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【短編/#才の祭】サンタを襲った暴君

 ドン・キホーテに寄ってサンタのコスチュームを買ってきた愛美が風呂場で着替え終わって出てくるなり、

「プレゼントをよこせ」

 と左手を突き出してきた。

「サンタはお前だ」

「これコスプレ。サンタクロースは存在しない」

 手をさらに突き出してプレゼントを載せろとしつこくせがむ。
 もっとムードというものがあるだろうに。
 僕は呆れながらもクローゼットに隠していたプレゼントを取り出す。
 包装を雑に引き裂いて中身のワイヤレスイヤホンを耳にはめると、

「ま、こんなもんか」

 とスマホとイヤホンを接続させて音楽を流す。
 言葉の割には気に入ってくれたようだ。
 不景気にあえぐ世の中で大学生の僕たちに大した金はない。
 僕のプレゼントだってささやかな物になるし、愛美から僕へのプレゼントはどうせコスチュームで予算を使い果たしたのだろう。
 不服とまでは言わないけれどお祭りにかこつけて珍妙な格好をするのが趣味の愛美が好きで買ってきたものをプレゼントと言い張られるのはなんか損をさせられている気分だ。

「ねえ、それどうしたの」

 愛美はクローゼットに野球のバットを見つけて、聞いてきた。

「昔使ってたバット。思い入れあるからこっちに持ってきたんだ」

 中学生まで僕は野球少年だった。
 兄と一緒にやった野球ゲームが好きで、それがきっかけで野球も始めたのだった。
 だから僕にとって野球は野球ゲームごっこみたいなものだった。
 でも才能がないのは明らかだったから高校では野球部に入らなかった。
 もう野球のボールに何年も触れていないのに、クリスマスに親からもらったバットはなぜだか手放せない。
 という思い出話もできたのだが愛美は音楽に聞き入っていた。
 僕はサンタコスの女の子を前に一人取り残されて困り果てる。
 何曲か聞いた後に愛美はイヤホンを片方外し、言った。

「今からそのバットでサンタを襲ってプレゼント強盗しよう」

 クリスマスに犯罪なんて悲劇すぎるだろと思った。

「どういう音楽聞いたらそんな発想になるの」

「私、もっとプレゼント欲しい。クリスマスプレゼントをたくさんもらえるって、幸せのバロメーターと言って差し支えないと思う。陽樹も欲しいでしょ、プレゼントいっぱい」

「まあ」

「サンタから奪えばプレゼントいっぱい手に入るよ」

 強盗してもプレゼントをもらったことにはならない。
 そう反論する前に愛美は意気揚々と立ち上がる。
 お祭りに過剰に浮かれる彼女がこうなるともう止まらない。
 素直に付き合ってやる方が疲れず穏便に済むということを僕は短い付き合いの中で既に思い知っていた。
 でも暴れたい愛美の気持ちも少しわかる。
 お金のない僕たちはそんなしょうもない騒ぎ方でもしないと楽しいことが訪れないのだった。

 僕たちはサンタを襲うためクリスマスの夜に町内をパトロールする。
 しかも愛美はサンタコスチュームを着たままだ。
 暖房の効いた室内でする格好の愛美の口からは白い息が大量に吐き出されていた。
 そのうち音を上げて部屋に引き返すことだろう。
 どうせサンタクロースなんていない、愛美が言った通りに。
 そう気楽に構えていたのだが、

「いたぞ! あそこだ!」

 と愛美が指さした先に確かにサンタの恰好をした人が大きな白い袋を抱えて歩いていた。
 サンタ目掛けて愛美がダッシュする。

「プレゼントをよこせ!」

 と叫ぶ。
 僕も慌てて愛美を追いかけた。
 バットを握る手が一瞬にして汗ばむ。
 愛美はサンタの白い袋を両腕で抱えるように掴み、ひったくろうとする。
 だけどサンタも必死に抵抗して袋を離さない。
 街灯に照らされたサンタの顔を見ると、白い付け髭をつけた中年男性で、たぶん本物のサンタではなかった。

「バットで叩いて!」

 愛美に指示され、僕はバットを振りかぶった。
 振りかぶったはいいものの本当におじさんを叩いちゃったらまずいのではないか。
 僕は叩くのを躊躇したが僕に叩かれると思ったおじさんはとっさに腕を盾にして、それでプレゼントの入った袋を手放してしまった。
 袋を奪った愛美はさっきのダッシュよりも速く走って逃げていく。
 これ、犯罪じゃん。
 取り返しのつかないことをしたと感じて僕は青ざめる。
 このままじゃまずい。
 そう思ったけど、袋をおじさんに返すにしても僕はまず愛美を追っておじさんの前から離れなくちゃいけない。

「ごめんなさい」

 返すつもりがあることを言おうとして咄嗟に出てきた言葉は、ただの身勝手な犯罪者のセリフでしかなかった。

 僕たちはだいぶ走った。
 愛美が逃げ込んだのは公園だった。
 彼女はベンチに座り、戦利品である袋の中身を物色する。

「よくないよ、返さないと」

 絶え絶えになった息で僕は説得しようとする。
 愛美も荒い息を白く振りまいている。

「返すにしてもさ、せっかくだから中身見ようよ」

 例によって包みを破き、プレゼントを検分する。
 ゲームソフトがあり、ペットのロボットがあり、僕がプレゼントしたイヤホンよりずっと高級で派手なヘッドホンまであった。
 それだけじゃない。
 プレゼントが何個も袋に入っていた。

「これマジのサンタかもね」

 と興奮した愛美が袋をあさっていると紙切れが袋から落ちた。
 拾ってみると住所が書いてある。
 プレゼントの宛先ということだろうか。
 他にも同じような紙があるか愛美に探してもらうが、一枚とて出てこなかった。

「つまりこれはサンタがみんなに配るプレゼントじゃなくて、金持ちの坊ちゃんのプレゼントってわけね」

 愛美はげんなりしていた。
 自分たちとの生活レベルに差がありすぎて、嫌になったのだろう。

「わかった。泥棒なんてするべきじゃなかったんだね。プレゼント、この住所に届けに行こう」

 確かにおじさんがさっきの場所にいてくれるとも限らない。
 おじさんを探すよりもこっちに向かった方がいいか。
 愛美はサンタ服の小さなポケットから、僕がプレゼントしたイヤホンのケースを取り出した。

「これ入れたら慰謝料の代わりにならないかな」

 と愛美は言った。

「ヘッドホンもあるのに?」

「ヘッドホンもあるけど」

 愛美はプレゼントの中にイヤホンを落とした。
 彼女なりのけじめということなのだろう。

「ドンキ行ってサンタのコスチューム買わなきゃね」

 袋を背に抱え、完璧にサンタらしい恰好になった愛美は僕に言った。

「僕も着なきゃいけないのか?」

「プレゼントを届けるのはサンタじゃなくちゃ。子供の夢を壊す気?」

 でも愛美の顔は子供の夢を大切にするというよりは自分の趣味を大切にしている顔だった。
 僕にもサンタの服を着せてお祭り気分をさらに高めようって魂胆だ。

「君が一人で行けばいいじゃん」

「馬鹿言え。サンタは一人より二人来た方が嬉しいに決まってる」

 そんな理屈になっていない理屈に押し通されて僕の財布からお札が減り、そしてサンタのコスプレをした二人組で見知らぬ人の家を訪ねることとなってしまった。
 役に立たない償いを袋に入れた僕たちはプレゼントをもらうべき子供の家に向かう。

 大きな一軒家のインターホンを鳴らすと、小学三年生くらいの男の子が出てきた。
 家の大きさも彼の服装もいかにも金持ちの雰囲気が漂っていた。

「ほらやっぱりサンタさんだ!」

 と後ろに控える両親にその子は勝ち誇った。

「プレゼントを運んできたよ」

 愛美は子供向けの高いトーンの声で少年を喜ばせようとする。
 二人もサンタがいることに少年は目を輝かせていた。
 癪だけど愛美の言ったとおりだった。

「ほら、ゲームソフトとかあるよ。よかったね」

 愛美は袋から実際に取り出して、少年に見せる。
 一つまた一つとプレゼントを見せる度に少年はガッツポーズをして跳ねる。
 そして僕は玄関の奥の廊下に、僕たちが襲い掛かったサンタのおじさんを見つけてしまった。
 おじさんはサンタ服を脱いで普通のセーターの恰好だった。
 彼はこの子の親戚だったのだろうか。
 驚いた目で廊下から様子をうかがっているおじさんに、僕は気まずい気持ちになる。
 意味不明ですよね、こんな強盗。

「大切にするんだよ」

 愛美によるプレゼントの披露を切り上げ、僕は袋を少年に渡す。
 子供の力ではとても持てなくて、彼は袋を床に置いて引きずった。
 だけど彼は僕の手元を見て立ち止まり、

「そのバットはプレゼントじゃないの?」

 と聞いてくる。
 たくさんプレゼントをもらっておいて贅沢な。
 だけどバットくらいついでにくれてやろうと思った。
 思い出のバットだけど使い道は強盗くらいしかない。
 だから僕には無くてもいい物だった。

「欲しいならあげるよ」

 僕はバットを差し出そうとする。
 でも少年は「いらない」と首を振り受け取らなかった。

「俺わかっちゃったけど、それ、他の子のプレゼントでしょ。だったらちゃんとその子にプレゼントしなきゃダメじゃん」

 サンタさんバイバイ、と言って彼はドアを閉める。
 ドアが閉まりきるその間際僕は思わず、ありがとうと小さな声で言っていた。
 プレゼントをもらったわけではないのになぜありがとうなのか、自分で不思議に思う。
 だけども思い出のバットはまだ僕の手に握られていた。

「ごめん。大切なバットだったのに……」

 さっきまで子供に見せていた態度と打って変わり、愛美はしゅんとしていた。
 今更ながら強盗の道具にさせたことを悔いたらしかった。

「大丈夫。ちゃんと戻ってきたから」

 と僕は愛美と僕に言い聞かせた。

 僕の部屋に帰ると、疲れ果てた僕たちはサンタ服のままベッドに倒れた。

「最悪なクリスマスになっちゃったね」

 愛美の目は罪悪感と敗北感でよどんでいた。
 僕たちは正しいクリスマスの楽しみ方に失敗した。
 大学生になってそろそろ大人だと思っていたけど僕たちはまだ失敗してばかりの子供でしかなかった。

「ごめん」

 と謝る愛美に僕は小さく首を振る。
 もうなにも話さずに寝てしまいたい気持ちもあった。
 それほど疲労していた。

「大丈夫だよ」

 静かに深呼吸を三度して僕はようやく声を出す。
 よかった起きてた、と愛美は微笑む。

「明日クリスマスやり直そう」

 まるで僕を慰めるように彼女は言った。

「値引きになった食べ物いっぱい買って、二人で普通のパーティしよう。これからはもう間違ったクリスマスを過ごさないように」

「そうだね。それがいい」

 サンタはいないし、大量のプレゼントが届く家でもないけれど、人生の途中から誠実な生き方を選べないわけじゃない。
 未完成の僕たちが都合よく許されるのなら僕は明日も彼女と共にいようと思う。
 そして一日ずつ僕たちはまともな大人に近付く。

「プレゼント交換もしよう」

「そんなお金、ないよ」

「だったら暴君ハバネロ、指輪にしよう」

 と愛美は冗談を言って、だけどたぶん明日にはその約束は実現するのだろう。