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💕HAPPY MOTHER'S DAY🌺                  💛THANK YOU

"I LOVE YOU MOM,WITH ALL MY HEART."
5月12日、日曜日は母の日。コストコから戻った息子から「お母さん、ありがとう!」と色とりどりの花束を贈られた。幼子を抱いたお嫁さんがニコニコと見守っている。

こんな日がくるとは想像もできなかった。

息子は順調に成長できた子ではない。
対人不安症を抱え、子供のころから初対面の他者とのコミュニケーションに困難をかかえていた。中学入学後は部活で暴力を受け、1年の夏休みから
不登校になった。
この間無理に登校をすすめたこともあった。嫌がる彼を車に乗せ、
何度か学校まで送っては行ったが校舎に入ることはできなかった。
自宅に引きこもり始めたこともあり、精神科でカウンセリングや箱庭療法
を受けたが途中で嫌がるようになり中断した。

当初は不登校の理由を言わなかったが、半年経ったころに部活の先輩から
竹刀で暴行を受けたことを話してくれた。それを受けて学校側とも話し合ったが暴行の事実を認めることはなかった。このころ、私の後頭部の髪の毛は10円玉どころか10センチ四方に渡って、つるつるに剥げていたが、それを気にする余裕すらなかった。長い髪を一つに束ねて隠していた。

学校に早急なサポートの期待は持てなかった。スクールカウンセラーすら本人と話しすらしない。専門家でも何でもない方が担当しているのだから当然の成り行きだろう。また町としての取り組みもあったので、相談に伺ったら本人へのサポートは何もなく、母親のプライバシーの聞き取りで終わった。もはやここで期待するのは時間の無駄に思え、情報を集めて関東のNPO団体にも本人と一種に見学にいった。息子が生き生きと過ごせる場が欲しかった。私の東京への転勤や、転職も視野に入れて。

残念ながら、そこのNPO団体も息子は気に入らなかった。
それならと他の所を探し始めた矢先、2年進級時のあたらしい担任が自宅を訪れて、少し離れた地域のフリースクールを紹介してくれた。
そこは庭のある大きな民家を改造したところで、 小学生から高校生まで20人位利用していた。
各自好きなように過ごしている。卓球をしたりゲームをしたり本を読んだり勉強したり、と。ランチは受け持ちを決めて皆で料理する。ハイキングなどの課外活動も活発だった。指導者は引退後の教師や福祉を学んだ人たちである。ここがぴったり息子にハマったらしく中学卒業まで皆勤で通うことになった。友達もできたことが嬉しかったのだろう。

やがて高校進学の時が来た。オープンキャンパスに何校か行ってみたがどれも気にも留めない。というより大勢の中での緊張感があるのだろう。
そこでフリースクールのスタッフにアドバイスを仰いだ。
彼からはそこから近い高校の定時制をすすめられた。クラスメートは25名程。昼働いて夜に学び、4年間で卒業する。少人数が気に入ったと見え、ようやくそこに決めた。
昼は近くの工業団地の企業で働き、高校は皆勤賞。40度の熱を出した時も登校した。自宅からは遠いので下宿したりバイクで通ったり、18歳になってからは車で通学した。

そして次の進学の時が来た。電気を学びたいと、東京にある2年間の専門学校に進む。幸いにも学生寮に住むことが出来た。狭いながらも彼の個室からは満開の桜並木のキャンパスが見下ろせた。そこで生涯の友人達に出会う。彼らとの楽しい交流が何よりの収穫だったにちがいない。ラッキーなことに、10年後にはそのグループ全員が優しい伴侶に出会えている。

2年間の学業はあっという間に終盤をむかえ、就職活動に忙しくなる、、、はずなのだが、息子に限ってはわずか数社のメーカー関連会社を受けて
ストップしてしまい、卒業後はなんと5年間の引きこもりとなってしまった。その間の苦闘、そして伴侶との出会い、やがて父となるまでを次回投稿して、同じような引きこもりの子を持つ方々の参考になれば、と願っている。




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