差別を薄くする

私が2回目のアマゾンレビューを書いてた時に、ある差別用語が出て『これは許されない。この言葉を書いたことを後悔すればいい』という気持ちにさせた言葉があった。それは

『水商売の女』という言葉だ。
この言葉を書いたということは、
この人間は、差別を伝承したということだ。

これは、絶対にいけない。それは私が保育園を転園したきっかけとなった出来事から、職業差別はしてはいけないと現在大人になった私が自分が受けた経験から言う。

私はいわゆる家族喰いにあった家庭で育ったため、経済的に難しい環境下にいましたが、それ以前に両親が子どもに金を掛けるのは死に金という感じだったので、自分ではどうしようもなかったというのがありました。当時は珍しい両親共働き家庭で、それは高度経済成長期の常識ではありえないという評価でした。当時の普通は夫が経営者かサラリーマン、妻は専業主婦というモデルが一般的で、私のうちは完全にマイノリティでした。母は経営者でした。仕事は、カフェのマダムでした。いわゆる喫茶店ですね。だから私は当時の喫茶店ブームの光と影を見て育っています。両親が子どもに使う金は死に金という意識だったので、投資はほとんどされていません。正直、私はなんてみすぼらしいのだろう。恥ずかしいと、ずっと思っていました。しかしながら、先に生まれた人との待遇差が常にありました。先に生まれた人は3歳から普通に保育施設に入っていたようでした。私が2才から経済苦がスタートしたので、先に生まれた人はお金に対してストレスフリーだった数年間があるのです。つまり、先に生まれた人と私は、この時点で人としての自信が別物なんです。先に生まれた人は第一子だったため、その時はまだ経済苦ではなかったし、はじめての子どもはかわいい的なアレで、普通に保育施設に入園と卒園をしています。私は両親があいつ金掛けたくないけど、一度も通園させないのはやばいだろ。1年だけでも通園させろ的な理由で、保育園へある日突然ぶっ込まれました。当然、保育園児も新参者の私も知らない人になるわけです。もう、初日から

新参者に対しての暴力が発生した。。。

女の子でした。私が登園するのを腕組みして待っているのです。母が保育園から出ると、その女の子が私を殴るのです。それがずっと続くのです。母が迎えに来るまで、ずっと私はその女の子に殴られているのです。もう、昼寝の時間以外、ずっと私を殴っている。すぐに「殴られるのが嫌だから、保育園行きたくない」と言いましたが、母はそれはいけないことだと言い、なぜか私を再び保育園に連れていって、押し込んで帰るのです。母は保育園へ行かないことがいけないと捉えたのでしょう。違うんだけどな。で、タコ殴りですよ。また「保育園へ行きたくない」ですよ。ただ、母は私が殴られていたことを知っていたみたいでしたが『無理そうだ』と判断して、途中から休んだり行ったりという感じにしましたが、その女の子の新参者を殴る行為は止まりませんでした。私は途中から気付いたのです。ママさんたちがあるワードを使っていることに。

「母子家庭の子どもだから、暴力を振るうんだ」
「水商売の女の子どもだから、なってない」

『ぼしかてい』と『みずしょうばい』。
なんぞや?と、当時の私は思っていました。どうもこのワードが出ると殴りがキツいような気がする。

まず『ぼしかてい』だ。『ぼし』がわからなすぎた。
梅干しを食べる家庭?
しらす干しを食べる家庭?
干ししいたけを食べる家庭?
切り干し大根を食べる家庭?
5歳児の限界ですよ。

次は『みずしょうばい』。
魚屋さん?
銭湯屋さん?
クリーニング屋さん?
水族館?
水道屋さん?
お掃除屋さん?
。。。水を使うお仕事はなんだろう?という感じでした。わからないんですよ。よく似ている言葉で『錦松梅』がありますが、絶対違うよな感は、子どもながらにわかりました。高級ふりかけは差別の原因になりえないです。うちでは今でも買えません。もらったけど!ただ、あることを感じていました。
『水商売ではない』両親を持つ子どもに『水商売の人は差別対象だ』と両親が口伝しているんです。自分の子どもに。そうすると、子どもが水商売をばかにする。すると、まったく関係ない、私が毎日ぶん殴られるのです。

職業差別は大人が創ってる。

差別を薄くするとしたら、
『水族館で働いているから、水商売でーす!』とか
『ウォーターサーバーを販売しているので、水商売でーす!』とか
『水産関係者なので、水商売でーす!』とか
『水素の研究をしているから、水商売でーす!(これは違うような。。。)』とか
大人がとぼける必要があると思います。そうすると、昭和から現在までつづく『水商売という言葉のイメージは少々変わってくる』と思っています。

追記
うちもカフェ経営だったので、多少水商売と言われる時はありましたが、「ママ、お皿洗ってるしな、だから水商売なのかな?」くらいな感じでした。どちらかと言うと、私的には『流されやすく安定しない』という意味ならば『河童商売』とか『川商売』の方が、それっぽい感じがします。本来、もしもウォータービジネスのことを差していたら、完全な間違いです。そっちはエンターテイメントです。

ちなみに「保母さんは暴力を止めなかったのか?」と思われるかもしれませんが、無理なんです。見ている人数が多すぎました。とても全員見ることは不可能で、私のように絶対目の届かない園児は今もいると思います。

そして、この経験から、『家でも外でも人間は無理』と思う気持ちは固定されました。


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