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劇場版ヴァサラ戦記:ホオズキ村の怪異と妖怪寺院

【大人気アニメ劇場版あるある】違う脚本家が手掛ける大人気作品



ルナ、イメージイラストイラスト
提供:ロロたんめん様


『近いうちに、また会おうね…愛しのラショウ君♡』

「誰なんだ貴様はッ!!…また同じ夢か」

この国全土にその名が轟くヴァサラ軍、覇王と呼ばれる総督、ヴァサラ。それを守護する十二神将の筆頭とも言える1番隊隊長のラショウはここ数日奇妙な夢に悩まされていた。

誰かが夢の中で自分に語りかけてくる。
その夢の中で自分と顔もわからないそいつはまるで恋人のような関係になっているのだ。

「カムイ軍の新たな敵か?」

可能性はある。
『夢を操る超神術。』カムイの呪力は日々進化している、そういった無防備な状態を付け狙う能力者がいてもおかしくはない。

さらにラショウにはその疑念を色濃くさせる出来事が起きているときにも頻繁にあった。
その女の幻聴が聴こえ、立っていられないほどの頭痛が起こる。その頭痛は右目の奥から発生し、刺すような痛みとともに頭全体に広がっていく。

「アイツの手を借りるしかないか…」

そう呟いて向かった先は6番隊隊舎。ここにはあらゆる病を治せる隊長、ハズキがいる。
年齢をイジらなければの話だが…。

「ラショウ、珍しいじゃないここに来るなんて。ま、来ると思ってたけど…むしろ遅いくらい」

「どういう意味だ?」

「ヒルヒルがあんたの体調気遣ってたわよ、『ラショ兄の様子がおかしいんだよ!ハズキ隊長ぉ~』ですって、あんたが思うより隊員はみんな気にしてるんじゃない?」

ハズキはラショウヒルヒルに伝えられたラショウの状態をメモしたカルテに目を通しながらタバコに火を付け、優しい笑顔を浮かべる。

無愛想で無口なラショウだが、やはり隊員からは絶大な信頼を寄せられ、体調を気遣われることもあるらしい。
特に新入りのヒルヒルはラショウを『ラショ兄』と呼び、崇拝しているほどだ。

「あいつの口調まで真似しなくていい、それで?俺はどんな状態だ?」

「う~ん…これがカムイ軍の超神術ならこっちとしてもやりやすいんだけど…群発頭痛とかなら痛みを和らげるしかできないわね、ある意味超神術よりも厄介よ」

「その群発頭痛とやらは幻聴も聞こえる代物なのか?」

「あまりに痛みがひどいならね…どうする?今日の任務、あたしがかわりに行く?おじいちゃまには言っておくわ」

ハズキは隊長である前に医者だ。重病人を任務に出すことはなるべくしたくはない。

「余計なことを言うな。俺が行く」

ハズキは「言うと思った」と言わんばかりの深いため息をつき、自分もラショウに同行することを告げる。

「もう一人…連れて行かなきゃならないの、11番隊から」

「11番隊だと?」

これ以上ないというくらいラショウは眉をひそめる。
彼は11番隊隊長のパンテラが大嫌いなのだ。大事な隊長会議の際に本気で斬り殺そうとするほどに。
そんな11番隊の隊員が同行する。それだけでラショウの頭痛が増幅することだろう。


ここはホオズキ村。ラショウが育った村。
いや、育ったというほど大層なものではない。
正式に言うと『迫害され続けた村』だ。

ラショウは鬼と人間の半妖である。
そのことでヴァサラと出会うまで迫害され続けていたのだ。
加えて今は原因不明の幻聴と悪夢と頭痛、ラショウの気分は最悪なものだった。

「だから言ったじゃない、代わろうかって?」

「うるせぇ、で、オマエはあのイカレ野郎から同行を頼まれたのか?」

「おう、パンテラ隊長が『ラショウちゃんの体調見てきてよ』って言うからよ。よろしくな、ラショウ」

「ラショウ『さん』だ!」

少し生意気なこの少年の名はジン。覇王を目指す少年で、11番隊の隊員でありながらヴァサラの直接指導を受けている。
その甲斐もあってか『隊員』という立場にいながらカムイ軍の副隊長を二人も倒している。
実力は申し分ないが、まだまだ未熟な部分が多いため、隊長の同行なしには任務は任せることができない。

もっとも今回は11番隊隊長の一存で同行するらしいが…

「こんな時だし人は多いほうがいいんじゃない?」

「妖怪退治ぐらいたいした任務じゃねぇ」

任務の内容は、まるで妖怪絵巻のようにホオズキ村に大量発生し、盗みや破壊行為を行う妖怪を退治することだった。
昔からホオズキ村には妖怪が住んでいたが、そこまで大量に、しかも攻撃的ではなかった…というよりは人間という妖怪側からしても得体の知れないものに手を出そうなどという物好きはほとんど存在しない。
だからこそどちら側からも得体の知れないものとして見られてしまう半妖のラショウは人間からも妖怪からも迫害を受けていたのだ。

「ヒイイ!私達の術が通用しない!誰か助けて!!」

「お、お願いです!せ、せめて主人、主人だけでもお助けを!」

「こんな時に何を言ってるんだ!お前だけでも助かりなさい!」

「グルル…」

声のする方へラショウ達が向かうと、妖怪に襲われている夫婦を発見した。
夫婦は互いをかばい合い、どうにか妖怪から愛すべき片割れを逃がそうとしている。
服装から察するに雇われた妖怪退治屋といったところだが、どうやら力が足りなかったらしい。
対する妖怪は明らかに理性を失った様子で今にも夫婦に襲いかかろうとしている。

「狼男か…」

ラショウは刀を静かに抜く。
狼男とはたちの悪い妖怪で、狂犬病のように噛み付いた人間を狼男にしてしまう。
よく言われている『月を見たらなる』といった生易しいものではなく噛みつかれたら記憶を失い、血肉を貪る狼男となってしまうのだ。
病状を心配しついてきたハズキがいるのが幸いだろう。もしも人間だった場合、治療ができる可能性が少しでもあるのだから。

「グルル…」

「グオオ…」

「ガルルル…」

狼男は三人共ラショウに向き飛びかかる。

「お前らを倒すのには極みもいらねぇ」

ラショウは攻撃を軽々避けると一匹ずつ斬り伏せていく。
この程度であれば頭痛など全くハンデにならないらしい。

「ありがとうございました、私は退治屋の輪廻、彼女は妻のエリザと申します」

「エリザです。敵の数が多すぎて私達では倒しきれなかったので…助かりました」

夫婦は震えながら立ち上がり、名を名乗った後ラショウに礼を言う。

「…待て」

ラショウは夫婦の礼に返答することもなく、二人に言葉をかける。
突然の言葉にハズキも治療の手を止める。

「以前、俺と会ったことがないか?」

「え?以前…ですか?」

その質問に夫婦は困惑した様子を浮かべるが、輪廻が代表して話し出す。

「もしかしたら…何処かでお会いしてるかもしれませんね、退治屋になったのは最近ですし、なった理由もヴァサラ軍が我々の村を妖怪から救ってくれたからですし…強さへのあこがれといいますか…私の村では退治屋の有名な先生がいるということでヴァサラ軍ではなくそちらに入ったという形なので…あ、私だけじゃないですよ?妻もです」

「随分と長話だったがお前らが総督(ジジイ)に憧れていることだけはわかった。俺がどこかの街で見かけただけなのかもしれないな…だが…」

聞こえないくらいの声で『だが…』と呟くとラショウは何かを考え込むように夫婦から目を逸らす。

「年齢的にも新入りね、あまり命を投げ捨てるようなことしちゃだめよ。」

ハズキは治療をテキパキと進め、村の出口まで同行し、夫婦を見送った。

「おい!あっちにでかくてボロい寺院があるぞ!もしかしたら妖怪はあそこから来てるのかもな!」

いつの間にか別の場所を探索していたらしいジンが戻るなり叫ぶ。
手柄を立てれるかもしれないという気持ちが先行しているのだろう。

しかし、寺院と聞いた瞬間ラショウの表情が一変し、ジンを睨みつける。

「な、なんだよ…」

「その寺院には近づくな」

「でもよ…」

「近づくなと言っているんだ!…任務はこれで終わりだ」

「わ、わかったよ」

「…」

ラショウは語気を荒げジンを黙らせるとヴァサラ軍の元へと帰還するため、村とは逆方向に歩みを進めた。


「戻ったが、ラショウ。お前に客じゃ」

戻るなりヴァサラ軍の総督であり覇王と呼ばれる男ヴァサラが、待ち構えていた。
どうやらラショウに会いに来た人物がいるらしい。

ヴァサラの部屋には青い髪のサラサラのロングヘアをなびかせ、悪魔のような角と漆黒の羽根、先端の尖った尻尾をしたゴスロリのような服装の可愛らしい女性が座っていた。
どうやら多少の戦闘はできるらしく、手には真赤な刀身をした刀を持っている。

ラショウはその女の姿を見るなり引き攣った顔をする。

「ルナ…」

「久しぶり、ラショウ君。相変わらずかっこいいね。アタシの前でくらいマスク取りなよ〜」

「いつまで俺に付きまとうつもりだ?」

「つきまとう…?アタシたち恋人同士でしょ?」

ルナと呼ばれた女性は衝撃的な発言をする。
しかし、どうも会話が噛み合っていない様子だ。
しかもラショウは『つきまとう』と言っている、室内は敵対勢力と戦いが始まるのとは違ったベクトルの緊張感に包まれていた。

「でも悲しいわ、もう今じゃ貴方に会えるのは夢の中だけなんだもん」

その言葉を聞いたラショウは刀に手をかける。

「このところの幻聴、頭痛…原因は貴様か…」

「そんなことになるなんて思わなかったもん…まだまだ使いこなせてないなぁ…この術…やっぱりアタシが半妖だからかな?」

「どうでもいい、目的を話せ」

ラショウが高圧的にルナに詰め寄る。
そんな状況をこっそりと覗く男。2番隊隊長のイブキだ。

「ったくよーラショウのやつ、先帰りやがって…おかげで迷っちまったじゃねぇか」

「あ、ジンく〜ん、良いところに来たねぇ…」

「イブキのおっさん。何してんだよ?」

「いいからいいから、こっそりこっちにおいでよ、面白いものが見れるよぉ~」

「面白いもの?」

「ラショウくんが彼女連れてきたんだ〜」

「え?え…えええ〜!!」

ジンはこれ以上ないくらい驚いた表情を浮かべ、イブキが見ている覗き穴に顔を近づける。

「どーせあの無口で無愛想なラショウだ、どんなブサイクな女…ってめちゃくちゃかわいいんですけどおおお!」

ジンは思わず白目を剥いてツッコミを入れる。

「でもよ、イブキのおっさん、あんな子がヴァサラ軍に入ってくれたら隊内の環境が潤うよな」

「ナイス、ジンくん!さっそく総督に相談相談〜」

「ルトはガサツでガキだし、ハズキ隊長はもう結構な年齢だし…げっ」

ジンが振り返った瞬間、阿修羅の如き表情をしたハズキが立っていた。
退治屋夫婦の治療を終えて帰ってきたらしい。

「あー、お帰りなさい、ハズキ隊長…」

「どの臓器から解剖されたいのかしら?」

「御免よぉ…ジンくん…僕達もう終わってるんだぁ…」

イブキは何かを注射され倒れ込む。

「イブキのおっさん!」

「ただスポーツドリンクを注射しただけよ、酒さえ飲んでなければ害はないわ…飲んでたみたいだけど」

「ゴメンなさああああい!!!」

外の騒ぎが聴こえたのかルナは微笑みながらラショウを見る。

「何がおかしい」

「賑やかで楽しそうだなって…あのときのラショウくんとは大違い、アタシもヴァサラ軍入りたいなぁ…」

「ふざけるな、ヴァサラ軍はお前のような…」

「良かろう、これからお前は1番隊隊員のルナじゃ!」

「おい!」

ヴァサラの快諾にラショウは意義の声を上げるが、すぐに引っ込めた。
どうせ「気分じゃ!」と言い出すのは明白だからだ。

「あれ〜?ラショウちゃん、任務終えたかと思ったら彼女とイチャイチャお帰り?鬼もだいぶ丸くなったねぇ〜?」

隊舎へと向かうところでラショウは一番会いたくない人物と出会う。
11番隊隊長のパンテラだ。
二人は昔から犬猿の仲なのだ。

「今日は何かを仕掛けに来たわけじゃないよ、ジンちゃんを回収に来たんだ〜もっともそっちがやる気なら喰っちゃうけどね~ぱっくんちょ★」

「饒舌な山猿が…」

二人は刀を抜いてぶつかり合う。
瞬間…
ルナが二人の刀を自分の刀で受け止める。

「お、落ち着いて、ね?仲間割れは良くないよ?」

「な、なんだ!?この女隊長二人の刀を受け止めるなんて!どんなパワーしてやがる!?」

ハズキのお仕置きを受けたジンが目覚め、隊長二人の刀を受け止めているルナを見て驚愕する。
もしかしたらとてつもなく強いやつなのか…?と

「脅かしてごめんね〜、アタシも半妖だから力だけはあるの。それと、緋色の愛(スカーレット)」

超神術のような言葉を呟くとさらに力が上がったのか二人の刀を弾き飛ばす。

「愛の力があればアタシの力はさらに増幅するから…これは色々あってつけた力なの…超神術?極み?そんなのに近い力みたい」

「へぇ…君も美味しそうだね、でもいいや、帰るよジンちゃん」

パンテラがジンを連れて帰ろうとした瞬間、ルナがジンに駆け寄る。

「半淫魔(サキュバス)のルナです。よろしくね!」

「お、おう…」

照れたのか少し動揺したジンの耳元にルナは口を持っていく。

「これからしばらく1番隊の隊舎にいるから、遊びに来てね♡」

「…ブハァ!!」

刺激が強すぎたのかジンは鼻血を吹き出して倒れた。

「あまり余計な真似はするな」

「それはアタシのセリフ…ラショウくんに何かあったら、アタシ死ぬからね。原因の人殺してから」

「おい!」

「冗談冗談!半分冗談!」

ルナはおどけて1番隊隊舎へ向かう。
ラショウは言いようのない不安にかられていた。


1番隊隊舎では、全隊員が集められていた。

「あ~、えーっと、ルナです。よろしくね」

「うんうん、ラショ兄にふさわしい女だな。こんな美女だもんな。誰もが惚れちまいそうな女だな!」

人一倍色々な感想を述べるのは隊員のヒルヒル。自称『ラショ兄の一番弟子』らしい。
すぐ逃げるが…
どうやらその感想は的を得ているようで、1番隊全員がルナをぼーっと見ていた。

「みんな優しくて安心したー!」

「俺もだよ!こんなかわいい子が来るなんて!隅に置けないっすね!隊長」

「ツバキ、タジョウマル、アイツから目を離すな」

「そりゃ目を逸らせって言われても見ますけど…」

軽口を叩きながらも二人は『何かある』事を察知し、バレないように監視を始める。

「ねぇねぇ!他の隊にも挨拶行っていい?」

「勝手にしろ」

「ありがとー!」

ルナは隊舎を飛び出し、各隊に挨拶して回った。
イブキに触られそうになったり、ビャクエンの長話に付き合わされたり、アシュラは全く話に応じてくれなかったが、なんとか挨拶は済んだらしい。

「それにしてもその刀の色珍しいな、誰に作ってもらったんだ?」

ヒルヒルがルナの刀を物珍しそうに眺めながら尋ねる。
刀身が真っ赤に染まった刀というのも不気味で珍しい。

「これ?これはラショウくんの牙から作ったの…妖刀『修羅』なーんて名前にしてみたり?」

「そうかそうか!ラショ兄の牙からな!って…えええ!!そんな最高の刀なのか?」

「昔色々あって…って!!きゃあああ!!」

ルナが会話を続けようとヒルヒルに向き直った瞬間、刀を狙ってヒルヒルが飛びかかってきた。

「その刀はラショ兄の右腕である俺様が使う!この刀と交換だ!」

「ちょっと!何急に!!これは大切なものだから駄目なの!!」

ルナが振り払うと、ヒルヒルは柱まで吹き飛ばされ気絶した。

「う~ん…」

目覚めたヒルヒルは再びルナの刀を狙おうと立ち上がるが、『刀をもらった理由を話す』の一言で大人しく座った。

「アタシとラショウくんは半妖同士、孤独を解りあった仲なの」

「孤独を解りあった仲…」

時を同じくして

「じいちゃん、ラショウとルナの関係ってなんなんだよ?」

「ラショウに聞け、戯けが…と本来なら突っぱねるところじゃが…今回は話さねばなるまい…ハズキが治療した退治屋夫婦の傷跡に例の『妖怪寺院』に住む妖怪の血液と匂いがしたと報告を受けているからのう…」

「なんだよ、その『妖怪寺院』ってのは」

ジンがヴァサラとの修行を終えた後、ラショウとルナの事を聞く。

「ルナは、ラショウのたった一人の理解者じゃった…」


数年前
ーまだ名もなきラショウが人間と妖怪双方から迫害を受けていた頃ー

「寄るな化け物!」

「鬼だ!食われるぞ!」

「ち、違う…ぼ、僕はみんなと仲良く…うわっ!」

人間の子どもの投石が額に当たりラショウは流血する。
しかし、数秒後にはその傷が塞がっていく。
その光景を見てさらに人間の子ども、大人ですら驚愕し、石を投げつけた。

「僕には妖怪が似合ってるのかな…でも妖怪のみんなは僕の血は人間のものが混ざってるから気持ち悪いって言うし…僕は独りだな…」

ラショウは零れる涙を必死に止めようとするが、止める術がわからずその場にうずくまる。

「君も一人?」

ラショウに声をかけた少女が隣に座る。

「君は?」

「アタシはルナ、淫魔の半妖なんだ、君と同じだよ!仲間だよ」

「仲間…?よくわからないけど僕と仲良くしてくれるの?」

「もちろん、っていうかアタシの方こそ気味悪くないの?」

「悪くないよ!嬉しいよ!」

ラショウは初めてできた友達に笑顔を向ける。
笑顔を向けることすら初めてなのだろう、少しぎこちない表情で。

「また来てもいいかな?」

「もちろん!明日も会お!約束!」

「うん、またね!ルナちゃん。」

次の日もルナはそこにいた。ラショウは言いようのない感情とともにルナのもとへ向かう。
それは後にヴァサラが人間として認めてくれた時の心の暖かさとは別物だった。
なにか締め付けられるかのような暖かさ。この感情をラショウはまだ知らない。

「うわっ、なにそれ?刀?」

「違うよ!木刀!…ってある意味刀か…今度君がいじめられたら助けてあげるね!」

「ぼ、僕も!僕も絶対ルナちゃんを守るよ!どんなことがあっても守る!約束だ!」

「指切り…しよっか?」

二人は小指を結んで契りを交わす。
小指を離すや否やルナは口づけをしようとラショウの顔に唇を近づける。
ラショウは顔を赤くしながら後ずさった。

「わ!な、何?いきなり!?」

「淫魔のキスは契りの証ってお母さんから聞いたから。」

「そ、そういう一生を費やすような契約は大人になるまでやったらだめだよ!?そうだ!」

その代わり、とラショウは呟くとケースに入った白く長い破片をルナに差し出す。

「これは?」

「この間生え変わった僕の牙だよ。父さんが『鬼の牙は強力な呪力を持った御守りになる』って言ってたから…君にあげる。きっとそれが僕らを繋いでくれるから…」

「フフ…ありがと…アタシまたここに来るのが楽しみになっちゃった!ところでさ」

ルナはラショウに微笑みかけるとずっと思っていた疑問をぶつける。

「君、名前は?」

「名前…」

「うん、教えて?」

「ないんだ…名前…」

ルナは目を丸くしたが、すぐにラショウに向き直って笑いかける。

「そっか…じゃあさ。アタシが決めていい?君の名前」

「あはは、そうしてくれるとうれしいかも。」

「よーし!じゃあ明日待っててねー」

「うん!ルナちゃんといるとホントに時間が早くて…楽しくて…でもなんか少し苦しくて…でも楽しくて…何言ってるんだろうね。ごめんね」

ラショウは自分の感情がうまく表現できずモヤモヤしたままルナと別れた。
明日『自分の名前』がもらえることを喜びに感じて。

しかし、名前は告げられることは無かった。

翌日、いつもの場所へ行くと、大柄な体格の男にルナが捕らえられていた。

「ルナちゃんッ!!」

「へっ!もう一人の半妖が来やがったぜ!村のやつらの言う通りだ!」

大柄な体格の男はこん棒を構えて下卑た笑みを浮かべる。

「誰だお前は!ルナちゃんを話せッ!」

「俺様はフリーの用心棒のオルカってんだ!この場所で半妖が村を滅ぼそうと企んでるって聞いたからな!お前もこの化け物同様挽き肉にしてやるぜ!」

「彼に手出しはさせないッ!守るって約束したんだ!」

オルカの腕から逃れたルナが木刀で応戦しようとするが、あっさりと片手で受け止められ、頭にこん棒の一撃を喰らい、意識を手放した。

「ルナちゃんッ!うわああああああ!」

慟哭に呼応するようにラショウの全身に力が満ち溢れる。
まさに『妖の王』とも形容されるほどの禍々しい力だ。

「へっ!かかってこい!化け物」

「許さない!絶対に」

「許さないだァ?テメェはここで死ぬんだよ!!」

オルカが振り下ろしたこん棒を片手で受け止め、握り潰すと腹部に一撃を入れる。
その一撃はオルカの巨大な腹に風穴が開くほどの威力だった。

「が…あ…」

「ハァ…ハァ…ルナちゃん…目を覚まして…」

「大丈夫ですか?」

ラショウの元に優しそうな老夫婦が駆け寄る。

「誰?」

老夫婦のうち、男の方がラショウを安心させるように頭に手を起き撫で回す。

「私達はね、『妖怪寺院』と呼ばれるところに住んでいるんだ。君らのような居場所がない妖怪を保護するためにね。この子は我々が保護するよ。身よりも無いみたいだから家族としてね」

「どうして身寄りがないってわかるの?」

「村中を回って調べたのよ。君らみたいな孤独な子達を…」

女性が地図のようなものを出して説明する。
地図のあらゆるところに印が付けられているのを見るあたり本当だろう。

「そっか…ルナちゃんをよろしくおねがいします」

「君は来ないのかい?」

男性は去ろうとするラショウに疑問をぶつける。

「僕は…鬼の王の息子で…皆に迷惑を掛けるから…ごめんなさい」

「そうか…」

男性は寂しそうな表情を浮かべラショウから目を逸らす。
どれほどの差別を受ければここまで卑屈になるのだろうか、人間が推し量るのは不可能だろう。

ラショウは思い出したようにルナに駆け寄る。

「やったねルナちゃん!家族が増えるよ!」

ラショウは眠っているルナに精一杯の笑顔を向けると逆方向へ駆け出す。

「何かあったら頼るんじゃぞ!わしらは妖怪寺院の東照(とうしょう)とバートリーじゃ!」

「ありがとう!覚えとくね!」


「そうかそうか!その頃からラショ兄は最強だったんだな!それにそんな刀じゃ渡せねぇよな!悪かった悪かった!」

「うん…ごめんね」

「いいんだいいんだ!いい話が聞けたんだから!ラショ兄は…zzz」

何かを話そうとしたヒルヒルが突然深い眠りにつく。

「ごめんね♡さてと…これから」

「やっぱり何か企んでたのね」

「!!」

振り下ろされた刀をとっさに受け止め振り返るとハズキがルナを睨みつけていた。

「倒す前に聞かせてもらおうかしら?あなたの魂胆を」

「ラショウくんの目の傷はアタシたちの愛の証なの」

同じ頃

「じいちゃん、それってただのいい話じゃねえかよ。ラショウがあいつを助けたってだけだろ?」

「戯けがッ!まだ話は半分じゃ!良いか?この先の話はラショウがヴァサラ軍に加入してから数年後の話じゃ」

二人は過去をさらに話す。


ルナが妖怪寺院に行った数年後。
ラショウもヴァサラと出会いヴァサラ軍という新たな居場所を見つけていた。

「…それは本当なのか?総督(ジジイ)」

「ああ…本当じゃ…あの寺院は一見はぐれ妖怪の保護施設のようじゃが実態は妖怪達に虐待を繰り返し、村を襲わせ金品を強奪して私腹を肥やし、さらに妖怪の血を飲むことで若さを保っているという…主犯は東照という住職とバートリーと言う名の妻だそうじゃ。ラショウはよく知っているじゃろうがな」

「ルナ…」

ラショウは血がにじむほど刀を握りしめる。
妖怪寺院の実態に気づかずルナを行かせたのは自分だ。その不甲斐無さも相まって自分にもあの夫婦にも怒りが湧いてくる。

「殿」

「なんじゃ、エイザン」

エイザン、かつての8番隊隊長。
カムイとの交戦により命を落としたが、この頃はまだ現役である。
武神の名を持つその男は、似つかわしくないほどあらゆるものに愛情を注ぎ、その優しさが顔にも反映されるほどだった。
しかし、その優しい顔がまるで怒れる不動明王の如き形相に変わっていた。

「私も同行させていただきたい。寺院という場所、住職という職業でありながら弱者をいたぶる劣悪な輩。絶対に許すわけには行きませぬ」

「…そうか、ならばこの件は二人に任せる。頼んだぞ!」


妖怪寺院では東照が今日も身寄りのない妖怪をいたぶる。

「わかるかな?これは愛だ。しつけなんだよ。君達妖怪という存在は普通の人よりもっともっと謙虚にならなければならない。私が何かを要求したらやらなければならないんだ。」

「でも…まだ…バートリーさんに開けられた穴が治ってなくて…」

全身に風穴を開けられて血だらけでうずくまっているのはルナだ。
数年間ひどい虐待を受けていたが、傷が治ってしまうせいで外に気付かれることはない。

「ルナ…君の血は若返りにいいんだそうだ…もう少し耐えれば上位妖怪にしてあげてもいい、私の力は理解してるよね?上位妖怪になれば君に超神術を与えることもできるんだ、わかるね?」

上位妖怪とはこの寺院にいる東照と深く繋がりのある妖怪のことだ。
元々カムイに近い呪力を持つ東照は、妖怪と素養のある一部の人間限定ではあるが超神術を分け与えることができる。
しかし、彼は元から保護した妖怪を上位妖怪にする気などない。
上位妖怪は元から彼と繋がっていたものなのだから。
上位妖怪と呼ばれるものは数年過ごした中でも鬼蜘蛛と呼ばれる男たった一人だ。
それでも東照に従うしかない。そうしなければ殺されるのだから。

『絶対…絶対にラショウくんに会うんだ!』

毎日牙を握りしめてそれだけを念じる。

「返事がないってことは肯定だね。バートリー、鬼蜘蛛、また三人でルナの血を飲もう。」

「ヒヒヒッ!なら私の出番ね。拷問の超神術って気持ちいいのよ。『ファラリスの雄牛!』」

ルナに手をかざすと血管が煮えたぎるような熱さになり、血を吹き出してのたうち回る。

「うあああああ!熱い!熱い!やめて、許して!」

「ゾクゾクするわぁ…あ、そうそう。ルナ、あなたに一つ言い忘れてたわ。ヴァサラ軍…名前は聞いたことあるわよね?あの人たちが私達に強力してくれるの。だから助けなんか求めても無駄よ。ヴァサラ軍も妖怪は拷問対象なのよ、あなたは、いや…あなた達妖怪は私達から逃げられない…ヒヒヒヒヒッ!」

ルナは言葉に出来ないほど絶望する。弱きを助け強きを挫くヴァサラ軍ですら自分達の敵、これほどの絶望は無かった。
バートリーの言う通り自分にもう逃げ場はない。

ヴァサラ軍の突入はルナが衝撃の言葉を聞いた数日後だった。
ルナは妖怪の中でもまだ小さい子どもたちを連れ、短刀を握って拷問部屋の押し入れに身を隠した。
拷問部屋は音が聞こえないようにするために防音にしており、普段はそれに対して恐怖と怒りしかなかったが、今回ばかりはありがたい。見つかる確率が減るのだから。

「お姉ちゃんが絶対に守るからね!」

ルナは子どもたちに今できるだけの笑顔を向ける。
泣いている子供もいるから不安にさせるわけにはいかない。

その頃、他の部屋ではヴァサラ軍と東照達の戦いが始まろうとしていた。

「ヴァサラ軍だ!お前たちが妖怪に虐待行為をしているとの情報が入った。大人しく投降しろ!」

「東照!ヴァサラ軍が来てる!どうする?」

「大丈夫だバートリー、私と信者がやる。祓(はらえ)の極み 瘴気霧散(しょうきむさん):妖怪変化」

東照が空中に術式のようなものを書くと、見上げている信者達が凶暴な妖怪へと変貌する。

「指揮はお前が執れ、鬼蜘蛛。」

「わかりました…ここからは俺が相手になろう、ヴァサラ軍」

鬼蜘蛛はヴァサラ軍の行く手を阻む。

その相手をつとめるのはエイザン。鬼蜘蛛の毒針を刀で受け止め、弾き返す。

「武神エイザンか、面白い…」

「貴様!同じ妖怪なのに何故他の者を助けてやらんのだ!」

鬼蜘蛛はエイザンの言葉を鼻であしらい、睨みつける。

「同じ?バカなことを言うな。俺ァ上級妖怪なんだよ。アイツラとは権力も力も違う。特別扱いは当然だろ?俺より上位の妖怪は鬼の王くらいだ、話は終わりだ、かかれ!」

鬼蜘蛛は妖怪化した人間をエイザンにけしかける。

「貴様らに誰かを思う気持ちがないことだけはわかった…元人間の者たちよ、少々痛むが我慢せよ!地の極み 外道菩薩:金剛夜叉明王!!」

エイザンは刀を地面に突き刺し極みを発動させ、信者達を次々殴り飛ばしていく。

「残るは貴様一人だ、大人しく投降せよ!」

「俺を見くびるなよ!妖の極み 毒蟲小僧(どくむしこぞう):大百足」

ラショウのような構えから四方八方から襲い来る斬撃を放つが、エイザンはそれを軽々と体で受け止める。

「何っ!?刀も使わず受け止めた!?」

「誰に力を呼び起こされたか知らぬが、鍛錬もせず、強引に呼び起こされただけの生半可な極みでは私の体に傷一つつけられんぞ!そのまま眠っておれ!」

エイザンは鬼蜘蛛を一撃で殴り倒すと、被害者を探すラショウの元へ急ぐ。

ラショウは寺院をくまなく探していた。
どこにもいない。
誰一人いないのだ。

「何だ?この壁のくぼみ…」

ラショウが不自然な壁のくぼみに手をかけると壁が奥に押されるような形で隠し扉が開く。

「隠し部屋…うっ!?何だこの血生臭い匂いは?それにこの黒く変色したものは…妖怪の血?」

その場所の床は赤黒く変色し、数分もいられないほどの異臭を放っていた。

『まさかここにいるのか…こんな場所に?』

「エイザン!聞こえるか?ここに隠し扉が…」

声が不自然に反響する、おそらくここは外部に音が漏れない仕様になっているのだろう。

『拷問部屋か…趣味が悪い』

ラショウは異臭をこらえ助けるべき妖怪を探す。

その時、一本の凶刃がラショウの右目を貫く。

「ぐあっ!…ル…ナ?」

ラショウは自分を貫いた対象を見て愕然とする。
それはあの時一番仲良くし、一番助けたかった半妖のルナだった。
背後ではバートリーが笑っている。

「ヒヒヒヒヒッ、戻ってきて正解だったわ。ルナの血を飲んだら使えたわ!愛の超神術が!!さぁ、戦いなさい!ルナ、私の愛のままに!」

「貴様…何をした…?」

「愛の超神術って言ったでしょ!?ルナは…私のペットになったのよ。あんたを殺すためのペットにね!」

「…ラショウ君を殺す?そんなことしないよ?アタシはラショウ君に愛の証を刻んだの♡」

「「…は?」」

悪人とハモるのは嫌なものだがラショウはバートリーと同じ表情と声を上げる。
愛の証というこの場には似つかわしくない意味のわからない言葉をルナが発したからだ。

「ルナ、あなた何言ってるの?その短剣を私によこしなさい!」

「この短剣はアタシとラショウ君の愛の証である血が付いてるんだから触らないで!あなたが教えてくれたのよ?『いたぶるのが愛だって!』だから触らないで!触ったら死ぬから!」

ルナは近づくバートリーを見るやその短剣で自分の手首を突き刺す。

「どうやら超神術が変な方向に作用したみたいね…ならばここで殺して…」

「バートリー」

バートリーの攻撃を止めるために東照が姿を表す。

「失敗したときにすぐに殺そうとするのがお前の悪い癖だ…いいじゃないか愛に狂った半淫魔…ラショウのためなら何でもしてくれるんだろう。ルナ、この寺院を潰すことをラショウは望んでいる。やれ」

「ラショウ君が?」

「そうだ…」

「それなら!」

ルナは刀から波動を放ち寺院の柱を切り裂く。

「よくやった。行くぞ、ルナ。ラショウにはいつでも会うといい。」

「それならいいですよ!ついてくよ、東照!」

ルナは東照とバートリーと共に寺院を抜け出した。

「すまぬ!部屋を見つけるのに手間取った!寺院が崩れるぞ、私が極みで支えているうちに妖怪達を外へ!」

「ああ!」

ラショウ達は妖怪を全員救いその場を後にした。


「つまり、あいつはその寺院の東照とバートリーとかいうやつに操られてるってことか」

「それだけじゃない。」

「ラショウ!」

「ラショウ『さん』だ!」

いつの間にか総督の部屋に来ていたラショウがジンといつもの問答を済ませ、話に割り込む。

「あいつはそれ以来どういう力かわからないが、いつも俺の側に突然現れるようになった。そして『東照とバートリーは愛を邪魔するから殺した』とも言った…最近落ち着いたかと思えば今度は夢に現れるようになった。頭痛のオマケ付きでな」

「待ってくれ!じゃあその寺院の二人はこの世にいねえってのかよ?」

ジンの言葉を無視し、ラショウはヴァサラを見据えて続ける。
ラショウの殺気立つ表情にジンも押し黙る。

「総督、答えろ。なぜあの女を入れた?今回は気分という言葉でごまかすことは許さねぇぞ。」

ラショウは自身の恩人であるヴァサラの胸ぐらをつかむ。

「ルナが市民を傷つけぬよう保護するためじゃ。お主への愛ゆえに市民を虐殺するかもしれぬ、そうならぬためにラショウの隊に入れたのじゃ。監視目的でのう…うちの女性隊員なら簡単にやられはせん。」

「でもよ、秘密裏に抜け出されたらどうすんだよ」

「手は打ってある、ヒジリ」

ヴァサラは3番隊隊長のヒジリを呼ぶ。

「ホッホッホッ、お呼びですかな若様」

「ルナの行動を見張るのじゃ」

「ホッホッホッ、お安い御用です」

ヒジリが杖をつきながらゆっくり出ていくのを見送るラショウの表情はまだ納得がいっていないようだった。

「そこまで考えるなら俺に言ってもいいんじゃないのか?」

「それはのう、ラショウ」

「伝令ですッ!ルト隊長が捕らえられました!場所はホオズキ村の山の最深部!新たな妖怪寺院です!」

「「「!!!」」」

伝令係の言葉に3人は会話を止める。10番隊隊長のルトが捕らえられたというのだ。

三人はホオズキ村へ向かう。


同時刻。
ハズキの刀を弾き、ルナはどこかへ行こうとする。

「逃げる気?私ならあなたの洗脳を解けるかもしれないわよ?」

これは冗談で言っているわけではない。ハズキには自信があるのだ。

「洗脳?愛の洗脳?」

ルナは聞く耳を持たない。まさに『盲目』な状態だ。

「ラショウ君の気配が無くなった。会いに行かなきゃならないの『愛の空白(ブランク・スペイス)』」

ルナの身体が幻のように歪んでいく。

「待ちなさい!」

「そいつらと遊んであげて、ハズキ隊長…♡『愛は幻覚(ラヴ・サイケデリコ)』」

ルナは超神術を唱えると消えた。
ハズキが振り返るとそこには大量の男性隊員がいた。
ヴァサラ軍の。

「なに?あなた達?」

「なんでルナを傷つけるんですか、隊長!最近ヴァサラ軍に活気が戻ったのはルナのおかげじゃないですか!」

「あんなにみんなに気配りができる子いないですよ!」

「何言ってるの?あの子は敵…今なら間に合う!そこをどきなさい!」

ハズキはルナに小型の爆弾を投げようとするが、その手を抑えるものがいた。

「イブキ…あんたまで…」

「隊内の仲間割れは良くないよぉ…ハズキちゃん。どうしてもって言うなら僕が相手になる…」

「どうやら目を覚まさせる必要があるみたいね。あなた相手なら本気でいくわよ…」

ハズキは超小型の注射器を二本放つが、全て受け流されてしまう。

「君の手の内はだいたいわかってるよぉ…」

イブキはそのまま反撃に転じ、今まさに取り出した閃光弾を弾き飛ばす。

ハズキも負けじとイブキの剣を何度も受け切り、少し距離を取って極みの構えを取る。

「毒の極み…」

「御免よぉ…ハズキちゃん」

イブキは刀の柄でハズキを気絶させるとルナのもとへ向かった。


ルナが転移した場所はラショウのすぐ後ろだった。

「どこまで俺達の邪魔をするつもりだ!」

ラショウは激怒し、ルナに斬りかかる。

「ルナ!お前がそんなやつだと思わなかったぜ、まっすぐな女だと思ってたのによ!」

刀を抜いたジンが、ルナに対し構える。

「手を出すな!ジン!総督、ジンを連れて先に行け!」

「おい、なんでだよ!」

「小僧、今はラショウの言葉に従うべきじゃ!ルトを助けるのが我々の役目じゃろう?」

ジンは刀を収めると、ヴァサラと共にホオズキ村へ急ぐ。

「なぜ俺の場所がわかる?」

「愛した人の近くに転移ができるから、それにね、『蕩ける愛(メルティ・ラヴ)』」

「妖の極み 百鬼夜行…」

ラショウはルナに何かをされる前に奥義の構えを取る。

「極みが…発動しない?」

ラショウの極みはまるでロウソクの火が消えるかのように途中でプツリと途切れた。

「過去に少しでもアタシに好意を持った相手はアタシに極みを出せない…そういう超神術だからね。」

「どこまでも愛だ好意だとうるさい女だ…お前など剣技だけで倒してやる」

「できるかな?」

ルナは刀で自らの指に切り傷程度の傷を作ると、そこから漏れ出す血液を刀に塗り、さらに超神術を発動する。

「今日くらいは勝たせてもらうからね『愛の四重奏(ラヴ・ドルミーレ・テトラオイディアー)』」

『な、何だ!この体の重さは…この瞼の重さは!?』

「ごめんね、ラショウ君」

うすれゆく意識の中でラショウが最後に見たものは、目の前で鮮血が吹き出す光景だった。


超神術の力を使いホオズキ村へ一瞬で転位したルナは目の前の男にビンを渡す。
その男はかつてラショウとルナを殲滅しようとした男、オルカだった。
ラショウに開けられた腹部の風穴に奇妙な蜘蛛の火傷痕のようなものがあり、腕には蜘蛛の複眼と容姿はあの頃とは比べ物にならないほど醜くなっているのだが。

「遅かったじゃねぇか。鬼の血は取ってきたんだろうな?」

「もちろん。愛するラショウ君の血、い~っぱい貰ったの♡」

「そうか、ならそいつを渡せ!」

オルカが血の入ったビンをルナから無理矢理奪おうとするが、ルナがそれを振り払う。

「半分って約束でしょ?東照様とバートリー様とあなたでそれを分け合うって。残りの血はアタシの家に飾らせてくれるって言ったじゃない。」

「うるせぇ!気が変わったんだよ!その血は全部俺のもんだ!」

オルカの攻撃に応戦しようと刀を抜いた瞬間、二人の間にヒジリが割って入る。

「ホッホッホッ、どうやら間に合ったようじゃの」

「爺!邪魔するんじゃねえ!」

「少し眠っておれ」

ヒジリはいきり立つオルカの背後に回り込むと、首の後ろを峰打ちし気絶させる。

「ルナさん、あの小屋で少し話そうかの」

ゆっくりと杖をつきながらルナについてくるよう促す。

「あの小屋に近づかな…」

「大人しくついてきなされ…その方が安全じゃ」

『何これ…刀の尖端を突き付けられてるような威圧感…少しでも抵抗したら…殺られる』

ルナが切っ先をヒジリに向けて脅そうとする前にヒジリは杖の先端をルナの喉元に向ける。

「ハズキくん、いるか?」

「ちょっと、どういうつもり?」

「あんた、そのまま東照とやらと戦ったら死ぬぞ?その深手で。」

ヒジリは見透かしたように睨みつけたあと、団子を差し出す。

「君は優しい子じゃ。大方ラショウくんと戦うふりをして眠らせたあと自分を斬ってその血をビンに入れたんじゃろ。操られてなどおらんのじゃな?」

「何を根拠に…」

「あんたの攻撃からは殺気を感じなかったもの、隊員達を操ればあたしだって危なかった。なのに総攻撃すらしなかったしね。」

治療器具を持ち込みながらハズキがルナの横に座る。

「それは…その」

「騙してごめんねぇ…僕も術にはかかってないんだぁ…」

遠くで居眠りをしていたイブキもルナの近くに座り込む。

「あら?それならあたしに教えてくれても良かったんじゃない?気絶なんかさせないでさ。」

「あの状態のハズキちゃんなら聞いてくれないかと思ってねぇ、それに『敵を騙すならまず味方から』って言うでしょ?」

「だとしてもよ」

「いや〜、怖かったぁ…ハズキちゃん本気で斬りかかるんだもんなぁ…」

「当たり前でしょ」

「ホッホッホッ、まぁまぁ二人共…それで、なぜみんなを騙してたんじゃ?」

ヒジリの問いかけに、ルナはポツポツと喋り始める。

「妖怪寺院に入ってしばらくしてから…聞いちゃったの、あの人達が鬼の血を求めてること、妖怪の血で若返ることが出来る体質のこと…アタシの血だけならいくらでもあげた、ここに来たアタシも悪いし…でも、あの時短い間だったけど、一人ぼっちだったアタシに優しくしてくれた…いつもそばにいてくれたラショウ君だけは傷つけたくなかった…」

「だから超神術にかかったふりをしたのね…」

「もちろん最初は『ヴァサラ軍はアタシ達を殺しに来た』って言葉も信じたよ、あの時は状況が状況だし、気が動転してたし…ラショウ君を刺しちゃったのも本当。でもラショウ君だって気付いたあとはチャンスだとも思った。」

「チャンス?」

ルナの言葉にハズキが反応する。
好きな人を刺してチャンスとは随分物騒だ。

「バートリーが人を操るためにアタシの血とアタシの中に先天的にあった超神術。『愛の超神術』を奪うのもわかってたからね。今なら操られたフリをしてラショウ君を逃がせる。そう思った。もう一人の大きな人…エイザン隊長だっけ?あの人なら命を優先してアタシ達を追いかけないと思ったし…」

「それはわかったが、なぜ入隊時に我々ヴァサラ軍に相談をしなかったのだ?」

いつの間にか小屋に来ていたヴァサラがルナに問いただす。
たしかに天下のヴァサラ軍に助けを求めないことは腑に落ちない。
妖怪を殺すなどという呆れた誤解も解けているだろう。

「東照はカムイ七剣に匹敵するほどの呪力と極みがあるの。強くなったとはいえ、ラショウ君が死ぬかもしれない。彼が死ぬくらいならアタシは悪者だと思われてもいい…どこかで笑っていてくれれば…」

「戯けがッ!そういった者たちを助けるのが我々だと言っておるのじゃ!そのためのヴァサラ十二神将じゃ」

ルナを一喝し、ヴァサラはゆっくりと腰を上げる。

「では、我々も迎え撃とうかのう…ここを囲む敵達を…」

「そんな、何この人数…」

東照の信者だろうか、外には数百人もの武器を持った者たちに囲まれていた。

「どうやらここにルト坊はおらんようじゃな、肝心の頭が来ておらん。小僧を隣の小屋に送って正解じゃった。」

「隣!?そこには東照がいるはず…」

「安心しろ、ルト坊以外雑兵しかいない。小僧ならあの程度余裕じゃ、何しろわしが直々に育ててやったからのう」

ヴァサラはジンの状況を告げると、敵の大群がいる中に散歩でもするかのように歩いていく。

「覇王ヴァサラだ!東照様に首を持っていけば出世間違いなしだ!やっちまえ!」

大群が飛びかかろうとした瞬間、ヴァサラはカッと目を見開く。

「そんなにわしと戦いたいか?命が惜しくば手を出すな。一度しか言わぬぞ『失せよ』」

ヴァサラの威圧に耐えかねた雑兵達が泡を吹いて次々と倒れていく。

「おい!お前ら何遊んでやがんだ!敵は目の前だ!」

大柄な体を揺らしながらオルカが先頭に立つ。

「済まぬ、敵意を削ぐため少々威嚇した。」

「なめやがって!鬼蜘蛛の細胞を取り込んだこのオルカ様と勝負だ!」

「そうしてやりたいのは山々じゃが…わしは残党を捕縛せねばならんのでな、ヒジリ、相手をしてやれ。ルナ、わしが道を開ける。ジンの元へ行くぞ」

「はい!」

ヴァサラの後を追うようにルナが小屋を去る。

「ホッホッホッ、若様の代わりはわしがつとめよう」

「さっきのジジイか!気絶させられた恨み晴らしてやるぜ!」

「ホッホッホッ…どこからでも打ちかかりなさ…ハウッ!!!」

ヒジリは腰を押さえ悶える。

「か…こ…腰が…」

「スキありだ!死ねえ!」

オルカのこん棒をイブキとハズキが受け止める。

「なーんだぁ…同じこと考えてたんだぁ…ハズキちゃん」

「この状況なら当たり前でしょ」

「こうして二人で戦うと思い出すねぇ…アサヒ隊の頃…うっぷ」

「イブキ?」

「オエエエエエ!!」

イブキは小屋に盛大にリバースする。
いつもの酒癖だろう。こういう時まで飲んでいるとは。

「はぁ…あんたいつ飲んでたのよ?」

「オエエ…僕が酔ってるのにハズキちゃん本気で襲いかかるんだもんなぁ…気持ち悪い…」

「呆れた、ということでそこのデカいの。あんたは情けない男達の代わりにあたしが遊んであげるわ」

「このオルカ様をなめやがって!!」

ハズキVSオルカ


別の小屋へと辿り着いたジンは両手足をワイヤーのようなもので縛られているルトを発見する。
縛っているワイヤーが食い込むらしく血が滴っており、その先には血を集めるように小瓶が置かれていた。

ジンは早くルトを助けたい気持ちがあったが、目の前に見たことのある血塗れの二人組が倒れているのを見つけ、先にその二人へと声をかける。

「あんたら退治屋の二人じゃねえか!待ってろよ、ハズキ隊長も来てっからな!」

「す、すみませんね。ルナって名乗る妖怪に誘拐されてしまって…」

倒れているのは輪廻とエリザの二人だった。

「あの野郎、退治屋まで巻き込まなくてもいいじゃねえか。おい、ルト!お前も大丈夫か?お前がこんな簡単にやられるなんてよ。らしくないぜ」

ジンはルトを縛るワイヤーを刀で全部切断する。
そこでルトは目を覚ました。

「ジン…来てくれたのか。え…」

「おう、見てろよルト坊お前を倒したッていうルナを倒して俺がお前を超えて…」

「何を言ってるんだ!僕を斬ったのは後ろの女だ!!ジン!!」

「え…?」

ジンは背後から深々と斬られる。

「騙されやすい子ねぇ…ジンくん、私の本名はバートリー…あなたの血を貰うわ。あ~あ、ザコのフリするだけで血が集まる集まる」

血が飛び散る中、振り返ると若かった表情が変貌し、年老いた女が姿を表す。

「起きろ!ジン!そいつの超神術をくらっちゃだめだ!」

「黙りなさい。拷問の超神術:『苦痛の梨』」

ルトの口内に入っていた超小型の刃物がボール状に変貌し、頬を貫通させる。

「ん""ん""ん""ー!!!!」

ルトは声にならない悲鳴をあげる。

「う…不意を食らっちまった…おい、バートリーとか言う野郎!ルトにかけてる術を解きやがれ!」

ジンは刀を構えバートリーに斬りかかる。

「フン、やなこった!」

ルトの口内に入っていた刃物が再度小型化し、ジンの右腕にぶつかり、再度膨張しジンの腕を貫き、バートリーの手元へ戻る。

「ぐあっ!痛えなこの野郎!俺はこの程度根性で耐えれんだよ!」

バートリーは再度刀を構え向かってくるジンに余裕の表情を見せながら刃物に付着した血を舐める。

「うえっ、気持ち悪い野郎だな…だが、スキありィ!」

「それはどうかしらね『閃光万雷!』」

「何っ!そいつはルトの!?」

「だから言っただろ、ジン!そいつは舐めた血の極みを使えるんだ。」

「そうかよ!でも!」

ジンは閃光万雷をまとったバートリーの素早い斬撃をあっさりと受け止める。

「疾さまでは同じじゃねぇみてえだな。視えてるぜ、バートリーのババア」

「いちいち癇に障るガキめ!」

ジンVSバートリー


「バートリーの阿呆め…熱くなって戦いなどはじめおって…ここに十二神将がいるのなら、あの鬼も居るということだ、探せばよいではないか。」

輪廻と名乗っていた男の顔がみるみる老け込み、東照が姿を表す。

「そうはさせねぇぞォ!!」

「な!何だ貴様!」

いつの間にか背後にいたヒルヒルが東照を羽交い締めにするように掴みかかる。

「黙って聞いてりゃこいつめ!ラショ兄には指一本触れさせねぇぞォ!」

東照は必死で振りほどこうとするがなかなか振りほどけない。
まるで蜘蛛が獲物を離さないかのようにつかんでいる。

「お前の相手はこの最強最悪の男、ヒルヒル様だァ」

「邪魔をするな!祓(はらえ)の極み 瘴気霧散:仏滅!」

東照の刀から放たれた波動でヒルヒルはその場で転倒する。

「死ね。」

「ヒ、ヒイィィィ!!」

ヒルヒルは振り下ろされる刀を受け止めようと刀を抜くが、その刀がぶつかることはなかった。

「遅くなってすまない。」

「ラ、ラショ兄!こいつはラショ兄狙ってるから来ちゃだめですって!」

「知っている…だから俺がケジメをつける…」

ラショウは東照の刀を弾き飛ばすと、刀を構え直す。

「フハハハッ、お前がどれだけ強くても妖怪退治に特化した俺には勝てんぞ!」

「御託はそれだけか…」

「鬼の血をよこせえ!」

ラショウVS東照


「くっ、この馬鹿力!!」

ハズキはオルカのこん棒を刀で受け止めるが、その力で吹き飛ばされる。

「受けるたびに手がじんじんするじゃない!」

懐から銃を出すとオルカに向けて打ち込む。

「効かねえなぁ!鬼蜘蛛の力も取り入れた俺様のパワーにゃ誰一人かなわねえ!」

オルカは銃弾をそのまま身体で受け止め、体内にいる鬼蜘蛛に食わせる。

「大方毒みてえなものが入ってんだろう!妖怪と一体化した俺様にそんなもんは効かねぇんだよ!」

オルカはこん棒をハズキに振り下ろすが、閃光弾を投げつけ、間一髪逃れる。
その際、小型のカプセルのようなものを投げ込むが、オルカに握りつぶされてしまう。

「効かねぇって言ってんだろ!オメェみたいな小細工しかできねえクソババアにゃ何も守れねぇんだよ!ここの妖怪もな!最期にいいものを見せてやるぜ!妖の極み!毒蟲小僧:魑魅魍魎!!」

妖気を纒った数百発の打撃がハズキを襲うが、ハズキはニヤリと笑うとその打撃を全て刀で受け流す。

「解析完了ってとこかしら、あんた攻撃が単調すぎんのよ。だからこんな風に簡単に受け流せちゃうの。どれだけ力があってもね。極みも鍛えてないみたいだし…ラショウが10ならあんたは−1…良くて0ってかんじかしらね?あと、クソババアってセリフは許さないから」

ハズキが妖怪顔負けの鬼の形相に変わる。

「うるせぇ!いつまで受け流せるか試してやる!妖の…うっ!」

オルカは心臓に焼けるような違和感を覚え蹲る。
心臓には謎の根っこが生えていた。

「発病したようね…毒の極み:火怨嶽(カエンタケ)さっきあんたが潰したカプセルにはあたしが新たに作った胞子が入っていたのよ。心臓の血液を媒介にして燃えながら育つ胞子がね。暇だったからこの小屋着いてからから開発したけど…どうやら成功のようね」

「ふざけんな!そんな短時間でできるわけねえだろう!」

オルカは熱さに顔を歪めながら叫ぶ。

「あら?それができるから使ってるわけだけど?」

「よくもやってくれたな!」

オルカは力を振り絞り立ち上がるがハズキはすでにオルカに狙いを定め、剣を向けている。

「毒の極み 『女王蜂』:魅惑の女王(キラークイーン)」

ハズキの突きがきれいに決まり、オルカは倒れる。
その瞬間、心臓の根は枯れてしまいオルカの胸からこぼれ落ちた。

「あら、枯れちゃった。どうやら実験は失敗みたいね。」

ハズキは微笑むと、オルカを踏みつける。

「何度も言うけどクソババアって言ったことは許さないから!」


ジンは、バートリーの斬撃を受け止めるのがやっとの状態だった。
近くで苦戦を強いられているラショウの助太刀に行きたいのだが、そういうわけにもいかない。

『くそっ、さっきの傷が深え…こいつの斬撃の一発一発は大した事ねぇってのに…』

「出しゃばってきたわりに大したことないのね!死になさい!」

「させるかぁ!」

ヒルヒルのタックルがバートリーの脇腹に決まる。

「いつつ…よくもやってくれたわね…」

『あ、当たったぞ!?やけくそだったのに!?も、もしかしてこの女、オレでも勝てるんじゃねえか?』

「やい!このヒルヒル様が相手だ!」

「あんた、邪魔よ『異端者のフォーク』」

刀の尖端がフック状に変形し、ヒルヒルの首を捕らえる。

「ぐ…ぐぐ…苦し…」

「更に、雷の極み…」

「ギャアアア!」

ヒルヒルが捕らえられた部分から雷の極みの力が流れ出す。

「ヒルヒル!ボクが相手だ!」

ボロボロの身体でルトがヒルヒルをかばう。

「あんたは寝てなさい!」

「ルト!そんな体で戦ったらまた暴走しちまうぞ!だがよ、スキありィ」

ジンの斬撃はバートリーの顔に縦一閃の傷をつける。

「あ、あ、あ、あたしの顔に傷が!あたしの顔があああああ!殺してやるわ!クソガキ共!」

バートリーはわなわなと震え、さっきまでとは豹変したような表情と言動になる。

「バートリー、鬼の血を飲めば治るだろう。こいつのな!」

「ぐあっ!」

3人の対戦している前にラショウが吹き飛ばされる。

「どこで何を知ったか知らないが、あるいは察したのか…ルナのためにあえて攻撃を避けていないようだな…半妖の分際でちゃちなプライドを…」

東照が刀を構えラショウに近づく。

「させない!雷の極み…」

「やめろ!ルト!」

ルトの反撃をラショウが止める。

「こいつの相手は俺だ。それにルナ…いや、他の妖怪達が受けてきた痛みはこんなもんじゃねえ…だから俺は避けねえ」

「くく…いいぞいいぞ、馬鹿な半妖め!祓の極み 『瘴気霧散』:天之叢雲」

白く輝く無数の刃に切り払われた場所から妖気が抜けていくのがわかる。
明らかに回復が遅くなっているのだ。

「効かねぇ…」

「そうかそうか、そいつはいい。」

「ラショ兄を助けねえと…」

「あんたら!よくよそ見なんてできるわね!終わりよ!『鋼鉄の処女(アイアン・メイデン)』」

上空に異空間のようなものが現れ、そこから数千本以上の刃が現れ、ジンたちに降り注がんとしている。

「まずい!ボクがやられたのはあれだ!あれは急所を避け、大量の出血と痛みで身動きを取れなくする技…避けてッ!みんな!」

「よ、避けてッて言われてもよォー!!」

「全部、撃ち落とす!」

「バカ言うなジン!無茶だ!」

「バカはあんたら全員よ!狙いは鬼の血だぁ!」

「しまった!」

数千本の刃がラショウに降り注ぐが、現れた人影がそれをかばう。

「だ、大丈夫…ラショウ君?」

「ルナ…お前…どうして?」

「守るって約束したでしょ?」

うまく避けたのか数本のみ被弾し両手足に怪我を負ったルナがナイフを構え、ラショウをかばうように東照とバートリーに向き合う。

「うまく避けたようだな、だが私はそんなふうに教育してないはずだが?なぁ?ルナ?」

東照がルナの首をつかむと、溶けるような暑さとともに、首から血が滲んでいく。

「祓の極み 『瘴気霧散』:成仏。このままお前を溶かしてもいいのだぞ?親の言うことは絶対だ…わかるな?先程のバートリーの攻撃、うまくよけたようだが…」

「避けた?どうかしらね?」

ルナの持っていたナイフが巨大な赤い刀に変わり、東照の右腕を突き刺す。

「くっ、変形刀か?」

「違うわ、これはラショウ君の牙で作った刀。妖刀『修羅』とでも名付けようかしら?この刀は…アタシが守りたいって願うほど刀身が大きく、軽くなる…あの時の約束を守るかのようにね!」

「戦えるのか…ルナ?」

「もちろんだよ!ラショウ君」

「背中は任せる…」

ラショウとルナは背中合わせで刀を構え直す。

「ならあたしも行くわ東照!」

「行かせるかぁ〜!!」

参戦しようとしたバートリーをヒルヒルが投げ飛ばす。偶然にもファンファンから教わった『柔』の構えができていたようで、バートリーは甚大なダメージを負う。

「ラ、ラッキー」

「ナイスだヒルヒル!雷の極み 『閃光万雷』:雷爪の太刀!」

完全に決まったかに思えたが、消耗しきっているルトではバートリーを倒しきれなかった。

「ダメか…このままじゃまた力が…」

ルトの顔に模様が浮かぶ。

「許さないわよ!『鋼鉄の処女』!」

今度こそ数千本の刃が三人を襲う。
ジンは刀を握る手を貫かれ、ルトは両足を、ヒルヒルも背中にダメージを負う。

「うおおおお!見様見真似!劉掌拳!」

何を思ったかジンがファンファンの真似をして空中から降り注ぐ武器を叩き落としていく。
完璧とも言える模倣で。

「へっ、ほらな。ヒルヒルにできて俺に出来ないわけがねぇ!なんでか分かんねえけど妙にしっくりくるしな、ファンファン隊長の技!」

「ジン!油断するな!」

地面から出てきた刃がジンを貫こうとするが、刀を拾ったため心臓への攻撃だけは間一髪防いだ。
しかし、絶大なダメージを受けたことには変わりない。

「しぶといガキどもね…」

「そうかよ、なら…決着つけようぜ!」

「言われなくてもそのつもりよ『断頭台(ギロチン)』!!」

バートリーの腕が赤黒くなり、今まで以上のパワーとスピードでジンに襲いかかるが、ジンはそれを刀で、しかも力で真っ向から受け止める。

『な、何この力…これじゃまるで…鬼の…』

「うおおおお、終わりだ!」

渾身の大振りは斬撃をオーラのように飛ばし、斬り裂いたバートリーの体を数メートル吹き飛ばす。

『え…うそ、あれってまるで…妖の極みの本来の威力…彼も半妖…それ以上の何かなの?』

戦っているはずのルナも余所見するほどの威力で敵を倒したジンは、刀を前に突き出し、言う。

「俺の名はジン、この国の覇王になる男だ!」

「バートリーめ、やられおって…祓の極み:妖怪絵巻」

東照は距離を取ると空間に筆を走らせ、無数の妖怪を召喚する。

ジンたちの牽制用だろう。

その技を見た瞬間、ルナの表情が変わる。雑兵は担当するという覚悟を持った眼だ。

「任せて、ラショウ君」

ルナは両腕を広げ、ダラリと脱力する。

「な…それは俺の…」

「妖の極み『妖華絢爛(ようかけんらん)』:女郎蜘蛛!」

ルナの放った一撃はラショウの大天狗ほどの威力はないが、女郎蜘蛛の名の通り周囲に『妖気の糸』が張り巡らされているか如く波動が逃げ場なく東照を襲う。
その技は鬼蜘蛛やオルカが使っていたような『うわべだけをなぞった』極みではなく、長い間鍛え、磨き上げられたものだった。

「お前、それをどうやって?」

「ラショウ君が戦ってる所、ずっと見てたよ。実践は悪い妖怪退治の人達と戦いながら積んでたの!妖怪の子どもたちも守らなきゃいけないし、必死に強くなったんだ!」

「…そうか」

「やれやれ、ルナめ、こんな力を隠していたとはな、私が強くしてあげた『愛の超神術』はお気に召さなかったかな?」

あれだけの技を食らっても東照は無傷だった。

「お喋りがすぎるぞ、妖の極み『百鬼夜行』大天狗!」

ラショウが追撃の大技を放つが、東照はそれを食らって尚無傷だ。

『あの威力の大技を無傷?おかしい…』

ラショウは疑問を持ちながらも東照の刀を受けとめる。
そこへルナがスキありとばかりに東照へ大技を繰り出す。

「妖の極み『妖華絢爛』:姦姦蛇螺(かんかんだら)!」

飛ぶ斬撃が刀を振るたびに放たれる。
ルナの攻撃は範囲攻撃が多いらしい。

「お前の攻撃でヤツの無傷の正体がわかった…アイツは極みの力で俺たちの攻撃を刀身に吸い込ませている…」

「わかったところで遅い!祓の極み『瘴気霧散』:怪異滅却!」

ラショウとルナの攻撃に東照の攻撃を重ねたような重い一撃が二人を切り裂く。

二人はまるで死んでしまったかのようにピクリとも動かない。

「私の勝ちだ、さぁ、永遠の力を得るために鬼の血をいただくぞ」

東照がラショウに手を伸ばそうとした瞬間、何故か恐怖を感じ手を引っ込める。

同時にラショウとルナが起き上がる。

「ルナ…これか?」

「え?」

「お前がいつも受けていた痛みはこれか?」

「アタシは大丈夫だから…」

ラショウはルナの腕をつかんで起こす。

「教えてくれ、ルナ…お前が痛いと俺も痛いんだ…だからこそ、あいつは倒さなきゃならねぇ…」

「そっか…でももっと痛かった…消えない傷だってある…でも大丈夫、だってアタシの隣には今、あなたがいるから!」

二人の刀が同じ輝きを放つ。

「「誓ったんだ!あの時『守る』と…妖の極み『百鬼夜行(妖華絢爛)』:餓者髑髏!!」」

『な、何だあの威力は…共鳴?いや、何にせよ刀で吸い込んで…』

「す、吸い込みきれない!」

二人の放った技は文字通り全てを『屍』にするほどの威力だった。
受け止めようとした東照には再起不能レベルの傷が付き、吸い込もうとした刀は粉々に砕けた。

「随分手こずったようじゃの、ラショウ」

ドアを開けてゆっくりと入ってくるヴァサラがラショウに笑いながら言う。

「大きなお世話だ、総督」

「外にはまだ残党がいるはず…」

「安心せい」

「ぎゃあ!」

「ぐわっ!」

「・・・・・・・」

あっという間に二人を斬り伏せ、アシュラが小屋へ入る。

「残党は全員退治した!ルナ!君も大活躍だったな!ラショウを守ろうという熱い志、この私にも伝わった!!」

ビャクエンも小屋へ入り、ルナに労いの言葉をかける。

「お疲れ様、皆、とりあえず今は戻るわよ。負傷者大量なんだから…」

「そうじゃのう、一度戻るか」

ハズキの言葉にヴァサラも同意し引き上げようとするが、ルナはどうも納得がいかない様子だ。

「何か引っかかるのか?」

「あの二人が生きてたらまた別の妖怪が餌食にされちゃう!」

「ふむ…その時は…わしが責任を持って斬ろう。」

ヴァサラは脅かすかのように東照とバートリーに聞こえるように言う。

倒れているバートリーの背中が『ビクッ』となったのを全員が見ていた。
もう悪さをすることはないだろう。


ヴァサラ軍撤退後、血だらけの東照は一人起き上がる。
すでに極みどころか刀すらまともに触れない状況だ。

「今は私の負けだ…カラダもほとんど動かぬ…だが私は鬼の血を諦め…」

東照は突如何者かに頭を掴まれる。

「がっ…ぐあああああ!」

そしてエネルギーを吸われ服だけになってしまった。

「擬物(まがいもの)に支配は不可能だ…」
東照を吸い込んだ赤い髪の男は静かに去って行った。


数日後、傷が癒えたヴァサラ軍では、修行の音が鳴り響く。
いつもはヴァサラが相手をするのだが、今日は違うらしい。

「やいやいやい!ルナ!俺とお前、どちらがラショ兄の右腕に相応しいか勝負だ!」

甲高い声とともにヒルヒルがルナに向かっていく。

「ひっ…そんな本気で来られると…アタシ…こわい♡」

「おっ…か、かわいい、そうだよな!女のコに本気は良くねえよな!」

「スキありっ♡」

ルナの木刀がヒルヒルの面を捕らえる。

「どういう勝ち方だ…」

「あら?絡め手使う相手もいると思うけど?それで負けたら言い訳するの?」

そういえばヒルヒルが加入したときの相手も能力を削る絡め手を使ってきたなと、ラショウは思い返しながらため息をつく。

「よし、次はボクと…」

「待て待て!次は俺とやろうぜ!」 

「ジンはどうせヒルヒルと同じ手でやられるからダメ!」

「何だと!ルトの分際で!あんな奴と一緒にするんじゃねえ!」

「ボクは隊長だぞ!」

「オメェは俺の隊長じゃねぇ!」

いつも通りの二人のやり取りが始まった横からパンテラの刀が、ルナの髪をかすめる。

しかも『真剣』だ。

「ウヒャヒャヒャ!ルナちゃ〜ん、随分活躍したんだって〜?強いみたいだからボクちゃんとヤろうよ」

「ひっ」

『いやいやいやいやいや!少し避けなきゃこの人本気で斬るつもりだったじゃん!!『愛の超神術』もなぜだかこの人に効かないし!?なんなの?暴力が恋人?』

「ウヒャヒャヒャ!来ないならこっちから行くよ〜★」

パンテラの攻撃をラショウが食い止める。

「山猿が、人の隊舎で暴れるな」

「へェ〜鬼にも隊舎に愛着なんてあるんだ…」

二人が刀を抜き一触即発の空気になった瞬間、ヴァサラが二人に拳骨を見舞う。

「何をしとるんじゃ戯け共がッ!」

「いっ!!」

「ッッ、何しやがんだ総督」

「せっかく傷が癒えたのに暴れるな馬鹿共が!」

喧嘩を諌めたヴァサラはルナの方を向く。

「これからどうするんじゃ?行く宛がないならヴァサラ軍の1番隊に入隊してもいいのじゃぞ?」

ルナはヴァサラの提案にありがとうと微笑むと、一呼吸置いて言う。

「アタシは、残った妖怪の子たちの面倒を見ることにするよ!あの寺院は崩れちゃったけど、ハズキ隊長たちのいた小屋は普通に残ってるからね。そこで妖怪の子どもたちの面倒を見るよ。あの子達に愛情を注げるのはアタシしかいないって、そう思うんだ!」

ルナはニッコリ笑うと隊舎から出る。

「小屋の拡張、ヴァサラ軍で手伝っても良いのじゃが…?」

「大丈夫、傷直しがてらたまに外出てやってたんだ!1番隊の人も協力してくれたし!」

「そうか、困ったことがあったらまた来るのじゃ」

「うん!ありがとうございました!ヴァサラ総督!」

ルナの後ろにラショウもついて行くのが見え、ヴァサラが声をかける。

「見送りか?ラショウ」

「小屋の進捗を確認するだけだ」

それだけ言うとルナの後に続いてラショウが隊舎を出た。

「素直じゃないやつよ…」

ヴァサラはラショウの後ろ姿を見て笑いながらつぶやいた。


「わ!?このピクルスおいし~♡ホントにもらっちゃっていいの?」

ルナはピクルスの瓶を抱えてポリポリとかじり、美味しさに体を震わせる。

「全部やるとは言ってない!お前には3つほどビンに小分けして渡しただろ!」

「むーっ!ケチ!!子どもたちだって妖怪とはいえ成長期なんだよ!」

「だからレシピを渡しただろう!」

「うまくできないかもしれないじゃん!」

「できるまで作れ!」

少し言い争いをしたあと、ルナはラショウの顔を見て笑う。

「ふふふっ…こうやってまたくだらない事で言い争えるなんて夢みたい。」

「…そうだな」

「こうやって平和が続いてくれたら嬉しいな〜」

「…そうだな、そのためにも俺たちは戦い続けている…」

「ねぇ、死なないでね、絶対!『契約』はラショウ君のためにとっといてるんだから!」

ルナは悲しげな声でラショウに言う。
こんな世の中だ、ラショウがいくら強くても明日の命の保証はない。
それでもラショウに言いたかった。『死なないで』と。

「ルナ、そういえば、あの時お前が俺にあげようとした名前って…?」

「んー?覚えてない…でも、ラショウって名前似合ってるよ!かっこいいし!」

「…そうだな」

ラショウはひとしきりの会話を終えると、刀を持って立ち上がる。

「…そろそろ戻る」

「うん!ありがとね!色々。」

「また来る…だからそれまで待ってろ」

「うん!!」

ルナは満面の笑みを浮かべてラショウを見送る。
「また来る」の言葉が何よりも嬉しい。
ルナの目線から、かすかにラショウが笑っているようにも見えた。

完璧な別れ…と、思いきや?

「あ!ちょ、ちょ、待った!待った!ラショウ君!ストップストップ!!」

「何だいきなり…」

「ねぇ、ジンくんって子も『半妖』なの?」

「違うが?」

「え!?ならなんで彼が『妖の極み』を?バートリーを斬った攻撃明らかにラショウ君の大天狗じゃない?」

ルナが聞きたかったこと、それはジンが半妖であるかどうか、バートリーに放った極みはラショウの『大天狗』そのものだったのだ。

「気のせいだ、妖の極みとオーラの色が似てた別の極みだろう…」

「う~ん、アタシ戦闘は専門家じゃないし…そうなのかなぁ?」

「あいつは半妖じゃないからな。」

「そっか、そうだよね!引き止めてごめん。またね!」

「ああ…」

ラショウは改めてルナの元を去っていく。その際、ジンの昔の言葉を思い出していた。

『無の極みっぽい力で、敵の副官を倒したんだよ!!』

「…まさかな」

ラショウは基地へと歩みを進めた。


劇場版ヴァサラ戦記:ホオズキ村の怪異と妖怪寺院



シネマンガ役者イメージ

ルナ…たなか茜さん

東照…永江さん

輪廻(東照の擬態)…イチヂクフジタさん

バートリー…たろちゃん組さん

エリザ(バートリーが若返って擬態した姿)…たなか茜さん

オルカ…ビックJさん

鬼蜘蛛…マルさん

イメージCV.
ルナ…ゆかなさん

東照…田中秀幸さん

輪廻…斉藤壮馬さん

バートリー…榊原良子さん

エリザ…中原麻衣さん

オルカ…岩永哲哉さん

鬼蜘蛛…陶山章央さん


劇中で出た極みと超神術

ルナ…愛の超神術:『愛』を感じることでその対象の近くへ転移したり、自身の肉体強化を施すことができる超神術。
また、自分に好意を抱いた相手の記憶を操作し、操ることができる。
妖の極み『妖華絢爛』:ラショウよりも威力は劣るが、避けきれないほど広範囲に妖気を放つ極み


東照…祓の極み『瘴気霧散』:相手の極みや超神術を『邪気』ととらえ、消滅、吸収する極み。
吸収したもの、相手から奪った血液は刀を媒介し、他者に極みや超神術として分け与え(完成度や分け与える力はカムイほどではない)たり、自身の刀に蓄積することでダメージを倍加させることができる。


バートリー…『拷問』の超神術:亜空間から現れる大量の武器や、血管を内部から直接燃やすで相手を苦しめる超神術。
『死』の寸前まで追い込むと超神術は勝手に消える。
痛みを倍加させ、意識は絶対に飛ばない恐怖の超神術。
この技で出た血を飲むことで、若い見た目を保つことができる。


オルカ・鬼蜘蛛…妖の極み『毒蟲小僧』:元は鬼蜘蛛の技だが、『極み』っぽい力押し。一応力の増幅と、小型の妖怪を呼び出すことができる。








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