お醬油をまあるくまわして

 おべんと御飯(煎り卵ともみ海苔の混ぜ御飯)か、猫御飯(おかかと海苔を御飯の間に敷いたもの)であれば、私は嬉しい。そこに鱈子、またはコロッケがついていたりすれば、ああ嬉しい、と私は思う。そのほかでは・・・梅干のまわりの薄牡丹色に染まった御飯粒と、沢庵のまわりで黄色く染まった御飯粒。その一粒一粒。
 家の近い生徒は、都合でお昼を食べに帰ってもよいことになっていた。「食べ」といった。校門から「食べ」の生徒が、ばらばらと抜きつ抜かれつして、切り通しの坂を走り下って行く。真昼間の表から駆け込んだ茶の間は、藤棚の蔭で冷んやりと暗い。柱時計の真白な文字盤のXIIに針が重なって、丁度鳴りはじめたところ。おばあさんが火鉢に網をのせて三角に切った油揚を焙ってくれる。焙ったそばから、お醬油をまあるくまわして、お冷や御飯で食べる。

(武田百合子/お弁当)

おべんと御飯に猫御飯、三角に切った油揚、夏のお昼にぜんぶ食べたい。

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