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初恋と、カップケーキ

はなのかんづめ ep.9
(※はなのかんづめとは、花屋が敬愛してやまないさくらももこ氏に憧れて
書き始めた中身のないエッセイのことである)
身バレ防止も含めてある程度のフィクションも混ぜているので、どこかの世界で生きているOLがチラシの裏に書いている妄想くらいに思って読み流して欲しい。

私は、恋愛小説が好きだ。
おそらく文章を書き始めたきっかけも、島本理生さんの「ナラタージュ」に衝撃を受けたことが大きな要因だった。
ただ、曲がりなりにも、こういうストーリーが好きだという「好きの傾向」があって。(偏りとも言う)恋愛小説であればなんでもござれ、ってわけではない。
私が好きな物語のパターンは、主人公(ヒロイン)とパートナーが社会的に結ばれることがなく、精神的な繋がりを残したまま互いに別々の人生を生きていくというもの。
『ごんぎつね』
『一つの花』
『舞姫』
『スーホの白い馬』
国語科教育の授業で学んだメリーバッドエンドと呼ばれる作品たちが、思考の根っこを作ったと言っても過言ではないだろう。

で。これのどこが表題に繋がるのかというと、純度100%のメリーバッドエンドを書くために今日は過去の恋愛で見つけたメリーバッドな要素を掘り起こしてみようと思う。(ここまで読んでつまらないと思ったあなた、多分その直感は正しい。気兼ねなく、ここでブラウザを閉じて頂きたい。)

初恋と、カップケーキ

小学五年生のときだった。
初めて同じクラスになった隣の席のミドリくん(仮名)。眼鏡が似合ってちょっと意地悪な彼に、わたしは恋をした。
11歳の少女が持つ「好き」という感情に、なぜ彼を好きになったのかという論理的な思考は存在しない。(筆者が忘れているだけかもしれないが)
ただ、気が付くと隣の席にいる銀色の眼鏡を目で追うことが日課になっていた。
算数の時間に先生の目を掠めて、ノートのすみっこでマルバツや25を競いあったこと、パラパラ漫画を描いたこと、休み時間に大きな喧嘩をしてお互いやじを入れながら、憎まれ口を叩いたこと。
どれも、わたしの胸にはキラキラした楽しい思い出となって思いの粒が蓄積していった。

(……ミドリくんと喋ることが楽しいな、早く休み時間にならないかな~)

けれど、このときの思いの粒が「恋」であることを自覚するきっかけは、ありふれた掃除の時間に突然やってきた。
これは学校という空間で2000年代を過ごした女の子なら、経験があることかもしれない。
掃除の時間、自分の分担が教室に割り振られたときに好きな子の机を自分が死守して運ぼうと画策したことは誰でも一度や二度あるだろう。

【注】教室の前方、後方を綺麗に掃除するために、クラスメイトの机を隅に寄せる手順がうちの学校にはあった。


例えば、わたしとミドリくんの喧嘩をいつも仲裁していた麗美ちゃん(仮名)がそうだった。
段取りが良い彼女は、長い手で黒板消しのクリーナー、チョークケースの掃除をさっさと済ませると、毎日一番にミドリくんの机目掛けて走って行った。
(……麗美ちゃん、ミドリくんのことガキだし嫌いって言ってるのに。いつもミドリくんの机ばっかり運んでる。触ってほしくないなあ)
自分の大切なものを、他人に触れられたくない。
それが、小さな恋の芽生えで、友情の結び目が綻びはじめたきっかけだった。
その後、席替えでミドリくんが私の隣から離れて麗美ちゃんの隣の席になったとき、徐々にミドリくんが私をからかって来ても、私が何かを言う前に麗美ちゃんが表立って喧嘩をする日々が訪れた。
「花屋、89点だろ? オレ、98点。ばーか!」
「はなちゃんばっかり、からかってアホなん? うるさいんやけど、がり勉!」
机の中を走り回る二人は、とてもキラキラして見えた。
私を庇ってくれている麗美ちゃんに、ミドリくんと喋らないでなんて口が裂けても言えない。
でも、少し前までは、ミドリくんを追いかけていたのはわたしで。
ミドリくんとノートで落書きをしあっていたのもわたしだった。

麗美ちゃんは、目がくりくりしていてかわいい。
そして、手足が長く姿勢が良かった。
わたしは、クラスの中で一番身長と体重が大きい。あだ名はカビゴン。
勝てるわけないと思って、徐々に気持ちが沈んでいった。

そして、2月のバレンタインの日。掃除の時間に、クラスの田中(少年野球をしてるヤンチャ坊主)が教室の真ん中で大声で叫んだ。

「麗美が、ミドリにチョコレート渡したぞ!!!」


般若の形相になって、竹ぼうきを振り回しながら田中を廊下の隅へ追い詰める麗美ちゃん。バツが悪そうに下を向いていたミドリくん。
二人の姿を見て、わたしは自らの恋の終わりを悟った。

わたしのランドセルの底には、ピンクのリボンでラッピングをしたプレゼントが眠っている。チョコチップ入りのカップケーキ。すこし、お母さんに手伝って貰うズルはしたけれど。放課後、勇気を出してミドリくんに渡すつもりだった。
泣きたい気持ちを我慢して、ろくすっぽ帰りの会の担任の話も聞かずに、教室を飛び出す。
わたしの片想いを知っている友人たちは、「ミドリは子どもだから」「麗美ちゃんは、相手が誰でもいいんよ。1組の佐藤と付き合ってもすぐ別れたし」と思い思いの慰めを言ってくれた。
それでも、早く一人きりになりたくて。
早足で、山道を駆け降りるとみんなに「ごめんね」も言わずに、わたしは自宅への道を急いだ。
わたしの小さな家が位置する住宅街の近くには、ブランコと滑り台しか置いてない寂しい公園がある。夜になると人気がなくなるので、遊んではいけないとお母さんから口酸っぱく言われていた禁断の場所だ。

けれど、日はまだ明るい。こんなに早い時間に帰っても、家には誰もいない。
一人きりになれる場所が直ぐに必要だったわたしは、校則をやぶって制服姿のままブランコへ飛び乗った。
学校で禁止されている立ちこぎをして、遠い空を見る。雲一つない青空が、わたしの知らない世界へとどこまでも続いている。

ランドセルの重みに肩が悲鳴をあげたので、ブランコから飛び降りた。
すると、放物線を描くように中身が地面へ滑り落ちる。ぐしゃっという嫌な効果音と共に。
カップケーキを包んであった透明のセロファンに、茶色い砂が付いた。地面に落ちた教科書をシカトして、カップケーキを拾い上げるとリボンを解いて、指でちぎって口に掬う。

小さなチョコレートの粒が、甘くて美味しい。すこしだけ指についた砂の味がする。バニラエッセンス、入れすぎたかなと不安になっていた昨日が馬鹿みたいだ。

キキーーーッッ


背後から自転車のブレーキ音が聞こえて、後ろを振り向くと私服に着替えたミドリくんが公園の入り口に立って、カップケーキを食べるわたしを見つめていた。
ベージュのズボンに、ネイビーのチェック柄のダッフルコート。意外と私服がダサい。でも、やっぱり眼鏡がよく似合ってる。
視線と視線がぶつかり合うと、みどりくんは困ったように「ほんっとデブ!!バーカ!!」と叫んで、児童館の方向へと駆け抜けていった。

手のひらについたカップケーキの屑を、地面に払い落とすとわたしはまた大空へ向かってブランコを漕いだ。








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