漢方薬と保険病名

 明治維新後、医師に免許制ができました。その際、医師として認められるのは西洋医学を学んだものとされ、それまで日本で蓄積されてきた漢方は切り捨てられました。その時に、漢方医という医師は制度上いったんなくなってしまいました。しかし漢方を一つの医療体系として十分な有用性を認めていた先人の努力で何とか生き残ってきました。また日本特有の漢方エキス剤も製品化されたこともあり、昭和になってやっと保険診療で、数は限られていますが漢方薬が使用できるようになったわけです。

 日本の医療は、ほとんどの場合健康保険を利用して行われています。その保険制度のもとで定められた病名に対して、それぞれ適応となる検査法、処置、治療方法などが定められています。そしてそれらは当然西洋医学の枠組みで組み立てられています。決まりから外れる診療を行えば、保険が使えないということになります。

 現在の病院での漢方診療は、その枠組みに何とか収めようという努力のもと、それぞれの処方にたいして保険診療として認められる効能や効果が決められています。しかし、漢方理論で処方を決めていく場合、かならずしも保険病名としっくりいかないとい場面も出てきます。そのあたりにはなんとも簡単には説明しがたい部分があるわけです。一般の方が処方された漢方薬について調べると、保険病名をみることになるとおもいます。するとなぜこの薬が自分に処方されているのかよくわからないということも出てきます。

 女神散(にょしんさん)という処方があります。保険適応は「のぼせとめまいのあるものの次の諸症:産前産後の神経症、月経不順、血の道症」となっています。これをみると女性用の薬だな、とだれでも思うでしょう。しかし男性に出すことだってあるのです。適応中、のぼせ、とかめまいとかの部分で使うわけです。実はこの処方、もともとは安栄湯とよばれ、戦に出ている兵士の不安、動悸、めまい、いらいらなどに使われていたもので、決して女性だけの処方ではないのです。しかしこれを男性に処方すると、まず間違いなく「先生、薬間違ってないですか?」と言ってこられるので処方するときは前もって説明します。

 白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)の場合は、「のどの渇きとほてりのあるもの。」というのが適応になります。病名という感じではないですね。口喝、ほてりがキーワードとなりますので、熱中症、糖尿病、感染症などでこの状態を呈すれば、候補に挙がる処方ということになります。

 漢方処方にたどり着く思考過程は、医師によって微妙に異なっています。なぜ私にこの処方?と疑問に思ったら尋ねてみると面白いかもしれません。ただし、東洋思想と同じように、いわく言い難き所に真実ありみたいなところもあるので、その説明は禅問答のようになるかもしれませんけれど。

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