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【短編小説】元気販売中!

 そうして人類は永遠の眠りについた。

 僕の脳裏にそんな言葉が浮かんだと同時に、昨夜の上司の言動が腑に落ちた。
 ああ、そういうことか。
 やっぱりアイツは、そういう奴だよ。
 そして目の前の怪人から視線をそらす。
 それから、現実逃避をするかのように、僕は昨夜のことを思い出す。

 仕事を終えて帰ろうとしたら、上司のクズタ氏に捕まった。
『ヒラタ、ちょっと付き合え』といつものように高圧的な態度のクズタ氏に、逆らえる者などいない。
 今日はお説教だろうか。
 それとも自慢話だろうか。
 それならば、まだいくらかマシだ。
 三、四時間で、おまけに無傷で解放される可能性があるのだから。

 煙の臭いに満ちたクズタ氏お気に入りの居酒屋で、彼はこう切り出す。
「お前、『元気100』は飲んでいるだろ?」
「ええ。もちろんです。あのおかげで安眠できていますし、疲れもよく取れます」
「そうだ。もちろん俺も飲んでいる。一日五回飲むこともある」
 そんなに飲んでもいいんですか? という質問はしなかった。
 もし、そんな質問をしようものなら拳が飛んでくるだけじゃすまないだろう。
「『元気100』は、わが社の看板商品だ。今や国内、いや世界中の人々が毎日のように飲んでいる」
 クズタ氏のその言葉は、決して嘘ではない。

 我が社が発売している栄養ドリンクの『元気100』は、美味しい、比較的安価、何よりも疲れが取れて質の良い睡眠が摂れる、ということでまたたくまに有名になった。
 今では『元気100様』と社員たちが呼んでいるほどに。
『元気100』の部署に回されたら一生安泰とも噂されている。
「ヒラタ、それでだ。『元気100』の部署に行く気はないか?」
 クズタ氏の言葉に、耳を疑った。
「それは、その一体、どういう……」
 途端に僕はクズタ氏に胸倉をつかまれた。
「だから! 元気100の部署に行け、と言っとるだろ! これは命令だ!」
 クズタ氏の酒と煙草の匂いの混ざった口臭に一瞬、くらっとした。
 酒も煙草もやらない僕からすれば、胸倉をつかまれたことよりも、この口臭がもはや暴力のようだ。
「はい、わかりました」
 僕がそう答えると、クズタ氏はにんまりと笑った。
 セクハラ・パワハラの常習犯のクズタ氏が、僕をそんな良い部署に回すだなんて……。
 これはなにかあるな。
 その悪い予感は的中していた。

 次の日、僕はクズタ氏の命令で『元気100』の特別部署へ即異動となった。
 そんな部署あったのか? と思っていると異動早々、来客だと呼び出された。
 やけに社内の奥の方にあるこぢんまりとした会議室に通され、中にいたソレを見て叫びそうになる。
 化け物がいたのだ。
 ザリガニと人間の間を取ったような化け物が、ソファに腰かけていた。
 特撮映画だったら、絶対に怪人側の見た目をしている。
 その化け物は、僕を見て立ち上がり、こう言った。
「ああ、あなたがヒラタさんですか。はじめまして」
 化け物は、そう言って頭を下げた。
 腰の低い化け物だった。
 僕の脳裏にこんな言葉が浮かぶ。
 地球は、宇宙人の攻撃により滅亡。
 そうして人類は永遠の眠りについた。
 背筋がぶるるっと震える。
 すると、化け物は何かを差し出してきた。
 僕は一気に身構える。
 恐る恐る目を開ければ、差し出されたものは名刺だった。

「え? クズタ氏から何もお聞きになっていないのですか?」
 化け物もとい、スチュアート氏は、驚いたように大きな目を見開く。
 心臓に悪い。
 僕がなぜ会議室から逃げ出さずにすんだのかというと。
 スチュアート氏が見た目に似合わず、紳士的だった、という理由が大きい。
 そして、最近ではこんなうわさも耳にしていたからだ。
『元気100』をつくったのは、うちの会社じゃない。
 宇宙人だ。
『元気100』の恐ろしいくらいの効き目といい、最近、会社の付近で見つかるUFO目撃情報といい、本当に宇宙人がつくったのかもしれないなあ。
 そう思っていたから心の準備できていた、という理由もある。
 あと、僕が無類のSF映画(特にエイリアンが出てくるもの)が好きだから、宇宙人との交流はどういう見た目であれ歓迎できる、という理由もある。
 スチュアート氏は地球から遠く離れた、カイジーン星という惑星からきたらしい。
『元気100』をうちの会社に売り込んだのは、また別の(うさぎと人間の間みたいな女性の写真を見せられた。かわいかった)人物で、その女性の寿命がきてしまい、担当を変わったのだ、と。
 色々と気になるところはあるが、目の前のカイジーン星人と話していたら、細かいことはどうでもよくなった。

「我々の惑星が持ち込んだドリンクを、地球人の方に気に入っていただけたのは非常にうれしく思っております」
 スチュアート氏はうれしそうにそう言った。
 そして、スチュアート氏は続ける。
「最初はお宅の会社の社長さんは、『宇宙人が作った栄養ドリンク』で発売したらおもしろい、と言ってくださったんですが……」
 それは、もはや栄養ドリンクうんぬんではなく、注目を集めるのはカイジーン星人のほうだろう。
 栄養ドリンクどころではなくなりそうだ。
「我々のことは隠していただき、こちらの会社がつくった、ということにしてほしいと交渉をして今に至るのです」
 スチュアート氏はそう付け加えた。
 うちの社長よりも、カイジーン星人のほうが100倍くらい地球人のことをわかっていそうだ。
 僕はようやく平常心を取り戻し、こう聞いてみる。
「それで、先ほど僕にお話したいことがあると言っておりましたが……」
「ああ、大した話ではないんですが、念のため、お伝えしておいたほうが良いと思いまして」
 スチュアート氏は、ホットミルクを一口飲んでから続ける。
「『元気100』に、副作用が見つかったのです」
「え? 副作用? でも『元気100』は副作用どころか、すべて自然由来では……」
 僕はそこまで言いかけてふと思う。
 自然にだって毒物は存在する。
 そして、カイジーン星の自然というもののが、地球人にとって安全かどうかわかったもんじゃない。
「我々は、非常に繊細な体をしております。地球人よりもずっと繊細です」
 そう言ったスチュアート氏は、「こんな体をしておりますが」というジョークを飛ばした。
 笑っていいのかわからない。
「ですから、カイジーン星の自然由来は、地球で言えば赤ん坊にも優しいでしょう」
「ほう。ですが『元気100』は赤ん坊はマズイですね。十二歳以下の使用は禁止ですし」
「ええ。まあ、念に念を押している、ただそれだけです」
「それで副作用というのは……」
 僕も愛飲している立場として、『副作用』だなんて聞き捨てならない言葉だ。

 スチュアート氏は、ミルクの入ったカップをゆっくりとソーサーに置く。
 その動作はとても優雅だ。
 だけど、僕にとっては、彼の仕草も死刑宣告を待つ囚人の気分だった。
 わざわざ地球に来てまで伝えるほどの副作用、ということは相当マズイのだろう。
 ごくり、と唾を飲み込むと、スチュアート氏は、口を開いた。
「『元気100』の成分は、基本的には飲んだ人間が眠っている間に、体の異常をメンテナンスしてくれる、というすばらしい作用があります」
「ええ、それは、とてもすばらしいですが」
「ただ、体の異常が多ければ多いほど、体のメンテナンスには時間がかかるものです」
「たとえば、風邪だとか?」
「ええ。風邪をひいていて『元気100』を飲めば、三日間は寝込むでしょう」
「それは副作用、ということですか?」
「はい。ですから、持病のあるかたは医師に相談を、という注意書きもしていただきましたね」
 スチュアート氏の言葉にうなずくと、彼は続ける。
「たとえば持病がある人間が、『元気100』を飲んだとしても、せいぜい一、二週間、最大でも一カ月は眠り続けるぐらいでしょう」
「はあ」
 ぐらい、ではないと思うが。

「実はこの辺りの副作用に関しては、すべてクズタ氏にはお話しているんです」
「何も聞いていませんね」
「そうですか……」
 スチュアート氏は、目を伏せ、それから続ける。
「ここからは、まだクズタ氏にもお伝えしていない副作用なのですが……」
「はい」
「体内に積極的に毒を摂取している場合、この副作用が強くはたらきます」
「……と言いますと?」
「場合によっては、何十年、いや、百年眠り続ける可能性もあるのです」
 もはや眠り姫だ。
「しかし、体内に積極的に毒を摂取している、というのは……たとえば」
「アルコールやニコチンですね」
 スチュアート氏の簡潔な答えに、酒と煙草が浮かんだ。
 なるほど、体内に積極的に毒を摂取、というのはそういうことか。
 そういえば、クズタ氏は大酒飲みのヘビースモーカーだ。

 僕は聞いてみる。
「たとえば、一日に大量のアルコールとニコチンを体に入れている人間が、『元気100』を一日五回飲んだらどうなりますか?」
 スチュアート氏は、目をまん丸くさせた。
 それから笑いながら言う。
「そんな地球人いるんですか?! それじゃあ自分を自分で攻撃しているようなものじゃないですか!」
「たとえば、の話です」
「そうですね、体のメンテナンスにかなりの年数がかかるでしょう」
 スチュアート氏は、少しだけ考えてからこう結論下す。
「最低でも八十年は眠り続けるでしょうね」
「そうですか! ちなみに副作用というのは、大体どのくらから出始めるのでしょうか?」
「我々が『元気100』をこちらに売り始めて二年が経つので、初期から毎日飲み続けていれば、そろそろ副作用は出始めるでしょうね」
 スチュアート氏は、そこまで言い終えると、こう付け加えた。
「ですが、体内に積極的に毒を摂取するなんていう自殺行為、さすがに地球人はしないでしょう?」
「ええ、僕はしませんね」
 スチュアート氏は、ホッとしたように息をついた。
 すると、遠くのほうから叫び声が聞こえてくる。
「人が倒れたぞー! 救急車!」

 <了>


さなコン2の一次通過二次落選作です。

「この作品は第2回日本SF作家クラブの小さな小説コンテストの共通文章から創作したものです。
 https://www.pixiv.net/novel/contest/sanacon2」


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