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Music and Sound Quality -7 音質の認識

「音楽が持つエモーションをきっかけに、あと少し音楽へ近づくこと。そして、その音楽のエモーションの受け取りが、あと少しでも多く出来る再生音質の実現について、日ごろもろもろと思うところを書いていきます。第7回目です。」

(最初の投稿から1年が過ぎ、内容の見直しと加筆修正をしています)


音の特性

「音の三要素」というものがあります。それは、音量・音程・音色の三つの要素とされています。

音量は文字通り音の大きさ、音程は低音/高音というような音の高さ、そして音の色付けとしての音色になります。広義の「音質」とは、これら全てを含めた範囲をカバーするものです。


これら3つの要素の中で、音量と音程は数値的に測定可能な、「音の特性」とも言えます。音量と音程を様々に組み合わせた指標には、代表的なものでは音程ごとの音量を表す周波数特性、音量の比であるS/N比、音の歪を見る歪率などの項目があります。

これらを始めとする全ての音の測定項目とは、「質=Quality」ではなく「量=Quantity」を用いて数値化できる、定量的な指標です。

しかしそれらの測定は、音に含まれるさまざまな要素の一部分を、人が直観的に理解できる範囲で示しているだけで、音楽が伝わるための音質を表すには、ほんの一部分の情報でしかありません。


音の質

三要素の残りの1つである音色とは、音量と音程で構成される複雑な音から生まれる感覚的特性の事で、「音の質」の核心的な要素です。

この音色を少し科学的に説明すると、倍音の構成やホルマントやスペクトルなどの物理条件と密接な関係があると言われていますが、それ以上の詳しいことは解明されていません。

正弦波信号で考えれば分かることですが、音の基本は音量と音程で表すことが出来ます。音楽とは、その様な基本的な音の極めて複雑な集合体であり、その組み合わせや積み重ねには意図があり、そこから音色と言う感覚的な特性が生まれ出てきます。


言い換えれば、音色とは現在の計測技術の限界を超えた、人の感覚でしか判断できない領域で起こる、複雑で微細な事象であるために感覚的特性と呼んでいるということで、定量的な事象としては実際に起こっている事柄なのです。

そして、より本質的な音質を表す「音の質」の諸要素の中で、この音色がきわめて重要な要素になってきます。


このように「音の質」とは、定性的で人の感性に影響される領域でしか受け取る術が無く、数値・数量で表すことは出来ません。このことは、音質を測る測定器が存在しないことからも分かります。

音の三要素の1つである音色の判断が、現実的には感覚に依存したものであるということが、音楽と映像の受け取りが異なる根本的理由であり、音質の把握が困難になる原因にもなります。

そしてそのような「音の質」が実現してこそ、EQによる周波数特性調整など料理で例えればテーブルソルトのような、定量的な「音の特性」による最終調整の効果が生きてきます。


音の質の把握に向けて

測定可能な「音の特性」以外の要素からも、音質が影響を受けることは、さまざまな経験からも感じられるのではないでしょうか。そのような音の差は、時には「気のせい」として済まされてしまうことも多いのかもしれません。

しかしそのような微細なレベルであっても、その差を聴きとれる人がいるという事は、出力信号波形や空気振動にもその変化は現れているはずです。

音楽信号は、時間軸と周波数軸と位相軸と振幅軸の変動要素を持った、非常に複雑な音の集合体です。そのように測定できないほどに複雑で微細な多くの要素を、電気信号の諸変換を通し、最終的な空気振動まで忠実に伝え切る難度は、音量と音程で定義可能な単信号音を扱う場合に比べてけた違いに高くなります。


音楽の「音の質」には、音色以外にも例えば解像度・明瞭度・サウンドステージ・密度・レスポンスなどと表現される、オーディオ特有のリアリティの疑似的表現に欠かせない要素も、複雑に絡んできます。そのような再生音の音質を判断するには、繰り返しになりますが音特性測定器よりも優秀な、人間の感覚による判断が必要不可欠になります。

そしてそれを行うためには、鼓膜の振動をより詳細に検知・認識できる、脳内回路を構築していくような、経験の積み重ねが必要になります。


サラウンドで音の定位を再現し、あるいは周波数特性のような音の特性を整えていっても、どうもしっくりとしないというのであれば、それは人の感覚に基づいた高度な判断を行っているということです。

計算値があっているから問題ないなどという、定量的指標だけに頼るのではなく、そのような感覚で検知した定性的なサインを是非とも大切にしてください。

音質チャート


脳内での音質認識について

音楽は鼓膜の振動情報を、脳が判別することで受け取りが可能になります。

同様に空気振動で伝わる英語の発音を、多くの日本人が正しく聞き分けられない事と同じように、音楽でも鼓膜を揺らす音を全て聞けるわけではありません。英語発音も音質も、聞き取りには慣れと訓練が必要になります。


単純な音の場合は、脳内の聴覚野で処理されますが、音楽や音質の認知というより高度な処理は、リズム・音程・和音・音色・要素判別などの目的によって、脳内で認知される部位が異なります。

・ピッチは内耳の段階で高さの情報が分けられ、最終的には側頭葉にある聴覚野で受容される
・リズムの受容には、左半球特に小脳−基底核−前頭葉の回路がはたらく
・和音は側頭葉の前部が関与
・伴奏とメロディを聞きわけは側頭葉後下部と後頭葉の境界部がはたらく
・ピッチの高低の比較には頭頂葉と前頭葉のネットワークが関与
・前頭葉で作られた歌唱の運動プログラムは運動野に至り、喉や舌などの筋肉への命令として伝えられ、実際の運動となる
・音楽を聴いた時に生まれる感情は、本能的な部分を司る大脳辺縁系という、意識ではコントロールできない領域が刺激され生まれる


このように、さまざまな聴覚器官を経て伝えられた信号を、脳のあらゆる場所を総動員・連携して認知するという、想像できないほど複雑で高度な音楽や音質の認知では、その内容は脳内ネットワークの状態にも大きく左右されます。

鼓膜を揺らすものを、客観的に全て聞き取れるという前提で音質を聞き分けようとしているなら、あるいは聞き分けられないから差分が存在しないと断ずることは、実は基本的な前提から考え直す必要があるのかもしれません。英語発音も音質の聞き取りも、慣れと訓練が必要になります。

そのことと同時に、英語環境にいる人が英語の聞き取りが出来るようになることと同様に、音質を感じ判断できるようになることは、誰にでも可能なことなのです。


音質の認識レベルについて

音質を表す言葉には、いい音、高音質、Hi-fiなど様々なものがあり、それぞれ似た部分もありますが、使われ方には微妙に違いがあります。

一つの考え方ですが、私は音質を以下のように捉えています。

● 「いい音」とは主観的な価値観に基づいたもの。自分が良いと感じる音のことで、リスナーでも、演奏者でも、機器メーカーでも、直観的に持っているもの。

● 「高音質」とはいい音の精度を上げたもの。リスナー/制作者/メーカー固有の感性に基づき求める、主観的な良音。音質の「正解」は個人固有のもの。いい音も高音質も、自分が良いと思うことで、実在する価値になる。

● 「Hi-fi」とは、「High Fidelity = 高 忠実」という意味。“原音”に忠実な音再現を目指す、再生側の普遍的概念。原音というターゲットがあるので、主観ではなく普遍的なもの。しかし、そもそも原音と全く同じものは再現できないので、あくまで指針や方向性といった概念になる。


このように考えると、どのように具体的な高音質を目指すのかという、主体性が重要な事は明らかだと思います。

そしてオーディオの最終目標は、単に綺麗な音を出すことではなく、自分に響く音で音楽に込められたメッセージを受け取ることだと、言えるのかもしれません。


音質確認に使用する音源について

再生環境の音質を見る場合は、次のような音源を使うと良いでしょう。

共感できる曲 引き込まれる曲 グッとくる曲
明確に聞き分けしやすい音を含む曲
音を理解している曲
タイプが異なる複数の曲


評論家が雑誌記事などで紹介している楽曲を、自らのチェックに使おうと考えることは、比較的よくあることではないでしょうか。しかし、自分の心に響かない楽曲では”頭” で聴いてしまい、音楽の受け取りに重要な共鳴を欠いた状態で、判断を行うことになりがちです。

たとえ最高音質の音源ではなかったとしても、頭ではなく心が良いと思った楽曲でチェックすることが、望む音質へより直接的に到達できる道になると思います。幸いにも近ごろは録音品質の向上も著しく、以前のように良音質盤を探し回る、という必要も少なくなっていると思います。


また、何度も聴いて、詳細を覚えている楽曲を使うことも重要です。これは単に、判断ポイントを把握していること以上の理由があります。

例えば初めて使うヘッドホンで聴いた時に、今まで意識しなかった音に気が付くということがあります。このように新たに意識上に現れるものについては、比較的敏感に感じ取ることが出来ますが、それと同様に聞こえにくくなった音もあるはずなのです。

無くなったものに対する気付きは、記憶を基に行うことになりますので、その意味でも音を聴き比べする際はリファレンスとする音を何回も聴いて、よく覚えておくことが重要になります。


音量

身の回りで起こる感情の伝達とは、すなわちある種の刺激の伝達のことなので、生き物がエモーショナルになると、声や仕草が大きくなることは自然なことです。

それは音楽表現でも同じで、人に伝えるために演奏する楽器や歌声とは、強弱のメリハリを付けたり、或いは力強く深く響き渡ったりするものなのです。

このように、刺激の伝達が音楽にとっても重要であることを考えると、音楽再生環境でも十分な再生音量を確保することは、適切な音質を確保する事と同様に、基本的で重要な事柄だということが分ると思います。


この音量と音質のバランスも、人の好みや環境などの条件によって変わってきます。音質はそこそこでも、爆音のように大音量で音楽を受け取る方法や、そこそこの音量でも高音質で聴く方法もあります。

音量と音質にはそれぞれの伝達の長所がありますが、音楽再生にこだわる人はこれらを両立させるために、オーディオルームを作る場合もあります。しかし一般的には、なかなかそこまで出来るものではないでしょう。これを比較的手軽に両立出来るのが、いくつかの制約はあるとしても、ヘッドホンやイヤホンの使用ということになります。


音楽の音量に関して言えば、時代とともにより大きな音が求められるようになってきています。

例えば、現代ではホールでのオーケストラ演奏でも、スピーカーからの音の補強を必要とし、あるいは電子楽器を使用したより刺激的な音が当たり前のものになって来ています。音刺激の適正量は、現代の生活で出会う、さまざまな刺激とのバランスで考えるべきでしょう。


また人間の聴覚では、音量への許容度はかなり大きなものがありますが、それにも関わらず大きめの音で音楽を聴くことが苦手、というケースも多いのではないでしょうか。

それは単純に慣れの問題という場合もありますが、その他の可能性として、他人のエモーションに晒されることに対する無意識の拒否反応、というケースがあるのかもしれません。


今回は音質を判断するうえでの前提となる、音の受け取りについて書いてみました。

次回は、音質に変化が少ないことが特徴として挙げられる、デジタルオーディオの音質について、思う所と、更には具体的な改善手法の例を、書いていきたいと思います。

引き続き、チェックをよろしくお願いいたします。






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