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記憶と、本と

嗅覚は記憶と強く結びついている、と聞いたことがある。
たとえば、合宿所の匂い。
久しぶりに訪れた母校の合宿所の、少しかび臭いような匂いをかいだとき、過酷な合宿の一場面が思い出された。
嗅覚は、記憶を呼び起こす。

それと同じことが、本にもあると思う。

「地図男」という本を読んだ。
最近買った本ではなく、実家の自室の本棚から持ち出した数少ない本のうちの1冊。
持ち出したことに大した意味はない。でも好きな本だったことを覚えていただけ。

通勤のおともを何にしようか迷ったとき、この本を手にした。

ページを開いたその場所には、かつてと同じ、小説の世界が広がっていた。
地図帳をたずさえて東京を徘徊する「地図男」。その地図帳には、その場所にまつわる物語がびっしりと書き込まれている。
軽快でテンポの良い文章。子気味よい口話。引き込まれる世界観。

好きな場面、好きな描写、好きなセリフが変わらない。当たり前だ。同じ本なんだから。
読み解きながら、よみがえってくる。初めてこの本を読んだときの、高揚感。

読み終えて、発行年を確認した。2008年発行の第二版だった。
そう、その頃だ。まだ小学校高学年だった私は、この本を買ったのだ。

そして、この本を勧めてくれた友人の記憶がよみがえった。
大人びていて、落ち着いていて、本が好き。妙に居心地がよくて、よく一緒にいたと思う。

将来の夢の欄に、丁寧な文字で「司書」と書いていた。

あの子は今なにをしているのだろう。
噂では、文学部に進学したらしい。あの頃描いた夢のとおり、司書になっているのかもしれない。

彼女の声や、笑顔や、彼女の書く文字がよみがえってくる。
ずっとずっと、記憶のかなたにあったものが、まるで今となりにいるように。

彼女が勧めてくれた本はたくさんある。
本の好みがあっていて、おもしろいと思った本を勧め合っていたから。
その多くは今、私の本棚におさまっている。

1冊ずつ、読んでいこうとおもう。16年前の彼女の「おすすめ」を。
全部読んだら、彼女に連絡をとりたい。


今、何をしているの。
あの頃交換こして読んだ本の題名を、覚えている?


本と記憶は結び付いている。
本を開いたその世界には、初めてその本に触れたときの自分が、まだ居るから。

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