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百刃封じ [Forge a hundred blades]

 ヒカリの眼前、骸骨の顎が大きく開く。立ち並ぶ鋭い牙。

 火床の熾火は朱く、金床の鉄材はまだ温かい。いつも通りの鍛冶場。鼻先に迫る死を除けば。

 牙はしかし、寸前で止まった。骸骨の頭を誰かが鷲掴みにしている。チエだ。チエは骸骨を土間に叩きつけ、ブーツで頭蓋を踏み砕く。そしてヒカリを見もせずに言った。

「いいから鍛冶をしろ」

「勝手に決めないでください!」

 ヒカリは警戒していた。チエは今日会ったばかりの、しかも明らかな異常者だ。それは真夏に黒い外套を着ているからではない。全身から溢れる強烈な鉄臭さ故だ。即ち血の匂い。

 チエの視線の先、土間に黒い靄が蟠る。闇の中から、新たに四体の骸骨が這い出した。

「面倒臭ぇな今夜のは」

 チエは外套を脱ぎ捨てる。隆々たる肩から晒を巻いた豊満な胸にかけて、小さな金属片が幾つも刺さり、じくじくと血を滲ませていた。肌の白に映える。

 ヒカリは目を見開く。刺さっているのは、折れて摩耗しきった刃物の破片だった。その刃に共通する特徴を、ヒカリは知っている。北斎の如き逆巻く刃文。小さくとも分かる。亡き祖父のものだ。

 チエは欠片を一つ引き抜く。片刃で、微かに湾曲していることから、ヒカリは手鎌の破片だと分かった。傷口から欠片へと粘つく血が糸を引き……その流量が増していく! 迸る大量の血が欠片を包み、真紅の大鎌を形作った!

 チエは片手で大鎌を振るう! 四体の骸骨は腰から刈られ、鍛冶場に骨が飛散! だが骨片は動き出し、合体し、一体の奇怪な骸骨となる。身体はまるで骨の鱗鎧、頭蓋は歪に融合し、八つの眼窩の奥で紫紺色の炎が揺れる!

「……チエさん」

「なんだァ? 爺さんの代わり、ヤル気になったかよ?」

 ヒカリは問いかけを無視し、開いたままの引き戸を指す。

「外でやってください。道具が壊れたら、鍛冶ができなくなります」

 チエは舌打ちを一つ、向かってきた鎧骸骨を鍛冶場の外へ蹴り出した。


つづく

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