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ガラスの手だな……。 長考後の一手を指したとき、野上充裕はそう思った。決して、筋のいい手ではない。だが、こういう手が、相手を惑わせることがあるのを、彼は知っている。 将棋用語では、嘘手、などと呼ばれているが、充裕は密かにこういった手を、ガラスの手と呼んでいた。脆く割れることも多いが、相手の出方次第では、光を含んだガラス玉みたいに輝くこともある。ダイヤモンドや水晶のような値打ちはない。だが、こんなガラス玉のような手に、充裕はこれまで何度も救われてきた。 今日、充裕は
このまま、天才の噛ませ犬になってしまうのか。 将棋界に現れた天才少年は、あっという間に七つのタイトルを獲得した。全冠制覇まであと一つ。私はそのタイトル戦で天才を迎え撃たねばならなくなった。 だが既に三連敗。もう後がない。 第四局の対局場は地方の高級旅館だった。 地元の関係者たちが、天才のタイトル奪冠を願う中、旅館の板場に勤める青年が、 「ずっと応援してます!」 人目を盗んで、私に声をかけてくれた。 今、私の目の前には豪勢な昼食が並んでいる。 世間でいう