映画「このろくでもない世界で」

私が20代のころ、香港ノワール映画が日本中を席巻した時期がある。
香港映画がとにかく元気だったころだ。
どの作品にも綺羅星のようなスターがたくさんいて、暗く暴力的な映画なのにどこか胸をかきむしられるような作品が多かった。

そんな匂いを持つ作品にぶち当たった。
韓国映画の「このろくでもない世界で」だ。
ここ数年韓国映画をあまり観ていなかった。思い返せば「パラサイト」以来だ。それ以前も思えば、暗い映画が多かったような気がする。もちろん明るいコメディもラブコメもあるのだろうけど、呼ばれる試写会はなぜか暗いものばかり。…なぜだ。
しかも暗いだけでなく、どれもねっとりとした粘着力の強い作品が多かった。それでいうとこの作品は、いかにも韓国で生まれるべくして生まれた作品かもしれない。

監督はこの作品が長編デビュー作

監督は、この作品が長編デビュー作となるキム・チャンフン。
プレスシートの写真を見たけど、若い! 生年月日が書いていないので年齢が分からないけれど、めちゃ若いような気がする。
プロフィール写真はまっすぐにこちらを見て、胸を張る好青年だ。
この作品の脚本を書くためにモーテルでアルバイトをしながら、受付のカウンターで書いていたという。

そのとき、どんな気持ちで監督は脚本を書き続けていたのだろう。

いつか必ずこの作品のメガホンを取るぞ!
明日は誰かが認めてくれるのだろうか。
これを書き上げることって果たして出来るのか?
脚本が出来上がっても、自分で監督することができるのか?

映画の中の主人公ヨンギュは父親の違う妹をいじめた学校の友人を殴り、大けがをさせる。
その瞬間から彼の人生の歯車は文字通り狂ってしまう。
何をやってもうまくいかず、もがくだけ…。
そんな彼になぜか救いの手を差し伸べる男が登場する。地元の犯罪組織のリーダー、チゴンだ。
チゴンはごろつきたちを取りまとめる口数の少ない男。関係ないけど、イケメンで目を奪われた。韓国を代表するトップ俳優ソン・ジュンギとプレスに書いてある。きっととても有名な俳優さんなんだと思う。
気になってプレスを読んでみると、これまで出演してきた映画では「凛々しさと時折見せる子犬のような笑顔でハートをはしづかみに」とか書かれている。え? そんな笑顔するの? この映画ではとにかく笑いません。
しかも、なんともいえない影をしょっている。この影がいい!

なぜチゴンは、ヨンギュに手を差し伸べるのか。ヨンギュはどこに向かっていくのか。それがこの映画の謎の素地だ。

「このろくでもない世界で」は、誰もが自分のことさえ思うようにいかない「もがき苦しむ世界」だった。人はそのもがき苦しむ中で何を手にしたがるのだろうか。とにかく切なく暗い映画なのだけど、出ている登場人物が演じているのではなく、映画の中で生きて、そして死んでいく(誰が?)。そのリアル感がとにかくすごい。いや、何度も目を背けてしまった。そのくらいノワールなのだ!!

ところで、義妹ハヤンを演じるキム・ヒョンソは韓国で人気のシンガーとか。大ヒットした「イカゲーム」(観てない)に出演したユ・ソンジュという俳優もいや~な役を怪演している。なんだかすごい俳優さんたちを得て、キム・チャンフン監督が素晴らしく切ない長編映画デビューを果たした。

上映時間123分
7月26日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

●第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門正式出品
●第28回釜山国際映画祭 Korean Cinema Today-Special Premiere
●第60回 百想芸術大賞 映画部門 受賞
●第44回 青龍映画賞 受賞
●第22回 ディレクターズ・カット・アワーズ受賞

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