不審なおばさん二人組ポテチを買って救われるの巻

その寮は、のぼり坂の終わりぐらいにある。坂をくだってきて一番低いところに駅がある。駅からその寮まではだいたい3kmぐらいで、ずっと上り坂の一本道である。寮は教養部の学生向けであり、1年生が住むことができる。建物は3つあり、男子棟が2つ、女子棟が1つある。それぞれ渡り廊下、共用部分である食堂などを介して行き来ができるようになっている。全部で300人近くの学生が住んでいる。私は、ン十年前にそこではじめての大学生活を送った。若さと清廉さと汚さと貧乏と希望やら悩みやら好きや嫌いや自分の存在価値やら本やら音楽やら麻雀やらバイトやらお酒やら、あとほんのちょっとだけ学問やらなんやらもう混沌としていて全方位にパワーがあふれていて、あの時しか得られない経験をずいぶんした。

この夏、その寮時代の友達のよっちゃんに会いにいった。会えば当然、寮時代の話になり、誰々がどうだったとか、あの頃ああだったとかいうことになるのは、もうあたりまえで、なんの変わったことも書けないぐらいベタに楽しかった。そこで盛り上がって、翌日、寮までいってみよう、という話になった。彼女が住んでいる街から寮のあった街まで車で1時間なのだ。

寮のある街について、駅からの坂をのぼっていくと、その寮は何の変わりもなくそこにまだ建っていた。夕方近くになっていたので、ほぼ全部の窓の明かりがついていたし、そこに若人300人が住んでいるかとおもうと光り輝いてみえた。玄関口では、寮の子達、(ちょうど私たちのこどもと同じぐらいの年齢なのだ、)買い物袋をさげてかえってくる子、リュックをしょってこれから出かける子なんかが途切れなくではいりしてた。よっちゃんと私は、車をとめて、寮のまわりをうろうろした。

『おー、窓枠がサッシになっているー』

『寮生以外はお断りだってー』

『いまは、自転車しか許可されてないんだねー。なんと、高校のシールがはってある自転車だよー。高校の時の自転車もってきたんだねー。』

『え、wifiがうんぬん、って書いてあるよ。そりゃそーだよね。ネットあるよねぇ。』

『でもさ、みんな携帯もっているこの時代でも、玄関のところに、昔みたいに受付の学生さんいるねえ。』

『へー、廊下にこんなロッカーなんかなかったよねえ。』

ぐるぐる寮の周りをまわって、キャッキャ(というのは気が引けるのでギャッギャぐらいにしておこう)言って、挙げ句、寮の看板のところで、自撮りをしはじめる私たち。あきらかに不審なおばさん二人組である。

ぐるぐるまわっていたら、ほんとにほんとに今の今まで全然思い出さなかったその頃のあれやこれやがしみ出してくるように蘇ってきた。びっくりするぐらい。ただ懐かしいの一言では片付けられない気持ちが湧いてきた。自分のこどももこんな風に、実家を離れて歩み始めたんだ、とか、ン十年前ここであんな事があってこんな気持ちになった、なんてことも思い出したり、このン十年の歳月の長さや短さを思ったり、走馬灯100倍速ぐらいの勢いでいろんな気持ちがくるくるした。それは、全然嫌な感情ではなかった。そして、遠く実家を離れて生活している目の前のこの子達が、愛おしくて愛おしくてたまらなくなった。

トイレもちかくなってくる年ごろの不審なおばさん二人組は、ちょうど、お手洗いもいきたくなって、寮のお手洗いを借りるわけにもいかないので、直ぐそばにあったコンビニに行くことにした。トイレを借りてなにも買わないのもなあと思って、私は閃いた。

『ね、よっちゃん。寮の子たちに差し入れしようよ。』

でも、300人もいる寮生。どうしようか。。まあ、受付の子にたくさん渡してくばってもらったらよいよね。くばってもらえなくても、寮の子達がだれかもらってくれたらそれでよいよね。と、完全に自己満足にひたり、ポテトチップをはじめとするポテト製品全種類を買って渡す計画が勃発した。

さて、みなさま。普通のコンビニにポテトチップ系のお菓子はいったい何種類あるでしょう。

正解:52種類!!

こんなに??昔は、ポテトチップは、塩かコンソメパンチ、地味で今ひとつ好きじゃなかったノリ塩、あとはチップスターしかなかったじゃん。いや、ポテロングはあったか。すごい進化だよ。すごいな。びっくりだよ。

よっちゃんと私は、その52種類を袋につめこんで、勇んで寮にもどった。受付には、細身で色白、ロングヘアー毛先はふんわり巻いていて、ピンク色の薄手のカーディガンに白い襟、もう、今しかできないじゃん!っていう出で立ちの女の子が1人いた。どうみても不審なおばさん二人組は、ポテチを詰め込んだ袋をこれでもかこれでもかといきなり差し出して、

『ごめんね。これ、寮のみんなでわけて食べて。私たちン十年前にここにいたの。○○号室と○○号室でここで友達になったの。ころなで大変だと思うけど、がんばって。私たちは寮生活すごくたのしかったので、あなたも楽しんで。』とまくしたてた。彼女があっけにとられて『そうなんですか。。』とか、『そうなんですね。。』ぐらいしか相づちできないぐらいに、一方的にしゃべりまくった。非の打ち所がない不審なおばさん二人組である。でも、最後に彼女は、こう言って私たちを救ってくれた。

『寮の生活、たのしいです。がんばります。ありがとうございます。』

完璧に不審なおばさん二人組、もう、救われました。ああ、よかった。ン十年前この寮で生活できてよかった。今日、寮にきてよかった。ポテチおしつけちゃったけど、あなたに会えてよかったねえ、きっとぉ、わたし〜〜。

その寮の名は、こまくさ寮、という。こまくさ寮のみなさん、コロナで大変だろうけど、楽しんで!ポテトチップを全員に買ってあげられなかったけど。不審なおばさん二人組をよい気分にさせてくれてありがとう。


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