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非合理と合理のデザイン

武蔵野美術大学大学院 クリエイティブリーダーシップ特論、今回のゲストは水口洋二(サントリーデザイン部 部長)さん。

サントリーといえば、創業社長鳥井信治郎さんの「やってみなはれ」という言葉が有名ですよね。採用サイトにもこう書かれています。

サントリーグループの常に新しいことにチャレンジする「やってみなはれ」の精神に共感する、意欲的な方々を大歓迎します。

創業から120年、「やってみなはれ」精神が脈々と受け継がれ、隅々まで息づいている会社なんですね。

「面白い」が最重要

水口さん曰く、サントリーでは何よりも大切にしているのが「面白い」かどうか。「面白い」の元来の意味は「目の前がぱっとひらけて晴ればれした状態」だそうで、暗い世界からすっと明るくなる、「緊張」と「緩和」の2つで成立すると言います。

落語家の桂枝雀さんの理論によれば、「緊張と緩和が笑いを生む」。つまり、緊張とは不安な状態で、それを緩和して一気に解決することが面白いにつながるということなんですね。それをデザインに当てはめると、緊張は「生活者の困りごと」で、緩和は「その手があったか!」となります。

例えば、サントリーのウィスキー。その当時の日本人にとって、外国文化に憧れはあったけれど遠い存在(緊張)でした。そこで、瓶の形やネーミングを日本文化に近づけて親しみのある存在(緩和)に変えたことで大ヒット。

なるほど、なるほど。わかりやすいですね。

思考停止せず、人間洞察

生活者の困りごとはお客さんにインタビューしてもわかりません。なぜなら、自覚していない困りごとが多いから。だから、デザイナーには自分で深く深く考えることを求めるそうです。

2019年6月にTOUCH-AND-GO COFFIEが日本橋に誕生しました。アプリで自分好みのコーヒーを注文し、ロッカーで受け取れるという店舗です。

ことの発端は、クラフト(手作り)の流行でした。サントリーが手がけるのはマスプロ(大量生産)のコーヒー。クラフトは対極にあるわけです。クラフトにはストーリーがあり、マスプロには利便性がある。

流行ごとがあるということは、きっと何か困りごとがあるはず。

そう考えて行き着いたのが、クラフトとマスプロのどちらかで決断を迫られているのがお客さんの困りごとではないか?ということ。

流行っているから乗っかるには、断固として反対するという水口さん。思考停止せず、人間洞察をすることが必要なのです。

そして生まれたのが、TOUCH-AND-GO COFFIE。ストーリーもあって利便性もある、お客さんの困りごとを解決するお店でした。
https://touch-and-go-coffee.jp/

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ストーリーというと、どんな豆を使っているかや焙煎方法が語られがちだけど、このお店ではお客さん自身のストーリーを語られる仕組みを考えました。コーヒーをカスタマイズできて、さらにラベルに好きな名前を入れることができます。

ここにも一つの洞察があります。作る方がストーリーを作らないといけないなんて、思い込みではないか?ということ。確かに作り手としては、素材のこだわりやら作り手のストーリーやらを伝えないと、と思ってしまいます。でも、お客さんにとってみれば、豆より「推し」の名前が入っているストーリーのほうがWOWってならない?と考えて、豆の話はしないと決めたそうです。

もちろん、商品の強みによってストーリーの作り方は異なるとは思いますが、その手があったか!と思わせられた事例でした。

面白いを考える仕組み

面白いを考えるときに大事にしているのは、合理と非合理のバランスだそうです。

マーケ寄りになったりクリエイティブ寄りになったりしながら、お客さんが言わないことを掘って掘って掘り続けることが大切なのです。クリエイティブに寄ると浅くなり、マーケに寄ると深く考えすぎちゃう傾向があるとか。

それを避けるために考えた仕組みが「分業せず、課を作らない」。

効率は悪いけれど分業せず、デザイン、R&D、マーケティングでチームを作るそうです。みんながいろんな仕事をやっている、ゆるーい組織。求心力は弱いけれど、遠心力はある組織。部長にも報告は必要ないそうです。なかなかできないマネジメントですね。

この仕組みが、マーケの合理+デザインの非合理の両方を考えることに繋がっています。合理的な答えはみんな同じで、レッドオーシャンにいきがちです。むしろ、説明できない非合理なものが入っている方がヒットすると。

確かにその通りですが、非合理性を含めて判断できる企業はそう多くはないでしょう。水口さん自身も、サントリーの企業文化があるからこそできるとおっしゃっていました(元々は右脳だけで生きている会社だったと。笑)。120年の「やってみなはれ」精神が隅々まで息づくサントリーだからこそ、ですね。

企業全体を変えるのは難しくても、個人の思考は変えることができます。深い洞察と自由な発想、そして合理と非合理のデザインに挑戦していきたいと思います!

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