疫病によって滅んでゆく村人たちの生き様を描いた『丁庄の夢』の新装版が出たよ

一年か二年後に、熱病がこの平原一帯に爆発的に広がるだろうということだった。丁庄、柳庄、黄水、李二庄をはじめとする数千の村で熱病の大爆発が起こり、黄河が決壊したときのように数百数万の家が洪水の渦に巻き込まれ、その時には人は蟻のように、木の葉のように、灯が消えるようにあの世に逝ってしまうだろう。その時には、丁庄の村人たちはほとんど死滅してしまい、丁庄はこの世界から消失してしまうのだ。老木の葉っぱが縮んで黄色くなり、最後にはハラハラと全て落ちてしまうように、丁庄は葉っぱと同じようにどこかへ消えて行ってしまうのだ。 



長年絶版だった『丁庄の夢』が復刊しました。エイズによって滅んでいく中国の村を描いた傑作で、滅亡ものの中でもかなり好きな部類の本。人類が滅んでいく創作作品や疫病ものが好きな人ならちょっと値がはる本ですが読んで損はないかも。

(復刊する前は1600円で売ってた本だったのに倍以上の価格にとか突っ込んではいけない。まぁ絶版で結構古書価高くなってた気がしますし……)

 

物語の舞台は売血行為が横行している村で、その村の売血によって村で一番稼いだ男(父)の息子がエイズで亡くなるところから始まる。そして、この息子が死んだまま村が滅んでいくさまを語り続ける。この設定だけで好きな人は好きだと思う。自分はこういうの好きですよ。

そしてこの父は売血行為により村が滅びに近づこうとも村人に頭を下げたりはしない、村のために奔走しようとする祖父との対比がすごい。

 

そして、エイズによって死が間近に迫っている村の人達なのに最後の最後までこの世のものに執着しようとして生きようとする。

滅亡ものSFの代表作の『渚にて』の人たちは静かに死ぬ事を選んだしほとんどの滅亡ものは最後の最後にいい人になるような感じが多いイメージなんですが、丁庄の人達は違う。

死が間近に近づこうとも、もらえるものをもらってないと盗みを働くし、死んでしまえばば何も意味がないだろうに公証印にこだわってり、近親相姦であろうと死んだあとに同じ墓に入るために結婚しようと奔走したり....。

 

そしてその人が死んだあとはもう何の行動も意味がないのではと思いつつも、公証印の扱いや同じ墓に入れた事を証明する表記を見たあとなんかの人々の行動は、すごいきれいな行動に見える。これで別に何も解決するわけでもないし本当にちょっとした行動なのに、なんか人間の綺麗さみたいなのがあるよね。

滅びに向かう村でのいろいろな行動があさまくしくもあり、綺麗と思うものでもあり、人間らしくも感じてしまう。死にかかっているのにいろんなものに執着する村の人が描かれているからこそ『丁庄の夢』は傑作なんだと思う。

 

最後は検閲がある中国という国でなかったらもっと別の終わり方をしたんだろうなぁと思うのですが、この終わり方は新しい世界を感じさせる感じですき。

 

ちなみに新装版巻末エッセイの『厄災に向き合って』も傑作ですが、下記HPで今のところ全文公開しているので旧版を持ってる人はこちらを読むだけでもいいかも。

http://web.kawade.co.jp/bungei/3466/

文学はマスクになって疫病蔓延地区へ送ることもできないし、医療従事者の使っている防護服にもなることはできない。食べ物が必要なときに、それはミルクでもパンでもないし、野菜が必要なときに、それは大根でも、白菜でもセロリでもない。人々が不安や恐れや焦りの中にあるとき、それは偽薬にさえなることもできない。

 昨今の情勢を見つつ上記の文みたいな感じに文学の無力さを嘆く一方で、それでも文学の意義を信じたいという感じが伝わるエッセイです。全文引用すると怒られるかもしれないので一部引用で。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?