ヴァサラ戦記外伝ー疑惑の雷鳴と気まぐれな情報屋ー【ソラ、ソウゲン外伝】

ここはカタバミ街。
近年最も栄えているギャンブル街だ。

夜になれば路上に吸い殻やゴミが溜まり、微塵も機能していない政治家よりも清掃員が一番給料が高いという謎の街。

ネインという男はここで生まれた。
彼は世間は自分に甘く、なんとなく依存することが当たり前だと思っていた。

だから彼は学校へも行かず、一度も外へ出ることもなく、永遠に引きこもることにしたのだ。

彼の髪型は引きこもりとは思えないほど垢抜けて溌剌とした青色の短髪。
そして部屋は豪華絢爛という言葉が似合うほど整頓されている。

もちろん、これらは全て『両親の金』なのだが…

引きこもりが15年になった頃、両親は彼を出そうとしたことがある。

『なぜ僕がこんな目に遭わなければならない』

『僕は一生護られるはずだ』

ネインは震える体で必死に抵抗する。

ー奇跡が起きたー

…彼の奇跡についてはここでは記述しない。

なぜなら彼はこのまま一生引きこもり、ヴァサラ軍に会うことも、勇気を持って七剣と戦うことも、科学都市の陰謀を阻止することも、すべてを救う歌人に出会うこともなくその生涯を終えるのだから。

…とある場所に行くまでは。


カタバミ街のどある部屋。
うるさいくらい明るい水色の髪の男はやけに上機嫌だ。
その男の左目には大きな傷。そして借りた部屋にも関わらず乱雑に紙が散らばっている。

彼の名は七福。
本当に一時期だがヴァサラ軍の五番隊隊長を務めたことがあるほどの男だが、とてもそうは思えないほどだらけた生活をしており、性格もふざけた男だ。

今は法外な値段を請求する悪辣な情報屋をしており、床に散らばった紙は顧客情報と全くいい加減すぎる。

七福は今ベニバナという場所で妻と子どもと暮らしているのだが、今回は妻に無理を言って単身カタバミ街へ行かせてもらったのだ。

というのも今日はある吟遊詩人がやってくるのだ。

「お、そろそろじゃん?」

七福が窓を開けると、陽気な男の声が響く。
双眼鏡で除く先にはピエロの格好をした陽気な男。
彼は自分を『お喋りピエロ』と名乗っており、毎回違う街にふらりと現れては、面白い話をしていく。
七福はこの人の話が大好きなのだ。

「さぁ、始まりました!お喋りピエロのトークショー!今日もよろしくお願いします!最近ちょっと問題になってるじゃないですか?引きこもり問題。この街では特に。デリケートな問題だと思うんですけど、引きこもりたい気持ちもわかるんですよね…俺。この間なんてこの格好のまま警邏隊に追われたんですよ!で、こんなことやってる傍らメイクなんて落とせないじゃないですか?『職務放棄したくないプライド』みたいな?まぁ仕事じゃなくて趣味なんですけどね?そん時はマジで洞穴にでも永遠に引きこもりたいって思いましたね。洞穴で喋って蓄音機を皆さんのところに配達する的な?」

「ハハハハハ!」

七福は上機嫌に笑い飛ばす。
この日のために頑張ってきたと思うほどに楽しんでいた。

しかし、そこへ一匹の黒猫が飛び込んでくる。

彼の名前はソラ。
こう見えて七福の相棒だ。
その理由は。

「七福!大変だよ!」

「おう、ソラじゃねぇか。今いいとこなんよ、な?」

「そうじゃないんだって!七福!」

ソラは人間の姿になり、窓を強引に締めて振り向かせる。

そう。ソラは人間にもなれる特殊な種族なのだ。
中性的な青髪の男に変化したソラは猫のように七福の腕をつつく。

「うおお…自分から変身かよ…よっぽどの事か?お喋りピエロを中断するほどに?」

「だからそう言ってるだろ!これ見てよ!」

ソラが手渡したのは二枚の手配書。
そこに写っているのはフードを被り、ギザギザの歯をしたカルノという男。
もう一枚は金髪の長髪にカッコつけたような表情。かつてカムイ七剣と呼ばれたカムイ軍の最高幹部の一人、ライチョウだ。

二人は大量殺人犯として指名手配されている。

「…は?おい…コレって…?」

「僕もわかんないよ、でもカルノ君は殺人なんてしないでしょ?気分屋で暴力はふるけどさ…」

「ああ。それに」

「「ライチョウはもう死んでる」」

ソラは噂を聞き込みしていたらしく、証言を紙に書きながら話を続ける。

「事件があったのはここ、カタバミ街。通り魔的にもう15人。電撃を食らったように倒れたんだって。で、その人たちが言うには『フードを被った男と長髪の男の電撃にやられた』だってさ。」

「カルノはなんて言ってるんよ?」

「やってないって。彼のことは君の奥さんが匿ってるから大丈夫だよ。『ワタシが責任持って匿おう』ってさ。」

「ん、なら安心。ただ…あいつ並の雷なんてそうそういないよな、それこそこのロン毛とかな」

七福はもう一枚の手配書を机に乗せて大きなため息をつく。
この事件に関わるべきもう一人の事を考えていたのだろう。

「こいつのことに関しては…」

「ソウゲンちゃん。だね」

彼女はすぐにやってきた。綺麗な浅葱色の髪。額に傷こそあるが、暴力的とも言えるスタイル。美しい容姿で、それ以上に人を惹きつける魅力があった。

「ライチョウさんはこんなことしない!なにかの間違いです!」

彼女は来るなり七福に詰め寄る。彼女はライチョウを思うと少し暴走してしまうが、それこそ今回は役に立つと七福は踏んでいた。

「落ち着け。俺もそう思ってんよ…あいつならこんなまどろっこしいマネはせん。ハデに街ごと落雷落としてドーンだ。」

「なら…」

「世間はそうは思わん。それにライチョウは死んでる。お前は俺に『ヴァサラ軍も知らない、ライチョウの安らかに眠れる場所』の情報を求めてきたもんな。カムイとの大戦直後によ」

そう、今はヴァサラ軍とカムイ軍の大戦は終戦しており、ライチョウは亡くなっているのだ。

だからこそソウゲンは七福に『ライチョウの墓』を建てられる場所の依頼をしたのだから。

「だからさ、ソウゲンちゃん。僕らで調べよう、この街で何が起こってるのか、敵は誰かを…」

「ソラさんも協力してくれるんですか?」

彼女は七福やソラと共にとある科学都市の陰謀を止めたことからソラの正体を知っている。

「うん、協力するよ!カルノ君も巻き込まれてるから。でしょ、七福。」

「ああ、俺らで調べんぞ。この街に何が起こっているのか…」

「それに、ヴァサラ軍の助けは見込めない…引退した隊長だけならまだしも、かつての宿敵の幹部の疑いを晴らそうなんてムシのいい話はない。わかるよね?それでもやる?」

ソラは強く念を押す。
援軍が来ないということは死ぬリスクも高まるのだから。

しかし、ソウゲンの瞳には決意の火が灯っていた。

「はい!私は絶対ライチョウさんの疑いを…!!」

突如ドアが開けられ、全身にターバンのようなものを巻いた男が斬りかかる。
ソウゲンは咄嗟にそれを受け止めるが、力強い雷撃で吹き飛ばされる。

「この雷の感じ…ライチョウ…さん?」

その力は確かにライチョウのようだった。
しかし、次の極みすら使わないソウゲンの刀の一撃に、ターバン男の刀が払われる。

「うわっ!ゆ、許してください!!ちょっとしたイタズラなんですよ〜」

「え?」

ソウゲンは驚いて刀を止める。

その情けない声と下手糞な剣術は明らかにライチョウのものではない。
それならあの雷鳴は一体何だったのだろう。


男はパンツ一丁にされて部屋で縛られている。 

「あの?七福さん…これは流石に…」

「こうしないと逃げるんよ。この手の輩は…ヴァサラ軍に暴行されたなんて警邏隊にチクられてみろ。迷惑かかんぞ。」

「ふ、フン!解放されたら言ってや…いでえええ!」

七福とソウゲンのやり取りにまだつけ入るスキがあると思ったのか、男は笑って暴言を吐こうとした瞬間、猫化したソラに足の裏を引っ掻かれ、絶叫する。

「な、なんだ?黒猫?さっきここにもう一人いただろ?」

「…いないぞ?」

「…いませんよね?私と七福さんとこの子の二人と一匹。幻覚?危ない薬でも打ってます?一刻も早く解剖を!」

「そうだな。こりゃまずい…」

「わあああ!わかったわかった!撤回撤回!お前らが聞きたいのは雷の話だろ?言う!言うから!」

男は二人が刀を抜くのを慌てて静止するとバツが悪そうにぽつぽつと話し始める。

「…ある日突然なんだよ…この街の離れにゴミが大量に不法投棄された場所がある。不良の溜まり場ゴミ溜めなんていうがね、そこで俺含む不良グループ数人がいつもみたいに大喧嘩してたわけよ。そこにいきなりどでかい落雷。死んだと思ったね…全員それに打たれたわけ。全員だぜ?どんだけ広範囲だよって話。そしたらそこにいる全員この力が使えてた…恐怖の権化、カムイ七剣並みだぜ。あ、なんか磁力を帯びてるやつもいたっけ?ハハハ、笑えるだろ。神様に選ばれたつーかさ、だからちょっとあちこちでイタズラを…「ふざけるな!!」

突然ソウゲンが男の肩を掴み怒鳴りつける。
確かにヘラヘラと自分のやったことを武勇伝のように語る男の反省していない態度には七福もソラも腹が立つものがあったが、まさかソウゲンが飛びかかるとは二人も予想外だった。

「ソラ、何でああなるなら止めんのよ」

「知らないよ、誰だってソウゲンちゃんがああなるなんて思わないでしょ。」

二人のひそひそ話が進んでいる間にソウゲンの怒りは更にヒートアップしているようで、男の肩を激しく揺さぶり怒鳴りつける。

「あなたが七剣ほどの力を扱えると思ってるの!!七剣ですら多大なリスクを背負って使ってる力なんだ!」

「いや、でも…リスクない…「そういう話をしてるんじゃない!」

「そんな力を使って街で強盗でもしたらどうなるか、あなたぐらいの年齢ならわかるでしょう!教えなさい!その力を手に入れたゴミ溜めの場所と、力を手に入れた人達の事を!」

「お、教える!教えるけど…」

男はなにかに怯えるように震え出す。

「んあ?なんかビビってね?お前。」

「さ、最近あの周辺の道でたくさんの人が行方不明になってるんだ!『神隠し商店街』なんて呼ばれててて…」

「『神隠し商店街』?ソラ、なんか情報ある?」

「ニャー?」

ソラは首を横に振る。そして七福の肩に乗り、こそっと耳打ちする。

「いつかの船と同じパターンかもしれないよ…」

「ん。俺もそう思う。誰も帰ってきてないってこった」

二人は男に服を渡しそのまま追い返すと、ソウゲンとともにその商店街へ行く。「七福さん、大丈夫なんですか?なんの下調べもなく行くなんてあなたらしくないというか…」

「調べようがないかんな。誰一人帰ってきちゃいないんだろ。」

「だからこそ円明(えんめい)は置いてきてもらったんだよ。ゴメンね、なんの説明もなく『愛刀を持ってくるな』なんて言っちゃって」

円明とはソウゲンの愛刀で、軽い鍔迫り合いでもとある鳥のようなけたたましい鳴き声が響き、激しくぶつかり合おうものならまるで雷鳴のような音が周辺に鳴り響く。
ライチョウがソウゲンに渡した今となっては形見の刀。
普段の戦で自身の居場所を教えるのには最適だが、今日のように何かを探るのには不向きだ。

「いや、今回のような時には持ってくるべきじゃないのはわかりますし、そんなことで駄々をこねるつもりは…ん?」

ソウゲンは何かに気づいたかのようにピタリと立ち止まる。

「どうしたよ?」

「いや、あの時計…全く動いてないような…」

「よく気づいたね、僕も妙だと思ってたんだ…パン屋に肉屋、しっかりした商店街のはずなのに匂い一つしない。僕は鼻がいい方なのに不思議だよ。」

「つーかさ、この商店街おかしいぞ。ベンチも公園の遊具も…全部紙だ…ペーパークラフトってやつだな」

「紙…?」

ソウゲンがベンチに触れようとした瞬間、上空から巨大な馬車が落ちてくる。

「火の極み:焔薙(ほむらなぎ)!!」

ソウゲンが放った白い火柱は馬車を焼き尽くし、空中で焦がす。

「なにかがすでに起こってるみたいだね…僕は周りを探ってくるよ!頼んだよ!七福、ソウゲンちゃん!」

「おう!頼む!」

ソラは猫の姿になり、周辺の店へ駆け出していく。

七福とソウゲンの頭上には次々と巨大なものが降り注ぐ。

「やるしかねぇな…行くぞ!」

「はい!」


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