酸棗仁湯について (不眠)

 わたくしの場合、長い人生の中で眠れずにつらさを感じたということが数えるほどしかありません。しかも眠れなかったことが確かにあるという記憶はあっても、どういうときだったかは全く記憶にないのです。また、外科診療を行っているわけなので、不眠を主訴として受診する方もおられない。ということで私が睡眠導入剤を処方するのは、入院中の方が不眠を訴えるか、もともと服用している方が薬が切れたので処方してほしいと頼まれた時くらい。

 不眠に対して睡眠導入剤などを使って、上手に治療してくれる先生にかかればきっと満足いく結果になるでしょうから、一般的に不眠という訴えの方に対して私の出番はありません。ただし、睡眠導入剤の効果が次の日も残って困るので何か漢方薬を出してほしい、という依頼は受けることがあります。

 漢方薬には、薬理作用で脳の活動を抑えて強制的に眠らせる、という薬はないので、体調を見て、いろいろな漢方薬を使うことになります。そんな中で、ちょっと面白いのが酸棗仁湯(さんそうにんとう)です。保険適応病名が、「心身が疲れ弱って眠れないもの」となっており、これが病名?という感じですよね。さすがにカルテにこのままかけないので、病名は不眠症として処方することになります。しかし、この保険適応病名がこの漢方薬を処方する急所を示してくれています。疲労感が強くて疲れているのに、寝ようとするといろいろ考えてしまうのか、どうも目がさえて眠れない、という方に処方するのです。高齢者で、目がさえて眠れないという場合もよいようです。服用しているうちに、そういえば最近よく眠れる、なんていうことになります。

 酸棗仁が神経を鎮めてくれるようですが、茯苓にもそのような効果があります。知母は熱を冷まし、川芎が血を巡らせてくれます。この処方がピタッと来た人はこの処方のファンになります。毎日飲むわけではなくても、なくなると取りに来られます。

 ただし、不眠を訴えればこの処方、というものでもありません。他の症状を参考にして、加味逍遙散、補中益気湯、竹茹温胆湯、大柴胡湯、柴胡桂枝湯その他いろいろの中から処方を選び、他の症状が良くなるとともに、不眠も解消したり軽減したりすることになるわけです。自己判断で服用しても、効くわけではありませんから、漢方薬を試すときは医師か薬剤師に相談してくださいね。

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