見出し画像

桜と推しと内緒の話。

自転車を走らせながら予備校の春期講習に急ぐ。
もうすぐ高3。始まったばかりの春休みは遊んでいる場合じゃない。
川沿いの桜並木は、チラホラと花が開き始めているのに楽しくないことこの上ないのだ。
「あー、来年の今頃は遊ぶぞー!」
吠えるように空に小さく叫ぶのだった。

 予備校終わり、リュックのポケットのスマホを確認して息を呑む。同じクラスの夏菜から衝撃のニュースが届いていた。
『遙華!数学の山口先生、転勤だって!』
『いや、ちょっと意味分かんない!』
『お父さんが新聞に載ってるって教えてくれた』
画像付きのメッセージは夏菜の言うとおりでうろたえた。次の赴任先は隣の市。
『どうしよう、推しが転勤とかマジ終わった…』
そうメッセージを打ってのろのろ家路につくのだった。

私の推しは数学教師の山口柊汰(やまぐちしゅうた)。生徒たちからはヤマセンとかしゅうちゃんとか呼ばれている31歳。授業は丁寧だけど、質問に行くとちょっとダルそうに教えてくれるのが好きだ。根性論語る系のうるさい熱血タイプが苦手だし、なんかちょっと癖のある喋り方の物静かな感じがツボ。おまけに声がいい!高1の時に初めての授業で先生の声を聞いて、一目惚れならぬひと聞き惚れしてしまったほど。落ち着いてちょっと低めの耳に優しい声はずっと聞いていられるから、苦手な数学の授業が尊くなるほど…赤点スレスレが平均点に届きそうになる程度には尊い時間なんだから先生最高!友達にしてみればどこが推しポイントかわからないって言うから布教しようと思ったけど、密かに同担拒否のなのだ。私だけがわかっていればいいの!なのに、そんな推しが転勤なんて聞いてない!抗議しようにも春休みに入ってしまったわけで、予備校の春期講習で大忙し。
「なんだよ、ファンサ少ない上にこれかよー!誰が転勤にしたんだ!」
ベッドにゴロゴロしながらハリネズミのぬいぐるみに思い切り八つ当たりをしてぶんぶん振り回すしかできなかった。

3月末、ついにその日がやってきた…『離任式』。転勤する先生を送るというアレだ。久しぶりに会う友達もいるけれど、仲のいい子とはLINEでグループ通話しながら勉強する事が多いから、教室で特に久しぶりって騒ぐこともない。
「明日さ、ヤマセンに告白すんの?」
「無理だよ、推しに告白はしないものだと決めてる!」
「夏菜、遙華は推しに正しく接してるんよ?そんなこと言っちゃだめ!」
「帆波!そうなの!わかってくれる?」
「あたしにはあんたたちの言うことは理解しにくい!だって、そこに好きな人いるのに告白しない人生とか間違ってる!それも、もう会えなくなるかもしれないんだよ?わかってる?」
昨夜、こんな感じで夏菜と帆波と課題をしながら話していた。

「で、どうすんのよ?ヤマセンにプレゼント持ってきたんでしょ?」
無意識にギュッと手に握りしめた紙袋を見て夏菜が話しかけてくる。離任式が終わって推しに手紙とプレゼントを渡すつもりでいたが、意外に推しは人気だった様子で男女問わず生徒に囲まれていて近づきようがない。
「もういいよぉ…帰る…先生の車の上にでも置いてこっそり退散するわ」
「えぇぇぇ!」
夏菜と帆波が生徒に囲まれる先生を背に歩き出した私を追いかけてくれたが、ヘタレで同担拒否の私の意思は変わらなかった。私の推し活があっけなく終わった。

予備校の春期講習最終日、いつもの桜並木を自転車でよろよろ進む。新年度から数学に不安しかないし、推しのいない世界が始まる憂鬱と春期講習の疲れとが相まってよろよろなのだ。
「ああ、もう今日は自主休校キメたいわー」
自転車を置いて河川敷にしゃがみ込む。
「ばかー!しゅうちゃんのばかー!これで数学の成績が落ちちゃうこと決定なんよー!私のやる気まで持って転勤するなー!」
はらはらと落ちる桜を下から眺めてため息をついて目を瞑った。
「誰がバカなの?」
急に影がさして好きでたまらない声がした。慌てて目を開くと推しが私を覗き込んでいる。
「あ…え?しゅうちゃん?」
私服姿の推しがそこに居た。近い!こんな至近距離の顔にスーツ姿以外見たことがない先生の私服!え?何?かっこいいんですけど!これはうろたえる以外の選択肢がない。
「私いないとだめなの?それは数学だけ?」
そう聞かれて、顔を真赤にしてぶんぶんと首を横に振って必死で否定。
「しゅうちゃんね、私の推しなの!だから高校卒業するまで一緒が良かった!」
「推し…ね?本当に俺のこと推しだけにしとくの?卒業するまで俺がいればいいの?……なんて、冗談」
すっと手を出してしゃがみこんだ私を立たせながら先生が言う。心臓の鼓動が爆発しそうなほど早い。
「今度、数学わからなくなったら教えてくれる?」
何を答えたらいいのかわからなくて出た言葉。
「ああ、いいよ。じゃ、内緒でLINE交換しよっか?俺のアパートの位置情報を送るわ」 


Pawnさんの「湯気の向こうの桜と君と。」

https://note.com/pawn_queen_sing/n/nd3af741eaed0

こちらのお話内に出てくる漫画を想像してノベライズしてしまいました。

One Phrase To Storyのお話にプラスしたストーリーは #OPTSPlus のタグをつけていきたいと思います。これからも思いついたら勝手に広げていこうかなw


                   

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?