【短編/#才の祭】姉のセーターは着れたもんじゃない。
私の姉は彼氏へのクリスマスプレゼントにセーターを編む。
いつの時代のプレゼントですか、って思うけど姉もそれは重々承知だ。
リビングで姉はドッキリのバラエティ番組を見ながら、視界の端にはどぎついピンク色の毛糸を入れて片手間にセーターを編んでいる。
「私思うんだけど、やっぱりそれやめた方がいいんじゃないの」
と私は忠告してあげる。
姉にも考えはある。女児向け商品に思考停止で使われるみたいなピンクの糸を繰っているけど、姉の腹の底はそんな単純なものではなくて、純情を捨てた処世術の黒さがあった。
「そんなセーター、聖人君子でも破局するでしょ、さすがに」
「私なら着る。愛しの彼氏が編んだセーターなら、周りにどんだけ笑われようと着こなしてみせる」
と姉は意固地だ。
三人目の彼氏が犠牲になることは避けられそうもない。
「愛って、恋人の燃えるゴミセーターを喜んで着ること、ではないと思う」
私は一応もう一度説得を試みた。姉の意見は変わらなかった。
「少なくとも、恋人の燃えるゴミセーターを本当に燃えるゴミに出すのは愛のない証拠ってことだよ」
姉が明るすぎる色のセーターを男に送って困らせるのは、姉なりの値踏みの仕方なのだ。
誰だって理想の恋人が欲しい。だけど人は化けの皮を被っているもので、致命的なすれ違いが最悪のタイミングで起こるまで相手の本性などわからない。
それを姉は酷いセーターをわざとプレゼントすることで相手の化けの皮を剥がそうと画策しているのだった。
テレビの番組は、最近よく見かけるお笑い芸人をドッキリにかける様子を映していた。
姉の好きな芸人だった。
彼はいつも誰かに翻弄される役どころで、その振り回される様が姉は好きなのだった。
架空の番組用にアイドルのインタビューを任された芸人がカメラマンと共に楽屋に入ると、汚い言葉で暴言を吐くアイドルを目の当たりにするというものだ。
未成年の可愛いアイドルが年上のマネージャーを罵る姿に芸人は固まっていた。
姉はその芸人の表情に肩を揺らして笑う。
「あいつもあんな顔してたなぁ」
と、セーターを編む調子が嬉しそうに速くなる。
そして私に得意げな顔を向けると、二番目の方、と伝える。
二番目の彼氏も、燃えるゴミセーターを渡されて固まってしまったのだろう。
クリスマスプレゼントともなれば着ないわけにはいかない。
しかし心の底からいらない服と感じる服を着させられる恥ずかしさは並のものではない。
一応着るには着たそうだ。
だけどその辱めに自尊心が耐えきれなかったのだろう。
年明けを待たずに別れ話が来た、というのが去年のことだった。
「愉快だったなあ。一分ぐらい固まってて、その後も放心状態みたいな顔で着替えてたもん」
「さすがに可哀想すぎる。せめて普通に着れるセーターにしてあげなよ」
「そんな甘いこと言ってると、変な男に掴まるよ。ほら、私が最初に付き合ったやつみたいな」
姉の最初の彼氏は渡されたセーターを着なかった。
こんなのいらない、とゴミ箱に捨てたのだという。
捨てるにしたって恋人の目につかないよう捨てるのが礼儀だろう。
そいつは随分と横暴で自分勝手な男だったのだ。
確かにそういう低質な男を早期発見できるという意味では、姉の策は成功していた。
「あれと比べたら去年のあいつはマシだったから、今年の彼氏はそろそろ当たりだと思う」
と姉は言う。
だけどきついピンクのセーターを前にしたら優良な彼氏だって逃げ出してしまうのではないか。
私に言わせれば姉のセーターは、悪趣味な色をした蜘蛛の巣だった。
自分の編んだ糸で恋人を絡め捕ろうという意図が見える。
セーターは首も腕も、上半身をまるっと拘束できる。
後は思うままに捕食するなり、操り人形とするなり。
姉は男にいいようにされるくらいなら自分が主導権を握って男を都合よく扱おうと思っている。
そして膨張した支配欲をセーターという形にして彼氏に贈っているのだ。
だから捕食を恐れて男は逃げるだろう。
蜘蛛の巣という危険が見えて、やすやすと糸に絡まる人間はいない。
だから姉はもしかしたら最高の夫を手に入れるチャンスさえも逃しているのかもしれない。
それでも姉は求めている。
真実の愛と恋人の支配を。
その両方を手にしようとする姉の欲求は熱を持って、クリスマスへ向けて過激な行動を取らせるのだった。
「そうだ」
と、闇色のひらめきが訪れて姉は手を叩いた。
「今年は彼氏をうちに呼ぼう。私の彼氏がどんな顔するか見物させてあげる」
男を見定めたい姉の気持ちもわかるけど、せっかくのクリスマスに悪意あるセーターを渡される男も可哀想だ。
同情的になった私は姉の現在の彼氏にメッセージを飛ばした。
このままだと私まで姉の企みに巻き込まれて、見たくもない悲劇を見届けさせられる羽目になるというのも問題だった。
彼氏さんとは姉に紹介されて一度会ったことがあった。
連絡先はその時に交換していた。
僅かな時間だったけど彼に悪い印象はなかった。
他人を食い物にするよりも食い物にされる側に見える、要するに害意の見当たらない穏やかな人だった。
『姉はクリスマスプレゼントにヤバイ手編みのセーターを渡して、あなたのことを値踏みするつもりです。もし別れるならクリスマス前に別れた方がいいと思います』
セーターを着させられて別れるくらいなら、その前に別れた方が自尊心も傷付かないだろう。
だから私は姉の策略を明かすことで破局を早めさせようとした。
『ヤバイって、どういうこと?』
という彼氏さんからの返信に、私は姉の思惑を詳しく書いてメッセージを返す。
しかしこちらが送信するなりすぐに向こうからもメッセージが来る。
『どんなセーターなのかもっと知りたいんだけど、写真ってないかな?』
やけに食いつきがいい。
どうも彼氏さんは姉のセーターにすごく興味を抱いたらしい。
そんな楽しげなものではないのだけど。
しかし知りたいと言っているのだから知らせてやる。
実物の画像を見て幻滅すれば悲劇は回避できるのだから。
私は姉の編みかけのセーターを撮影して、その写真を彼氏さんに送った。
そのピンク色を見ればドン引きして私の言いたいこともわかるだろう。
これで姉のセーターは誰も傷付けずに燃えるゴミとなった。
静かなクリスマスを過ごせば姉も冷静になるはずだ。
だけども静かなクリスマスにはならなかった。
十二月二十五日、彼は私たちの家に来た。
「なんで来ちゃったんですか。別れてなかったんですか?」
私は小声で彼氏さんを責めた。
彼氏さんは頼りない感じに笑うと、
「着てみてからでも遅くないと思って」
と言うのだった。
これには私も呆れてしまった。
悲劇を回避させてあげようという私の親切心が無駄になったではないか。
彼氏さんはうちに泊まっていく予定で、時間はたっぷりあったが姉は早速プレゼントのことを話題に出す。
「クリスマスプレゼント、とっておきのを用意したよ」
満面の悪意ある笑顔を姉は見せる。
「それはすごいね。早く欲しいな」
と彼は彼で白々しい。
その要望に応えて姉はプレゼントを持ってきた。
ご丁寧にクリスマス用の包装をして、リボンまでつけてある。
「ありがとう。これは僕から」
彼氏さんは紙袋からプレゼントを出した。
それを見て姉の目が輝く。
「開けてもいい?」
「もちろん。僕も開けるね」
同じような大きさの包みを二人それぞれ開封する。
彼氏さんの方に渡ったのはもちろん姉のお手製のきついピンクのセーターだ。
そして彼が姉に渡したプレゼントの中身もまたセーターだった。
こちらもまた服として着るにはきつい、派手なシアンの毛糸を使ったセーター。
ピンクと水色で色違いのペアルックというわけだ。
彼が編んだらしく、遠目に見ても粗いところがあった。
これは手痛い反撃だ。
姉はたまったものではないだろう。
なるほど、彼は姉にお灸を据えるつもりだったのか。
私と姉が目を剥いて驚いているうちに彼はピンクのセーターに袖を通してみせる。
してやられた姉がどんな顔をするのか私は気になった。
だけど姉は彼と同じようにシアンのセーターを着た。
そして姉は嬉しそうな笑みを浮かべて言った。
「なんか意外としっくりくる」
「セーター編むの上手いね。僕はここまでできなかったよ」
彼も彼で姉のセーターの出来栄えを褒める。
二人の間に流れる穏やかな空気を私はまだ理解できていなかった。
私が思ったのと違う出来事が二人に起きているらしかった。
その正体を掴みたくて微笑み合う二人の表情を追っていると、彼が口を開いた。
「妹さんから君がセーターを編んでいる話を聞いたんだ。それで思った。僕はただ一方的に与えられるんじゃなくて、君とセーターを着られたら幸せだなって」
その言葉は姉の支配を受け入れる意味のものではなかった。
けれど、姉が欲しがっていたものを確実に姉に与えていた。
姉は彼の言葉に深くうなずき、そして彼への愛の言葉をその返事とする。
「私、一生このセーターを着ることを誓う」
その大袈裟な誓いに彼は笑った。
「セーターなら毎年でも作るよ」
そして翌日、私が昼前に目覚めてみるとリビングにはお揃いのセーターを着てコーヒーを飲んでいる二人が窓からの冬の日差しを浴びていた。
お揃いの不細工なセーターを着て並んだ二人はまるで世界の主役だった。
単体で見れば着る気も起きない醜いセーターだったのが、二人で揃うとまるでそれが当たり前で自然な物であるかのように新しい愛の法則を紡ぎ出す。
あまりにも幸せそうな姿だったもんだから、私にセーターを贈る彼氏がいないことが悔しく思えてしまったんだよね。