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胃袋ファーストからはじまる朗らかな人生

背伸びをせず、いまの自分をそのままに受け止めて、過不足なく過ごすこと。

なんだかそれっぽいことを並べたけれど、これは逆流性食道炎疑惑が浮上してからポジティブに悟ったわたしの胃袋の、とてもささやかな発見のはなし。

この数日、食事をしてもかなり少量でお腹が満たされてしまったり、ちょっとお腹が減ってきただけでみぞおちが焼けるような感覚だったり(あれを胸焼けと呼ぶのだと、「みぞおち 不快」と検索してようやく気づく)、数ヶ月ぶりにラーメン屋でラーメンを食べて幸せほっくほく!かと思いきや胃から始まり全身に鈍い不調が現われてよぼよぼで帰宅したり、つまりどうにもこうにもお腹がおかしかった。

みぞおちがじんわり焼けるような感覚は結構慣れたもので(?)あまり気にしていなかったのだけど、昨夜夫にやや真面目に心配され、ああ確かにこの不調は病院にいってみてもいいのかもしれないなと思いながら寝床につく。明けて今朝、たった一枚のチーズトーストを胃袋に入れるだけのことがびっくりするほど大仕事になってしまった。そもそも胃の入り口でパンが大渋滞を起こす。救いを求めて牛乳を流し入れるけれど、胃の不調に牛乳はいいのかどうか。でもパンには牛乳なのだ、譲れないのだ。なんとか流し込んで出勤する。

仕事を抜けて向かった病院では「食事はいつもより少なめに」と言われ、なんだか結構ほっとする。元々ここ数日は食べられる分しか食べていなかったのだけれど、食べられないことに生じるわずかなさみしさとか、罪悪感にも近いような小さなもやっとした気持ちを「だいじょうぶ、仕方ないから」とお医者さんにお墨付きで許してもらえたきもち。おかげで昼ごはんは安心して、コンビニのカップスープパスタだけをささやかに楽しんだ。

帰宅すると、夫もなんだかお腹の調子が悪いようで、「と、とにかく胃腸にやさしいものを…」という希望がふたりとも100%合致するラッキー事案。夜は揃って茅乃舎のインスタントにゅうめんに決定。以前茅乃舎から送られてきたままとっておいたのだけど、まさかこんな風に最高のタイミングがやってくるとは。胃腸にやさしく大変おいしくいただきました。

きっと明日も昼ごはんにお弁当なんてもっていけなくて、コンビニのスープ春雨とかで精一杯、夜ご飯のお買い物はお茶漬けの素でも買ってこようかなと思うくらいの胃袋ファーストが続いていく。けれどそこに罪悪感を感じる必要は微塵もなくて、ただ今の自分をきちんと見つめて、理解して、無理をしない選択をしていることにちょっとにんまりするくらいでちょうどいいのだ。気づいたらやたら頑張っているとか、無理しないってどこから無理なのかわからないとか、そんなことばっかり心当たりのある自分だから、こういうところから本当にちいさな一歩ずつ、自分のことを理解していけばいいんだな。自分の現状に対して過不足なく過ごすってなんだか結構むずかしい気がするのだけど、やってみるとほんとうはシンプルなことなんだ、きっと。



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