を済ませて澄まし顔をする。この両者の差異が、どうして現代においては無視されているのだろうか。過去に対する贖罪はもう終わったとでも言いたいのか。この観点は、旧被支配国への補償に比較的熱心なリベラルにおいてさえも抜け落ちている。

現在も続く支配


だが、非常に残念ながら、過去への謝罪は終わったどころか今も誇らしい愚行を打ち立てている。
これの良い一例であるファストファッションについて考えよう。
衣服の大量消費は同時にゴミやCO2の大量生産であり、また現地の労働問題などの観点からも多くの的を得た批判が寄せられていることは言うまでもない。
しかし、それ以外にも、この担い手たるブルジョワと支援者たる国家は、現地の労働者を搾取すると同時に発展途上国に温暖化ガスの責任を押し付けているのだ。
ブルジョワは「消費者のニーズに応える」と言う建前において、再生産費を抑えられる国のプロレタリアを裁縫工場や組み立て工場でぞんざいに扱い徹底的に搾取している。バングラデシュを例にしよう。ブルジョワは酷く粗末な工場にまだ若い労働者を押し込めて、長時間、残業、低賃金労働を強いている(2)。
この時、この生産物は、そして生産による責任は誰のものになるだろうか。
まず商品は?現地の労働の結晶ではあるが明らかに先進国が消費するために生産されているに相違ない。そのことは総輸出額を8割占める衣類がよく物語っている(3)。
では、CO2排出は? 2019年時点でバングラデシュにおいては約9000万トンものCO2が生産されている。これは日本の排出量約11億トンと比べると遥かに下だが、イギリスの3.6億トンと比べ他とき約4分の1と考えたら看過できる数字でもない。(4)また、産業別で見てみれば、2012年で比較すると、産業界におけるCO2排出量はバングラデシュは1600万(5)、イギリスは7300万トン(6)である。ここでもやはり、バングラデシュはイギリスの約4.5分の1だ。
バングラデシュの主要産業は縫製業が大きな地位を占めていると考えると、生産を任せている先進国もこの排出に無関係だとは言い難い。さらに、ファストファッションは先進国への輸送においても石油やLNGを使用することを考えると、バングラデシュのCO2排出量に占める先進国らの影響力は測り得ない。
つまり、他国(特に途上国)に生産させる商品とそれに伴うCO2排出の責任は、先進国も深く関わっているのではないか。
「自らが外国籍企業の恩恵を受けているのだから、責任を求めるのは不適切であろう。」という意見も想定されるが、しかし、まずこのように豊かな国に頼るほかなくなったのは植民地支配による産業の阻害が遠因であり、また繁栄の商人たる企業も結局は安価な労働力目当てで他の安いところを見つければすぐそこに移るであろう。先進国のブルジョワのおかげで経済発展が起こったと考えるのは宗主国が「文明化」によって植民地を豊かにさせたと思考するのと同じくらい誤謬を含んでおり、その栄光も結局は他国への追従と自国民らへの搾取で成り立つ砂上の楼閣で、発展途上国自らがその砂を押し固め日干しレンガにしなければ少しの洪水で洗い流されるだろう。
また、これがバングラデシュのみならずあの世界第一位のCO2排出国家である中国においても同様であることを認識しなければならない。

先進国の「贖罪」


さて、この時、上記の搾取とCO2排出の責任転嫁のみならず、旧宗主国とそのお仲間が発端となった気候変動や地球温暖化の影響やそれによる氷河融解への危惧を真っ向から受けている国、バングラデシュに、先進国は、そしてファストファッションのみならず安価な労働者に寄生するブルジョワは、十分な対価を払っているだろうか。
確かに、先進国は金銭なら払っている。
その一端である日本は親日国家に対し2020年では41億円を恵んでおり、そして約3500億円の有償協力をしている、そう有償協力を(7)!41億はバングラデッシュの予算の0.05%にしか過ぎないのに対し、3500億に関しては後で予算(8)の5%を返せといっているのだ−しかもかなりの低金利だが利子付きで!
これまでの行いを内省し本気でバングラデシュを支援したいと仮に思っているとするならば、ある程度は身銭を切って行うべきものを、実際はなんの悪びれもせずに後でちゃっかり利益を得ようとしているのだ。
さらにブルジョワに関しては、一向に労働問題を解決しようとしない。労働者が労働組合を設立しようとするだけで-憲法で団結権は保障されているのに-解雇される現状をみれば(9)、先進国のブルジョワがいかにこの問題に口先だけかが伺える。その上、物価上昇の波で労働者の生活は困窮しているのに、現地の工場主はそれに見合う賃上げを行なっていない(10)。そしてブルジョワの手先が両者に追撃を行うのだ、「我が顧客は安価な服を求めている」と。
バングラデシュでは、このような惨状の引き金となったブルジョワは責任を取らず、むしろ彼らの利潤のために困窮に喘ぐプロレタリアの連帯によって現地の労働環境は改善されているのだ(11)。
このような状況をみれば、先進国がいかに発展途上国に冷酷かがうかがえるだろう。それに加えて、先進国はなおも発展途上国との負担の格差に義憤を募らせているのだ。

エピローグ


両者の格差、これだけをみれば直ちに是正するべきものに思えるだろう。しかし、この対立に埋もれる背景をみれば、果たしてこの我々が先進国の主張は合理性があるのだろうか。
私は何も発展途上国は全く責任を負う必要はないと言っているのではない。当然、排出量の削減は双方が一致団結しなければ達成できないものだ。
しかし、このような背景を知っていようが知るまいが関係なしに、それを軽視している状況では、一向に両者の溝は埋まらず、無意義な批判を重ねるうちに気候時計は刻々とカウントダウンを進めていく。
我々先進国らの住民は偽善に塗れた皮膜を破る必要がある。いつまでも独善性に囚われるようではアリアドネの糸を見つけることさえできない。自身の中の、国家の中のエゴイストを超克すれば、ウィーン会議の二の舞となりつつある環境問題に終焉を告げる鐘を鳴らすことができるだろう-反動主義者の手を借りて旧時代に逃避行しなくとも!

注釈

(1)2019年において中国は世界CO2排出量の30%を占め、インドやロシアも日本の排出量を超えている。 https://www.jccca.org/global-warming/knowleadge04 
(2)、(9)組合設立申請したら突然クビ…ビル倒壊10年、バングラデシュの労働条件改善進まず https://www.yomiuri.co.jp/world/20230501-OYT1T50020/ 
(3) 、(7)バングラデシュ人民共和国(People's Republic of Bangladesh)基礎データhttps://www.mofa.go.jp/mofaj/area/bangladesh/data.html 
(4)世界銀行のデータバンク”CO2 emissions (kt)”のバングラデシュ、日本、英国の2019年度統計を参考
https://data.worldbank.org/indicator/EN.ATM.CO2E.KT?end=2019&start=1990&view=chart 
(5)Nationally Derermined Contributions (NDCs) 2021 Bangladesh (Updated) https://unfccc.int/sites/default/files/NDC/2022-06/NDC_submission_20210826revised.pdf 
(6)2012 UK Greenhouse Gas Emissions, Final Figures
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/408045/2014_Final_UK_greenhouse_gas_emissions_national_statistics_1990-2012.pdf
(8)政府が2020年度予算案発表、新型コロナ・経済回復主眼
https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/07/018bfc26dddb200c.html
(10)[FT]バングラデシュ縫製産業、労働争議回避へ賃金倍増
https://www.nikkei.com/article/DGXNASGV30001_Q0A730C1000000/
(11)以下の記事を参照
https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/01/15b73d00f056be3f.html
https://www.nikkei.com/article/DGXNASGV30001_Q0A730C1000000/ 

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