子どもの想像、大人の妄想

ある寒い日の夕方のことである。

「あそこから、こっちを見てる」

知り合いの小学2年生が外の方を指さした。日が落ちて、辺りは暗くなり始めていた。

彼の指さす先にはいつもの景色が広がるだけで、変わったものは何も見えなかった。

「どこ?」
「ほら、あそこのおみせあるでしょ。そのむこうにマンションがあるでしょ。そこの3かい。いちばんはしのまどから、こっちを見てる」

彼は霊が視えるらしいと噂に聞いていたが、あんまり信用していなかった。ただ大人の気を引きたくて妙なことを言うだけだろうぐらいに思っていたのだ。でも、頭ごなしに否定するのは良くない気がしたので、話に乗って探すフリをした。

「え~、どこどこ~?」

男の子は、ビクッと身をすくめて、私の腕をつかんだ。
「ほら、あそこ。やっぱり見てる。こっちを見てるよ」と例のマンションを凝視している。

まさか、本当に幽霊が視えている? 
「誰が見てるの。男の人? それとも女の人?」

私の問いに、彼は視線を動かさずに答えた。
「女の人。サダコだよ、サダコ。サダコがこっちを見てるんだ」

サダコ? さだこ? 貞子! 

なんだ、そういうことか。子どもの想像力ってたくましい。
「え~、びっくり! 貞子がこっちみてるの。あの、テレビから出てくる女の人でしょ」
「うん、そう」
「髪がすごく長いんだよね~。怖いよね~」

微笑ましい気持ちで彼に話を合わせてやると、彼は私を見上げて言った。

「かみはみじかいよ」
「!?」

なんたる衝撃。貞子といえば長髪ではないのか。
「ショートカットってこと?」

確認すると、うん、かみはみじかい、と彼は繰り返した。

考えて見れば、『リング』の大ヒットで貞子が一世を風靡したのは、90年代。あの頃、私も若かった。

最近、髪がごわつき始めた。四十を過ぎたら髪質も変わる。ロングヘアにこだわらず、ショートカットにすべし、と書いている雑誌もあった。

幽霊といえど、貞子も寄る年波には勝てなくて髪切っちゃいました、みたいなことなんだろうか。
あの髪質でごわついたり、もつれたりしたら難儀だろうな。

それに、貞子といえばブラウン管が似合う。あれなら画面から出て来がいもあろうものだ。だけど最近のテレビ、めちゃくちゃ画質がいいし薄いし……。何より、もう令和だしな。

膨らむ妄想の中、貞子にシンパシーを禁じ得ず、どんよりしていたら、そんな私に引いてしまったのか、男の子はどこかへ行ってしまった。

その後も何度か「サダコが見てる」と彼は訴えたが、そのうち会う機会もなくなってしまった。

結局、私に貞子は見えなかった。ショートカットの貞子なら、見てみたい気がしなくもなかったのだけれども。

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