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狩猟業務報告:三日目

 潤った緑と土の香りが風に乗ってきそうな心地よさ、いっその事、私もこの自然の中で誰にも見られず死んで腐って土に返ってやりたいと思った途端に、草を踏む自分のものではない足音に息が止まるような緊張感が電流のように走ります。

 風が葉を撫でる。サーッと擦れる音の中、その足跡は少しずつ、そして急に速く近づいくる。しかし姿は一切見えず、目前の鬱蒼と茂る森に擬態しているのか疑似7.1chのヘッドフォンを左右逆に装着してしまったのか。いずれにしても近いのは事実で、神経を鋭い刃物のように研ぎ澄ましジッと待ち、相手より先にこちらが見つけなければなりません。

 少し右の方に音が移動し始めた為、そこへ視線をやると、おりました。

 貴重なタンパク源です。

 相手より先に見つけました。ハンドガンですら届く距離。

 できるのか。

 やれるのか。

 やれると自分の感覚が言っている。

 そう言えばハンドガンのスコアを伸ばしたかったんだ、という事を思い出し「おあつらえ向きだぜ」とコルトの45口径を素早く出し、構えて息を止める。本気で集中する時はいつもそう。字を書く時も綺麗に書きたいから息を止めるのです。

 目前を横切る鹿畜生のドテっ腹に鉛玉を撃ち込み持ち帰れなければ、業務報告に何て書けば良いのですか。長々と書いた挙句「とにもかくにも自然は良いね」とか書けばいいのですか。違います。それはもう書いた気がするし、仕留めた結果が全てなのです。

 ドンと腹に響く銃声、跳ね上がるハンドガン。走って逃げていく鹿は森の中へ消えていきました。

 せっかちなので相手が動いている最中に発砲という、当たったかどうかも分からないのですが、幸いな事に血痕を発見し「間違いない」と判断いたしました。足跡の間にぽつぽつと血痕が残り、これをたどって行けば力尽きた鹿の元にたどり着けるという事です。

 晩飯は鹿鍋だなと顔が緩んでいた事でしょう。ところが途中で鹿が右往左往したのか足跡の行方が分からなくなってしまう。なんという、なんという事か。血痕も見当たらなく完全に見失うという始末。見苦しく力任せに草をむしり取りたくなる。動物も逃げる憤怒に満ちた雄たけびを上げそうになる。地団太を踏んでから木にパンチをしたくなる。なんだよあの鹿、タフすぎんだろ。

 恐らく、急所どころか肉にも当たらず、皮ぐらいにしか当たらなかったのではないかと推測されます。結果を見ないと何とも言えないのですが、その結果が無い事には何も語れないというわけです。そりゃスコープもリフレックスサイトもない、アイアンサイトのみで撃つとなると、そういった事になる場合もございましょう。そもそもまだ自分には早かったのでは、そう感じずにはいられないのでございます。

 そんな事よりも双眼鏡を変えました。御覧のように獲物との距離が分かるようになり、飛び道具の有効射程を考慮した射撃が可能となりました。現在使用しているライフルの有効射程が150mでございますから、届くのか届かないのかの判断もこれでできるという事です。ちなみにハンドガンの有効射程が50mとなっております。

 随分動物に遊ばれてしまいました。絶対許さない。逃げた個体と会う事があるのかは分かりませんが、もう少し冷静に行動しなければならないという反省が残る一日でした。それにしても自然はいいぞ。キャンプしたくなってきました。

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