ごたまぜのオレンジ 【小説】
煙草の煙をゆっくり吐き出してから、その人は云った。
「また新しい人が来たよ」
その人は小学生塾の理科の先生だった。
白衣がなぜかいつも薄汚れていて、
黒ぶちのめがねをかけていて、
ひげも生えていて、
髪もぼさぼさで、
完全におじさんだったけど、
笑うと、
その辺のいる男子と変わりがなく見えたので、
みんな、その人のことを
『リクちゃん』と呼んでいた。
「ささげはるかだよ、リクちゃん。知らないの?」
『リクちゃん』のそばで膝を抱えていた物体が声をあげた。
その男子は『のんのん』と呼ばれていた。
野々宮春一という名前のその男子は
いつもやわらかなグリーンの制服を着ていて
帽子も同じ色で
明らかなお金持ちの息子、だった。
同じ6年生のくせに
となりにはいつも
小山田るいという名前のくりくりの髪をした
かわいい女子がいて、
彼女は自分のことを
「のんのんの彼女」と云ってはばからなかった。
「ここがあんたたちの場所だって決まりでもあるの?」
わたしは、
この8階と7階の間にある踊り場にたむろしている
ヘンな取り合わせの二人組みの発言が
まったく気に食わなくて
怒ったような声をあげてしまった。
「ささげはるかくん、いらっしゃいませ」
「歓迎すんの?」
「べつにおれらの場所って決まりないじゃん」
「おれ、ここでは女子とかかわりたくない」
「女子だと思わなきゃいいじゃん」
「はぁ?リクちゃんの云ってってこと全然わかんねぇ」
完全にわたしを無視した会話だ。
腹立たしいので嫌味を言うことにした。
「野々宮春一は意外と口が悪いね、今日はひとりなわけ?」
「うるせぇな。あんなんは彼女じゃねぇ」
「なに、のんのん、おまえ、彼女いたの?26の俺を差し置いて?」
「リクちゃんもうるせぇ」
「云っとくけど、わたし、別にあんたたち二人の邪魔しませんから。
どうぞ。ご自由に」
「大体何しに来たんだよ、ささげは」
「興味あんの?野々宮」
「・・・ない」
「じゃぁ声かけないでよ」
「俺はあるよ、ささげくん」
「リクちゃんは、なんでここにいんのよ」
「煙草吸えないんだもん、塾内だと」
わたしは黙った。
会話なんか意味ない。
「ささげくん」
「なによ」
「空がきれいだよ」
「ばっかみたい」
「きれいだよなぁ、のんのん」
「どうでもいい」
「いま見ておかないといけないよ。今日はもう来ないんだからさ」
リクちゃんはまた煙草の煙を吐き出した。
オレンジ色の空にそれがのぼっていくのが見えた。
煙につられて空を見上げてみた。
「へんなの」
「なにが?ささげくん」
「へんな取り合わせ」
「俺らのことかい?」
「そうだよ」
「ささげ、あんまりリクちゃんと話すなよ」
「何怒ってんの、野々宮」
オレンジ色の空にはちぎれた雲がたくさんあって
それぞれが色の濃さに違いのある灰色だった。
あんまりきれいとは云えないけど
なんとなく忘れられなさそうな
そんな取り合わせの空だった。
思わずつぶやいた。
「ごたまぜ」
「何が?俺ら?」
「ささげー、もう訳わかんないこと言うなよ」
「野々宮は黙ってろよ、うるさい」
「はぁ!?」
「ごたまぜ、いいね、響きがいい」
「リクちゃんもほめるなよー、ささげなんか」
「野々宮ほんとうるさい」
しろくまʕ ・ω・ )はなまめとわし(*´ω`*)ヨシコンヌがお伝えしたい「かわいい」「おいしい」「たのしい」「愛しい」「すごい」ものについて、書いています。読んでくださってありがとうございます!