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金魚に恋した夏の日

はなのかんづめ ep.6
(※はなのかんづめとは、花屋が敬愛してやまないさくらももこ氏に憧れて
書き始めた中身のないエッセイのことである)
身バレ防止も含めてある程度のフィクションも混ぜているので、どこかの世界で生きているOLがチラシの裏に書いている妄想くらいに思って読み流して欲しい。

*金魚に恋した夏の日

私は、雨上がりの虹と同じくらいに金魚を愛している。
と言っても、自宅や実家に金魚用の立派な水槽や温水管理用のポンプなど充実した設備があるわけではない。
一言でいえば "夏限定の金魚好き" なのだ。

初めて付き合った彼氏も、
二番目に付き合った彼氏も、
三年間付き合った彼氏も、
とにかく夏のデートの時には金魚が綺麗に展示されているスポットを探して欲しいとお願いし、都内はすみだ水族館から~日本橋、金魚坂、足を延ばして大阪の金魚cafeまで、ただひたすらに金魚を求めて彷徨った。

振り返れば、私が金魚の魅力に取りつかれたのはまだ幼稚園の頃だったように思う。
私の生まれ故郷には、お盆の時期になると多くの県民が踊り狂う狂乱の4日間がある。鳴り物が奏でるお囃子のリズムに乗って、
「手をあげて 足を運べば 阿波踊り」
という間抜けな五七五を、県民全員が空で言えるというなんとも悲しい習性だ。
例に漏れず、私も幼少期はこのイベントに参加し当時はまだ一緒に暮らしていた父に連れていって貰った日の話だ。

宝石すくい、ひよこすくい、金魚すくい
幼いわたしにとって、キャラクターの絵柄が施された綿菓子や、おジャ魔女どれみのお面、上唇にくっつくりんご飴よりも、とりわけ生き物を連れ帰ることのできる出店は光り輝いていた。
母と出店に繰り出すと、基本出店の物は買って貰えない。
(=うちの母親は幾分潔癖症なところがあり、屋台の食べ物が不衛生だと口を酸っぱくしてわたしに説いていた)
生き物系の屋台など、「欲しい」のほの字を出す前に強引に手を引っ張って別の場所に連れ去られるだろう。
ただ、父だけはマイペースなわたしに似て何を欲しがっても咎めることなくある程度思うようにさせてくれた。
かくして、幼いわたしは父と初めてのお祭りに出かけた夜にイキのいい金魚3匹を手に入れて帰路についたのである。

「なんで金魚やもうてきたん?うち入れるとこないでよ!!」
これは標準語に訳すと、
「どうして金魚を持って帰ってきたの?うちには水槽なんかないわよ!!」
という母の激高名シーンである。

花屋家に水槽がないことを父はまったく把握しておらず、娘に強請られて飼った金魚で妻をも喜ばせることが出来ると安易に考えていたのだろう。
母に激高された父は、ものの見事に不貞腐れて家を出て行ってしまった。

二人の怒号もどこ吹く風か。
三匹の赤色は透明なポリ袋の海を、楽しそうに泳ぐ。

うちの両親はこういう人たちで、
母は、元ヤン気質で荒くれ者、潔癖症なヒステリー。
父は、マイペースだが、自分にとって不都合な事や妻にがみがみ言われると直ぐどこかに消えていってしまう家庭不適合者。

結果、間に挟まれておろおろと泣きそうなわたし、ポリ袋に入った金魚、絶賛ご立腹の母、もそもそと屋台土産のベビーカステラを食べていた兄だけが家に残された。
こうなると、頼みの綱は兄である。
兄は重苦しい空気を払拭するように「明日、僕が水槽買ってくるよ」と言って、冷たい空気を和ませようと立ち回ってくれた。

そして翌日、わたしが通園バスを乗り継いで帰宅し、合鍵を使って家に入ると恋した三匹の金魚は、室内にはおらず庭の木陰に置かれた青色のポリバケツの海を優雅に泳いでいた。
日陰の薄暗さに、少しだけ差し込むようにする一筋の太陽光。
金魚が持つ尾鰭が虹色だと知ったのはこの時だ。
幼い子供というものは、無邪気だが、時として信じられないくらいに残酷な行動を起こすものである。
五歳のわたしは、狭いポリバケツの海を悠々自適に泳ぐこの美しい金魚の尾鰭に触れたいという衝動に駆られた。

【注】物心ついてから辞典を読んで学んだが、金魚にとって人間の体温と言うのは凶器そのものなのだ。平均体温が水温と同じ彼ら(彼女ら)にとって、36度が平熱の人間が身体に触れると火傷のような状態になるので絶対に触ってはいけない。

顔を洗うために洗面器のお水を掬うときのように、恐る恐る両手を重ねて入れる。
金魚たちは逃げ回るが、一匹逃げ遅れた哀れな赤色がわたしの手の中にできた小さな池にすっぽりとはまった。紺色の通園服が濡れるのも構わず、鼻先まで両手を持ち上げて金魚の目や、尾鰭、鱗の色を見つめるとそれまで赤一色だと見えていた物体が一八〇度の角度で変化を遂げる。
緑色、黄色、紅色、青色、角度によって虹色のように見える鱗は、昨日の出店で足をとめた「宝石すくい」のプラスチックでできた宝石よりも美しく、生きた宝石が泳いでいるようだった。

しかし、夏の宝石が元気に泳ぐ姿を見せるのもここから一週間の期間限定であることを、このときのわたしはまだ知らない。
出店の金魚たちの命が、他の魚よりも短命である謎をお分かりの方がいたら是非教えていただきたい。

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