炭はね、そんなに早く燃えないんですよ

もうずいぶん昔のことだが、京都の小さな旅館に泊まったとき、朝食のごはんの上に土筆が二本のっていたことがあった。女将さんが近所の山で摘んできて、米と一緒に炊いたと言っていたのだが、春を感じさせてくれる心づかいが僕はうれしかった。
ある年の冬に九州の山奥にある温泉旅館に泊まったときだった。(中略)しばらくすると宿の人が白い息を吐きながらやって来て、その炭をおこし鉄瓶をかけた。僕は炉のそばの椅子に座って、ずっと炭火が燃えるのを待っていたのだが、時折、キン、キンと音がするだけで、なかなか赤々と燃えてこなかった。
「これ、消えているんじゃないですか」
 尋ねると、
「炭はね、そんなに早く燃えないんですよ」
 と宿の人が言う。
 黒い炭の端っこについていた赤い小さな火は実にゆっくりと燃えていくのだった。
(どちらも牧野伊三夫/かぼちゃを塩で煮る)

素敵な旅館の話が続いて自分もあたたまったような気持ちになった。私も泊まってみたいなあ。



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